re第15話

「あー、ヒカ兄、仕事行っちゃうんだあ……あー、イヤイヤ。行っちゃダメ」

「パパが出かけるのを嫌がる小さい子供みたいだぞ、紫香」

 若藤家で朝メシを済ませると。

 俺は出勤のために自宅に戻ったのだが、紫香がなぜかついてきた。

 しかも、リビングのソファに座ってネクタイを締めてると、ウザ絡みまで。


「ねー、パパぁー、わたしと遊んでよー。大人な遊びでもいいからー」

「やめろ、やめろ。マジでシャレにならん」

 ただでさえ、パパ活疑惑を避けなきゃならない立場なのに。

 大人っぽい紫香が制服を着てると、ヤバさがさらに倍増するしな。


「それより、どうだ? ネクタイ、ちゃんと結べてるか?」

 いつもなら洗面台の前で結ぶのだが。

「んー、もうちょっとかな」

 俺の隣に座っている紫香が、ネクタイを掴んでぎゅっと締めてくる。

「ぐっ……お、おい、締めすぎ……!」

「え、そう? わたし、ネクタイ締めたことないからなあ」

「女子高生は制服がネクタイじゃなきゃないだろうな」

 俺は少しネクタイを緩めつつ言う。

 紫香の制服の胸元はリボンで、これも別に結んでるわけじゃないだろう。


「あ、でもネクタイ締めてあげるのって新妻感あっていいかも♡」

「付き合い出したばっかで新妻とか、飛躍してんなあ」

「あれ? 結婚前提の真剣な交際じゃないとマズい設定じゃなかったっけ?」

「設定言うな」

 だが、確かにそのとおりだった。

 紫香はもちろん、俺だって“結婚”なんて縁遠すぎるワードだが。


「もういっそ、ガチで結婚しちゃう?」

「ちょっと前までなら、八月には可能だったな」

「あー、法律ってマジで邪魔!」

「法治国家を否定するな」

 紫香の誕生日は八月、あと四ヶ月ほどで十六歳になる。

 婚姻年齢の引き上げがなければ、本当に結婚できていたところだった。

 惜しいような、ほっとするような……。


「そんな慌てることもないだろ。おまえだって、普通に高校生活をもっと楽しめよ」

「そうなんだけどさー。わたしは特にそうしたほうがいいんだろうけど」

「ん? なんでだ?」

「卒業したらヒカ兄のお嫁さんだから♡」

「なんか、そういうことで話がまとまりつつあるな……」


 卒業してからだと、ほぼ三年後。

 俺は二十八歳。

 今時なら早いくらいだが、早すぎるというほどでもない。

 そう考えると、現実味があるんだよな。


「はー、早く結婚したい……」

「それ、女子高生のセリフか?」

 紫香が、俺の肩にぽてんともたれかかってくる。

 甘酸っぱい香りが髪から漂ってくる……。


 それはともかく。動揺するな、俺。

 紫香はまだ高校に入学したばかりだ。

 結婚よりも、新生活を楽しみたいはずだが……。


「おまえ、高校でなんかあったのか? 上手く馴染めてないとか……」

「あ、それは全然ない。友達も順調にできてるよ。ほら、この前エンジェリアに一緒に行った子たちもいたでしょ」

「ああ」

 紫香ほどじゃないが、なかなか可愛い子たちだった。

 昔から、紫香って周りにいる友達もみんな可愛いんだよな。


「結婚したって学校は行けるじゃん。“奥様は女子高生”って、なんかエロくていい」

「エロさを求めんな」

「ヒカ兄だって堂々とわたしを自分のものにできるじゃん。妻なら、相手が女子高生だろうと問題ないでしょ?」

「問題は……ないんだろうか?」


 たぶん結婚したら、会社に報告しないといけないよな。

 上司とか同僚への礼儀的な意味ももちろんある。

 事務的な意味でも、年金とか保険とかの手続きもあるだろうし、俺が若藤に婿入りする場合は苗字も変わるわけだし。

 それで相手が十八歳の現役女子高生だとか言ったら、通報されかねない。

 最悪の場合、妄想に取り憑かれてると思われる。


「って、真剣に考えてどうする、俺!」

「あれ、わたしとは遊びの関係なの?」

「そういう意味じゃなくてな」

 紫香が、俺の肩に頭を載せたまま、ニヤニヤと笑ってる。


「まあ、まだヒカ兄の意識だと“なついてくる近所の子”だよね、わたしって」

「そこまででもないが」

「十六年近くそうだったんだから、急には変われないでしょ。ヒカ兄に告るタイミングを狙ってたわたしだって、まだ“カレシ”より“近所のお兄さん”って意識強いね」

「そりゃそうか。俺だって紫香を可愛いとは思うけど、親戚の子を可愛がるみたいな感じだもんなあ」

「それはおかしくない?」

「なんでだよ!?」

「こんな可愛い女子高生相手に、親戚の子とかないでしょ。ヒカ兄、ちょっと欲望なさすぎてヤバい」

「俺だけおかしいみたいに言うな!」

 違うんだよ、俺だって必死に“近所の子”と思うことで欲望を抑えてんだよ。

 これだけ迫られてキスだけで済ませてる自分を褒めてやりたいんだよ!


「そこで、わたしも作戦を考えました」

「作戦?」

「実はおばあにも怒られたんだよね。デートだったのに、早く帰っちゃったじゃん? そんだけ美人に育ったのに、男の一人も落とせないとは何事だって」

「ばあちゃん、怒るところがズレてんだろ」

 可愛い孫娘がハメを外さずに帰宅したんだから、褒めていいくらいだ。


「そこで反省した紫香ちゃんは、おばあと相談して作戦を立てたわけです」

「だから、作戦ってなんだよ」

「今週末、

「はぁ……? お、お泊まり?」

「考えてみれば、わたしたち外ではイチャつきにくいのは確かなんだから――やるべきは、お家デートだよ。そうだったんだよ」


「……じいちゃんばあちゃんの許可は?」

「それ、訊くまでもなくない?」

「…………」

 まずい……こんな美人すぎる女子高生が俺の家に泊まりにくるだと?

 言うまでもなく、俺の父親は夜の仕事で朝まで帰ってこない。

 家でデートなら、ハプニングで紫香が機嫌を損なう可能性も低い。

 そうなると――


「ちゃんとはしといてね、ヒカ兄♡ あ、しなくてもいいかな?」

 本当に、やるべきときにやることをやってくる。


 波状攻撃というか飽和攻撃というか。

 俺はこの可愛い小悪魔との一夜を過ごすことになり――

 抱くのを我慢するどころか、何回まで抱けるかという問題になるのでは?

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