ヒーローが好きなわたしと夢から覚めた君が本当に変身する物語

なしの

1-1 新しい街。怪物と出会った。

『次は杜人もりとに止まります。お降りの方は——』


 電車の中に流れるアナウンスが聞こえて、降りる準備をする。

 とりあえずの着替えや大事なものをつめたキャリーバッグを手に持って、すわったままリュックをせおう。

 ふと目に入った窓。そこにうっすら映る女の子の顔。

 後ろでアップに束ねた長い髪。目はちょっとぱちりと大きめだ。お母さんにかわいいね、とほめられたことのあるひそかなわたしのチャームポイントだったりする。

 

「……んしょ、おも、い。……もうちょっと送ったほうに入れればよかった」

 

 ほどなく電車が停車する。立ち上がった時、窓に上背のあるほうのわたしの姿がうっすら映っていた。

 はいたロングスカートのすそに気をつけながら降りる。

 わたし以外に降りる人の姿はあまり見えない。


 杜人市。今日からわたし——久遠寺くおんじそらが住むことになるあたらしい街。

 交通事故で亡くなったお母さんのお葬式が終わって一月ほど。はなれて暮らしていたお兄ちゃんに呼ばれてやってきたあたらしい家と高校のある場所。


 それなりに人の住んでいる街らしいけれど、降りた駅のホームには人の姿はあまりない。

 地方のしかも平日の駅はこんなもの? 今まで住んでいた場所以外のことはよくわからないし、そんなに外に出る方でもなかった。だから、人がまばらだなぁ、以外の感想は思いつかなかった。

 駅のホームを降りて、すぐそこにあった改札を抜ける。

 とりあえず、迎えの約束をしているお兄ちゃん—なっちゃんの姿を探すもそれらしき人影はなし。

「む〜、さっき送ったチャットも返事ないし。なっちゃんにしてはめずらしい」

 いつもは約束した時間には絶対遅れたりしない。妹との約束をたがえるのは兄としての死だ、なんて言ってるくらいで。その通り、約束よりもはやくはあってもいままで遅れることなんて一度もなかった。

 でも、そういうこともあるよね。なっちゃんだって人間。ちょっと思いがけない遅刻をすることだってある。

 

 それこそ事故にあったりなんて、そんなわけ—。


 まだ一月しかたっていない。棺にいれられたお母さんの姿を思いだしてしまう。

 白い菊の花にかこまれて送られていくお母さんの姿。最後に送ったチャットに返事はずっと返ってこない。

 いってらっしゃい、いつもどおりに朝見送って、帰ってこなかったお母さん。

 突然一人になってしまったわたしは、いっしょにくらそう、というお兄ちゃんの言葉をことわることなんてできなかった。


 一人ぼっちじゃ……押しつぶされそうで……、


「……配信でも見て、待と」

 駅舎の中に戻り、そこにあるショッピングモールへと向かう。

 広間のベンチにすわり、スマホをとりだす。そして、愛用の動画配信アプリを起動。

 全力ヒーロークラブ。古今東西、今も昔もこれまで放映されてきた特撮ヒーロー達の勇姿をもらさずアーカイブした特撮ファン必須のアプリだ。

 イヤホンをつけて、早速動画を再生する。

 見るのはもちろん今放送中の銀河警視シリーズ最新作・銀河警視ギャンバーンだ。

 三十周年を記念して放送されている五年ぶりの新作。その熱い展開はわたしの中でもボルテージうなぎ昇り注目作。

 必殺技のシャイニングブレードをだす時のBGMと殺陣がたまらない。

「やっぱ、いいなぁ〜」

 とつい声がでてしまった。まわりには聞かれていないみたい。自重自重。

 もちろん銀河警視だけじゃなくて、遠い星から来た巨人や五人組の特捜隊、仮面のヒーロー達も大好きだ。ヒーローだけじゃなくて、その敵役達も単純じゃなくて味があって魅力的。

 みんな違って、みんな熱い!

 特撮ヒーローってすばらしい!

 

「おねえちゃん、なに見てるの?」


 突然声をかけられて思わず、身体がびくりと震えた。

 顔をあげると男の子が一人、わたしのスマホをのぞきこんでいる。小学生くらいかな。

「え、えっと、銀河警視——ギャンバーン」

 わたし! こんな小さな男の子に人見知りしてどうする!

 どもってしまう自分が情けない。イヤホンを外しながら、男の子を見ると不思議そうにスマホに映る動画をながめている。

 ギャンバーン知らないのかな? あんまりヒーロー系は見ない子なのかも。

「へぇ〜、こんなのがあるんだね。知らなかった。おもしろい?」

 興味があるのか聞いてくる男の子にこくこくとうなずく。

 本当は語りたいところだけど、初対面のこんな年下の男の子に熱弁するのは傍から見てもよくない構図。自重自重。

 けしていきなり話しかけれらてキョドッってるわけじゃない。

 けれども、顔立ちの整った子だな。髪もちょっと色がうすいのか黒というより灰色にちかい気がする。短い髪がゆれるとさらさら〜ってなにかでてきそうな感じだ。

 大きくなったらニチアサでメインいける。

「あ……えっと、きみ一人? 家族の人とかいっしょ?」

 ずっとわたしのスマホをのぞきこんでいる男の子に聞いてみる。さすがにずっとこのままはちょっと困る。けして、キョドッってるわけじゃない。

「僕は一人だよ。散歩をしていたんだ。初めての場所だから、いろいろ見てまわりたくてね」

 なんだか、大人びた雰囲気をしてるなぁ。余裕みたいなものを話し方から感じる。

 もしかして見た目よりも年上なのかもしれない。まさかわたしより年上?

 そんなわけないか。

 でもそう考えてしまうとますます緊張が強くなってしまう。

「そ……そうなんだぁ〜」

「おねえちゃんは?」

「ふえっ?」

 なさけない声が出た。本当に、わたしキョドりすぎ…。

「お、お兄ちゃんを待ってるの」

「へぇ、それでこんな所で一人でいたんだね」

 男の子はわたしの答えに納得したのか一人でうなずいている。

「でも、気をつけてね」

 いきなりの男の子の言葉にわたしは首をかしげる。

「そろそろ隠れないとあぶないよ。ほら、もうみんないなくなってる」

 男の子の視線につられて、気づいた。

 誰もいない? さっきまでは人は少ないとはいっても、まばらに歩いている人やモールの店員の姿があったはずなのに。

「え? なんで?」

 困惑するわたし。けど反対に男の子の声は、

「ほら、もうみんないないから気をつけて」

 楽しそうに笑っているみたいで。

「な、なに? これどうなってる——」

 頭が混乱する。なにか知ってそうな男の子に視線をむけて、そこには誰もいなかった。



 ほら、急がないと。




 来るよ、こいけがし。




 背後から耳元でささやかれる。

 それはすぐ目の前にいたはずだった男の子の声。

 ぞわりと背筋がさむくなる。思わずふり返った先に、男の子はいなかった。

 いたのは—。


 


「——なに、あれ……?」



 

 ふよふよと浮かぶ、丸いのか四角いのか、角張っているのかへこんでいるのか、ぼわぼわと形の定まらないなにかがそこにいた。


 

 色もわからない、明滅しているように見えるおおきな塊。

 あんなの、さっきまでなかった。

 頭がまわらない。

 ……なに? 撮影、だったり? 実はここで特撮だったり、映画の撮影だったりやってる?

 違う。頭じゃなくて、感覚がわたしにそんなものじゃないと言っている。

 だめ。今すぐに逃げないと。あぶない。ここにいたらあぶない。

 けど、……身体が動かない。


 こわい。

 こわいこわいこわいこわいこわい。


 わたしから少し距離を置いた先で浮かんでいる塊から目を離せない。

 そして、その下に誰かがいた。

 さっきの、男の子?

 笑ってる? なんで? そんな所にいたらあぶない。すぐに逃げて。逃げて。逃げて!



 わたしの頭の中でひびく警鐘。

 そんな混乱した視界の先に、男の子は笑って——笑って?

 さっきまで見えていたはずの未来のニチアサ少年の顔が、なんでかぼんやりとしてどんな顔だったかわからなくなっていた。



 突然だった。

 ただ浮かんでいるだけだった塊から触手のようにその一部がのばされて、いきおいよく叩きつけられる。


 そこには、さっきの男の子がいて。


 すさまじい音が響く。

 耳が痛い。キーンと響く頭をゆらす音とまき散らされるコンクリートの床の破片に思わず、顔を腕でおおう。

 煙がたつほどの衝撃に立っていることもできず、尻餅をついた。……痛い。

 煙がひき、へたりこむわたしの目の前に嫌でも現れる。

 不定形の塊が飛んでいる。伸ばした触手をひっこめ、そこにはなにもない。

 けど、そこにはさっきまであの男の子がいて、あんなの逃げられるはずがなくて。

 つまりそれは、それはつまりそういうことで——。

 


 こわいこわいこわいこわいこわいこわい。

 


 イヤホンの抜けたスマホから停止していなかった動画の音声が聞こえてくる。

『銀河の平穏は、このギャンバーンが守ってみせる!』

 ちがう。守ってなんてくれない。

 本当はそんなヒーローなんていないことわかってる。


『あんなヒーローいるわけないじゃん。ダッサ』


 こんな時なのに、昔の嫌な思い出が頭をよぎる。

 これって走馬灯かな? でも、もっと良い思い出たくさんあるのに。なんでわざわざあんな事思い出すのかな?

 身体がふるえる。動けない。

 目なんてあるのかもわからない姿なのに、浮かぶその塊がわたしを見ているように感じた。

 次はわたしだ。

 逃げないと。逃げるんだ。でもでも動かない。動けない。

 がたがたと足が震える。声も出ない。


 たすけて、たすけて、なっちゃん、お母さん、たすけて。


 ヒーローなんていないってわかってた。

 みんなを助けるかっこいいヒーローなんて本当はいないって知っていた。

 けど、それでもわたしは憧れて——絶対に本当の本当のピンチの時にはたすけてくれる誰かがいるって信じたかったんだ。


 わたしに矛先を変えた塊の触手は躊躇なくふりおろされる。

 きっと痛いんだろうな。震えながらもそんな考えが浮かんだ。

 けど、結局その触手はわたしにはとどかなくて、かわりに私が受けたのは。



「バカかお前! さっさと逃げろ!」



 そんな理不尽な罵倒だった。

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