1-6 わたし、ヒーローに出会う
ぽかんと見上げるしかなった。
わたし死んじゃうんだな。思いのほかその瞬間はあっさりとしていて、なにも感じることもなかった。
そんな場違いな考えが浮かんで動くこともできなかったわたしは――生きていた。
生きていたというか助けられた。
すごい轟音。それから地響きのような揺れとまた煙。
あんなの普通はぺしゃんこでゲームオーバーだ。
だけど、その人はそんなすさまじい重さと衝撃をたえて、私の目の前にいた。
「おい! 聞いてるのか⁉ さっさと逃げろって言ってるんだ!」
はっとその声に我にかえる。
振り下ろされた怪物の触手におおいかぶさられながらも、たぶんわたしと年の近い——その男の子は必死に叫び声をあげている。
「あ……え?」
けど、わたしの身体は動かずに口から変なつぶやきがもれるだけだった。
「バカヤロウ! はやく立って逃げろって言ってるんだよ‼」
「……誰がバカ! ——だぁ……」
2度目のバカ呼ばわりに思わず叫びそうになって尻すぼみになる。
こんな時まで人見知りするなよぉ、わたしぃ……。
「なんだよ、元気あるじゃんか。立てるか?」
思いがけない優しい声に驚く。バカ呼ばわりしておいて急なギャップだ。
その言葉にしたがって、立とうとするもふらついてまた尻餅をついてしまう。
「……ごめん、足に力はいんない」
男の子の声に怖いという感情がなくなったように思えたけど、だめだ、身体は言うことをきいてくれなかった。
……普段の運動不足もありそうな気がする。
「そうか……やばいな」
そう言いながらも笑っている男の子の上にあった触手がするすると戻されていく。
「俺も、さっきのでけっこう身体がやばい」
男の子の腕が震えているのに気づく。やけに色の黒い腕だった。
「……最後に人助けしてカッコつけようなんて思ってたけど、うまくいかないな」
自嘲気味な男の子はなぜだか泣きそうにも見えた。
そういえば今更気づいたけれど、なんでパジャマ姿? それにはだしだ。
着ているパジャマの腕部分はさっきの衝撃でほとんどがちぎれ飛んでいて、残っている部分もところどころ汚れていた。
「……あなた誰?」
「誰……誰だろうな? 俺も教えてほしいところだった」
? もしかしなくても記憶喪失?
なんか。
なんか、今って——。
不意に、あまりにも今の状況にはそぐわなすぎる考えがよぎった。
なんか今って、すごい特撮第一話って感じがする!
記憶喪失のヒーロー。自分の力も過去もわからず、おそわれているヒロインを助けるために理由も考えずに身体が動いてしまう!
めっちゃ——ぽい‼
あ、なんか興奮してきた。
いやいやわたし、自重しないと、今命の危機なんだよ。死んじゃうかもしれないんだよ?
それでも、わたしの奥に眠る抑えられないこの熱い思い。
「——やばい!」
咄嗟に男の子が私をかばうように動く。
またも勢いよく、次は横なぎにされた一撃を男の子はまたしても受け止める。
耳がつぶれるかと思うくらいの音。
「……なんだよ、案外、やれるじゃないか」
それでも男の子は立っていた。二度もあの衝撃を身体に受けて、ふらつきながらもしっかりと立っている。
それに気づく。男の子の腕がさっきよりも黒くなっている。腕だけじゃない。はだしだった足も肌色じゃなくて、同じ色になりはじめている。なんというか、血がなくなってというのとは違う気がした。
そんなことよりもわたしは男の子から目が離せない。
本当に。本当に——!
わたしの知ってる、わたしの大好きな、わたしの憧れの、
「ヒーローみたいだ……」
思わずもれたつぶやきは誰にもとどかない。わたしにだけ聞こえるつぶやきはすぐに消える。
そんな人は結局いないんだって、心のどこかで思っていた。
結局は画面の中の作り物で、けどだからこそ憧れたヒーローみたいな人はどこにもいないんだって。
でも、違った。いたんだ。
ちゃんとわたしの憧れるヒーローはいたんだ。
「悪い。俺だけじゃどうしようもないっぽい」
ふらつく男の子は言葉とは反対に、まだわたしを守ってくれるように怪物の前に立ちふさがる。
「ごめんな、結局なにもできなかった」
そんなことない。
そんなことないよ。今、わたし、すごく助けてもらった。
助けてもらったんだよ。
だから、わたしも力になりたいって思ったんだ。
なりたかったヒーローみたいな人に。失敗してなれなかったヒーローに。
誰かのためになれる、そんなお母さんが自慢できるような人に!
わたしもなりたい!
だから、なんでもいいから力になりたい!
この人の力になりたい‼
視界が変わる。
視点が変わる。
のばした腕は腕じゃないように形を変えて、彼に吸い込まれていく。
わたしは私であり、私はわたしでなくなる。
わたしという存在はたしかに変わらずあるけれど、わたしはわたしではない存在になっていく。
我ら汝ら鎮める鬼よ。こひ——けがれの一切合切、祓い清めるべし。
声が聞こえた。
誰だろう?
一人のようで、たくさんのようで、男の人でも女の人でも大人でも子供でも、誰でもあるような声が聞こえた。
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