re第16話

「おう、水元みなもと

「ああ、藤川か」

 今日の午前は本社で会議。

 アンジェリア本社は小さいながらも自社ビルで、正面ロビーに入ると見知った顔を見つけた。


「水元の顔、久しぶりに見たなあ」

「そうでもないだろ。ちょくちょく本社は来てるぞ」

 出くわしたのは、同期の藤川祐司だ。

 こいつとは大学が同じで就職先も同じという、珍しい腐れ縁だ。


「今日は店長会議だ。まあ、報告だけで済むから楽なもんだが」

「いいなあ、店舗勤務。俺もそっちがよかった」

「おまえ、経理だろ。店舗勤務はあまりないんじゃないか」

 この友人、藤川はチャラチャラした見た目ながら、数字に強く、経理の仕事はきっちりしているらしい。


「ウチの会社じゃ店舗勤務は基本なのにな。でも経理は無理かー。バイトの女子高生がいる職場とかマジ羨ましいわ」

「おまえ、そんなこと堂々と言うなよ。女子社員に聞かれたらドン引きされるぞ」

「そうなんだよなあ。経理は女性率高くて、肩身狭いんだよな」

「藤川の職場も恵まれてるじゃないか」


 エンジェリア全体を見ても、女性率は高いほうだろう。

 店舗と経理は特に女性が多い。

 それに次いで多いのが、俺が一応、今も在籍している宣伝企画部か。

「そういや、宣伝のほうの新人も女子だったな」

「あー、顔だけは合わせたような……」

 新卒の女性社員で、なかなか可愛かったが、店舗勤務への異動もあってバタバタしていたので気にしている余裕もなかった。


「やっぱ恵まれてんのは水元だろ。店舗も一号店は特に美人が多いって有名だし。宇津木さんだっけ?」

「なんでバイトの個人名まで知ってんだよ」

「経理は会社全体を把握してるからな」

 まあ、バイトの給料も経理が扱ってるんだから、名前を知っててもおかしくないが……。

 このチャラついた藤川の場合、なにか目的があるんじゃないかと勘ぐってしまう。


「けどやっぱ、本社勤務じゃJKいないからな、JK」

「JKが普通に出入りしてる会社、ヤバいだろ」

 女子高生が起業する例もあるから、一概にないとは言えないが。


「あのな、藤川。だいたい、JKがいくらいても付き合えないんだから、生殺しなんじゃないか?」

「ああ? 別にバイトと付き合っちゃダメってことはないだろ。社内恋愛NGじゃねぇんだから、ウチは」

「未成年っていうのがまずいだろ」

 どの口が言ってるのかと、我ながら思うが。

 世の中、建前ってものはある。


「あん? おっさんじゃないんだから。別に女子高生と付き合ったって不自然じゃないだろ。俺ら若者よ、若者」

「若者……」

 俺も同い年の藤川も世間一般ではまだ“若者”か。


「パパ活するような年でもねぇし、そもそもそんな金ねぇし」

 はは、と藤川は笑い飛ばす。

「つーか、女子高生と付き合うってだけで複雑に考えすぎるほうが変質者くさくねぇか? 自然に付き合ってたんなら気にすることなくねぇ?」

「そういうもんかな……」

「おっ? 店長さまは、お気に入りの女子高生がいるのかな? 一号店も何人かJKいたよな。花田だか花井だか」

「だから、個人名まで覚えるなっつーの」

 経理の権限を使って、個人情報とか漁ってたら大問題になるぞ?


 まあ、藤川は見た目は軽薄だが実は生真面目なので、心配はしてないが。

 それより、俺のことか。

 店長とバイトが付き合うのは若干問題がありそうだが、紫香は近所の子。

 表向きは“近所に住んでいる女子高生”というだけだ。

 もし藤川が言うように、女子高生と付き合って問題ないなら――

 とはいえ、俺が「今週末、近所のメチャクチャ可愛い女子高生が泊まりに来る」と教えたら、どんな行動に出るか。

 羨ましがるあまり、通報しやがる可能性もある。

 誰がなんと言おうと、常に危険はあると思っておいたほうがいい。


 紫香はただの女子高生じゃなくて、美人すぎるJKだしな。

 十も年上で、すっかり見慣れている俺でもそばにいるだけでドキドキしてしまうんだから。

 しかし、今週は仕事をしていても落ち着かないな――



 それでも、時間は過ぎて何事もなく週末の勤務も終わり――

「ヒカ兄ーっ、来たよーっ!」

「うおっ」


 土曜日の夕方。

 チャイムが鳴って家の外に出てみると、待っていた紫香にいきなり抱きつかれた。

 ぎゅううっと、痛いくらいしがみつかれてしまう。


「お、おい、紫香」

「ヒカ兄、ヒカ兄ぃーっ!」

 紫香はご機嫌で、俺を絞め殺す勢いで抱きついてくる。

「あらら、仲が良いのね」

「ああ、若藤さんトコの。ふふ、輝ちゃん、そろそろ結婚したら?」

「…………」


 たまたま、我が水元家の前を横切った近所の奥様二人が、俺たちを微笑ましそうに見ていく。

 紫香は俺に抱きついたまま振り向いて、「どーもー」などと愛想良く挨拶している。

 俺が言うのもなんだが、奥様たちはもうちょっと険しい反応をするべきでは?


「おじいが言ったとおりだね。わたしたちがイチャついてても、近所の人、ガチで気にしてないよ」

「……紫香がいくらデカくなっても、あの人らはまだ子供だと思ってんだろうな」

 そう言ってから、俺はなんとか紫香を引き剥がす。

 近所の方々が気にしなくても、油断は禁物だ。


 二人で、家に入る。

「でもさ、よかったー。最悪、ヒカ兄と会えるのは日付が変わってからかと思ってた」

「一応、午後から休みが取れたんでな」

 といっても、午後一時に勤務が終わる予定だったのに、四時すぎまで客が途切れなくて抜けられなかったが。

 先日の日曜の休暇に加えて、土曜夜に休みを取ったことで、宇津木さんの無言の抗議の目にも耐えないといけなかった。

 しばらく、土日の休みは取れないな……。


「ちゅ♡」

「お、おい」

 紫香は家に上がると、さっそく背伸びしてキスしてきた。

「まずは一回目。今日は何回できるかなー?」

「あのなあ……」


 あらためて、紫香の姿を見つめる。

 今日は黒髪ロングを左側だけ編み込みにして。

 薄手のグレーのセーターに、デニムのミニスカートというシンプルな服装だ。

 それでも元が良いだけに、圧倒的に美人度が高い。


「あ、しまった、おじさんは?」

 紫香は急に不安になった顔で、周りをきょろきょろする。

「親父はもう出勤してったよ。今日はいろいろ仕込みがあるんだとさ」

「あ、そうなんだ……よかったー……さすがにおじさんにちゅーしてるトコ見られるの、恥ずいからさ」

 へへ、と紫香は笑ってからまたキスしてくる。

 親父がいないとわかったとたん、遠慮なしか。


「おじさん、がんばってお仕事してほしいね。ふふふー」

 紫香は口元に手を当てて、ニヤニヤと笑っている。

 朝まで二人きりなのが嬉しいらしい。


 ヤバいな、なんだこの可愛い女子は……。

 俺、その気になれば今すぐにでもこの可愛すぎる女子を抱けちゃうわけか……。

 まだ見たことのない豊かな胸も、スカートの奥も――

 ……ダメだな、がっつくのはダメだ。


「じゃあ、ヒカ兄、今晩お世話になります。若藤さんの紫香ちゃん、預かってね」

「……責任持ってお預かりします」


 そうだ、俺には責任がある。大人としての、大人のカレシとしての責任が。

 真剣交際をしているからこそ、守るべきラインが……ラインがあるよな?

 なんで疑問形になってるんだよ、俺。

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