1-2 平凡な高校生。だったはずなんだけど‥‥
自慢じゃないが、俺という人間は本当にいたって普通のどこにでもいる一般高校生男子だと自負している。
勉強成績はそこそこ。
運動もまぁ、それなり。
なにか部活に所属して結果を出しているわけでもないし、実は特別な家柄の生まれとかいうわけでもない。
今年で十七歳。誕生日は五月十八日。身長は一七六センチで体重は六十八キロ。
部活はしていないが、個人経営の喫茶でバイトしてる。
多いわけではないが、友人もちゃんといる。いつもバカやってるが悪い奴じゃない。
柄の悪い元先輩から目をつけられて困っているが、まぁ今のところは問題なし。
なんだかんだと彼女もいてくれて、うれしい限りだ。
特別なところはないが、いたって普通でいたって平凡な満足を感じる日常を過ごしていた。
あえて平凡じゃないところがあるとするなら、両親とは幼い頃に離れ離れになって以降はその友人の家に居候させてもらっているくらいだろうか。
とはいっても、俺を引きとってくれた
すでに顔も思い出せない実の両親よりも、俺にとっては皇の叔父さん叔母さんが本当の父親母親になっていた。
そのひとり娘である
そんなわけで、俺こと諏訪勇悟は高校二年をむかえるこの年まで特に問題らしい問題もなく幸福だと言ってさしつかえなかった。
はずだった。
知らない天井。
知らないベッド。
知らない白い壁。
目を覚ました時、俺は知らない一室の白いベッドに横たわっていた。
横たわったまま、周囲を見回す。
白い壁におおわれた部屋にはただただ俺の横たわるベッドと、そばに備えられた小さな引き出し付きの机があるだけ。
身体を起こして、自分がまるで入院患者のようなパジャマを着せられていることにも気づく。
……昨日は、たしかバイトが終わって、少しほずみと会ってから家に帰って――。
たしかめるように昨日のことを思い出してみる。現実感のない状況だが、頭にあてた自分の手の感触が夢ではないことを教えてくる。
家に帰って、それから叔父さん達は遅くなるからって、優姉と二人でメシを食って……。
それから、すぐに部屋に戻って寝て……。ああ、そうだ、優姉がほずみに会わせろ会わせろ、うるさかったんだった。ほずみに言っとかないとな……。
それで、寝て、寝て――どうした……?
眠っただけだったはずだ。それがどうして、こんな病室みたいな場所にいる?
もしかして、眠っている間に俺になにか起きた?
たとえば、事故とか? 二階にある部屋になにか突っ込んでくるか?
火事で救出された? それならもっと身体に怪我とかあるはずだ。身体には見た目にも怪我や違和感はない。
じゃあ、なんだ? なんでこんな所にいる?
とにかく確かめないと……。
理解が追いつかないが、ひとまずベッドから起き上がっても特に問題はない。歩いたりするのも大丈夫みたいだ。
部屋のスライド式の扉を開けると、予想通りというかどこかの病院の一角ような景色が広がっていた。
人の気配が少ない廊下を抜けると、エントランスのような広間にでる。
ナースステーション——今はスタッフステーションとも言うらしい——らしき場所もあって、こちらにはちゃんと人の気配があって、声も聞こえてくる。
それにしても……なんかまぶしい。窓からさしこむ日の光が、直接当たっているわけでもないのに妙にまぶしい。
まるで、久しぶりの光に目が慣れていないような感じだ。
「——あ……の」
あれ? 声が、うまくでない?
起きたばかりだからか? それでも、こんなに声がでないなんてことあるのか?
まるで、今までまったく言葉を発することがなかったみたいに。
「どうされましたか?」
看護師らしい男性が近づいてくる。入院患者らしい恰好の俺になにかあったのかと案じている様子だった。
「お……れ、す……ゆ……ご」
くそ! なんでこんなに声が出てくれない⁉︎
「ゆっくりで大丈夫ですよ。ゆっくり無理をせずにおっしゃってくださいね」
心からの善意の言葉が、今は逆に苛立ちを感じさせる。
違う。俺はそんな心配されるような病人じゃないはずなんだ。
「お、れ……すわ、ゆぅご‥‥て、い……ます。気づ‥‥た、ら‥‥ここ‥‥いて」
うんうん、と優しげに相槌をうちながら看護師は声の出ない俺の言葉を聞いてくれている。
なんなんだ? 本当に、なんなんだこれは?
「あら? あなた……」
看護師の後ろから俺達に気づいた別の看護師の女性がやってくる。俺の姿を見て、なにか気づいた様子だ。
「あなた、もしかして、四一八号室の子じゃない?」
え? と今まで余裕の態度だった看護師の男性が表情を変えた。
「四一八号室って、まさか……」
「とにかくご家族に連絡するから、あなたは病室に連れて行ってあげて」
なんだ? なに言ってる?
「大丈夫ですよ。目が覚めてすぐですから、混乱されていますよね。ご家族もすぐ来られますから、それまで病室で休みましょう」
なんだよ。わけがわからない。
その言い方は。その言い方じゃまるで、俺がずっとここにいたみたいな。
「行きましょう、朝桐さん」
誰だよそれ。
俺は諏訪だ。
諏訪勇悟だ!
思わず駆け出していた。
看護師達の制止もきかず、病院内を歩く人々にぶつかるのもかまわず、ひたすら走った。
確かめないと。
俺がこんな所にいるのだとしたら、優姉にも何かあったのかもしれない。
無事をたしかめないと。
心臓が早鐘のように脈うつ。それは一心不乱に走り、息を切らせているだけが理由ではないと自覚していた。
確かめないと。何事もないと。またこれからも平凡だけど幸運で幸せな日常が続いてくれるのだと。
そうしなければ、何か、何か俺の大切な根っこにあるものが崩れてしまいそうで。
願望と恐怖とがごちゃ混ぜになった感情を消すことができず、必死に住み慣れた皇家の家を目指した。
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