re第13話

「どうも、名探偵紫香ちゃんです」

「は?」

 紫香は、じーっと俺を見つめてくる。


「美少女JK探偵紫香ちゃんの推理によると」

「肩書き、重ねてきたな」

「ヒカ兄は仲直りえっちを狙って、千紗都さんを呼び出してた……?」

「おいこら、なにを深読みしてるんだ、紫香」

 まだ買い物があるという花井さんと別れて、車に戻ってきた。

 紫香は元気いっぱいだが、俺が少しばかり疲れたので。


 かと思ったら、紫香のヤツなにを言い出してるんだよ。

 俺がまるで、花井さんを意図的にあそこに呼び出して、紫香を抱く段取りのために利用したように言われるのは心外だ。

 そんな面倒くさい手順、踏むわけがない。

 そもそも、紫香はいつでもウェルカムなんだしな。


「冗談、冗談。けど、あの女の匂いがするヒカ兄にやられるのはイヤだなあ」

「おいっ」

 冗談じゃなかったのか!?

「これも冗談だよ。でも真面目な話、ちょっと疲れちゃった。初デート、意外と緊張してたのかも」

「そうは見えなかったが……」

「これでも花も恥じらう女子高生ですから」

 紫香は、ばあちゃんの影響か、たまに古風な言い回しをする。


「やるときはやるけど、無理はしないからね」

「それは当然だな」

 俺はともかく、紫香はまだ未成年の女子だ。

 身体や心に負担がかかるのはよろしくない。


「もう一つ真面目な話をすると、あんな高いホテルとか必要ないよ」

「そ、そうか」

 出来心とはいえ、紫香を抱くホテルを物色してしまったのは、バツが悪すぎる。

 それであらためて紫香をホテルに誘えるほど、俺のメンタルは鋼じゃない。


「でも、そうなると……わたしの部屋――はよくないか」

「いやいや、場所の問題でもないって」

「おじいおばあが一生懸命に働いてるお店の上で、わたしの上に乗っかれないよね」

「だから言い方っ!」

 紫香に口の利き方を教えるのは急務だな。

 俺が気になるのもそこだし。

 たいてい、じいちゃんばあちゃんは店か家にいるので、二人がいるときに紫香を抱くのは――やりづらいなんてもんじゃない。


「まー、どっちみち今日はそういう気分じゃなくなったかな。疲れちゃったし……あ、千紗都さんは関係ないよ。千紗都さん、いい人だね。嫉妬する気もなくなるよ」

「天然だからな。ガチで変な関係じゃないぞ」

 俺は、ハンドルをトンと叩いて。


「ただな、俺は大人で、紫香は高校生。それぞれ別の社会があるのはしょうがない」

「わたしが友達から誘われて、合コンに行っちゃっていいの?」

「うっ……」

 どう考えてもアウトだが、紫香にも友達との付き合いってものがある――

 高校生には高校生の社会があり、そこでは適度な付き合いが要求される。

 紫香の高校生活は始まったばかり、円滑な人間関係のためにやりたくないことでもやるべきだ――


「そ、そうだよな。俺だって店や会社の飲み会に行くし、女子だっているもんな。紫香に行くなとは――」

「行くなって言ってよ」

 じぃっ、と大きな目で紫香が睨んでくる。

「い、言っていいのか?」

「ヒカ兄はお仕事の都合で行かなきゃいけなくても、わたしは別。それで壊れる友情なんて、ぶっ壊せばいい」

「おまえ、過激だな……」

 この少女は、たくましく育ちすぎじゃないだろうか?

 たくましいのは、俺の影響もあるかもしれないが。


「というか、合コンなんて行かないって。中学んときに、男の子がいるカラオケとかは行ったことあるけどさあ。男の子たち、どうにかしてわたしを連れ出そうとするんだよね」

「ろくでもねぇヤツらだな」

 紫香はこれだけの美人だから、仕方ない。

 仕方ないが――許せない。

 俺の紫香になにをしようとしてたんだ?

「連れて行かれたことはないから安心して。安心した?」

「したした」

「おい、心から言え」

 まあ、紫香がそんなに軽くないのは充分わかっているが。


「でもさ、ああいうのは本気で面倒くさい。わたしはとっくにヒカ兄に調教済みなんだから、あんたらになびく可能性はゼロだよって言ってやりたい」

「言い方はともかく、毅然とした態度は重要だな」

 やるときはやる、押しが強い性格に育ってくれてよかった。

 たくましすぎるのも心配だが、弱々しいよりはいいか。

 俺にとっても、そういう紫香が好ましい。

 そういう紫香に俺が育てた……?


「うーん、別の社会かー」

「なんだ、急に話が戻ったな」

「わたしは、歳が離れててよかったと思う。ヒカ兄と二つとか三つとか違いだったら、普通に兄妹みたいになって、恋愛感情とか持てなかったと思うから」

「ああ……」

 紫香も、どうしたって年齢差は気にしていて、いろいろ考えることがあったんだろう。

 これだけグイグイ来るまでに、葛藤はあって当然だ。


「歳が適度に離れてて、近すぎない関係だったのが良かったのかもな」

「そう、友達で男の子の幼なじみがいる子がいるんだけど、デキの悪い弟みたいで全然男として見てないんだって」

「ツンデレかもしれないぞ」

「ヒカ兄、漫画の読みすぎ。ガチみたいだよ。相手の男の子のほうも同じように思ってるみたいだけど」

「まあ、そういうもんかもな」

 幼なじみ同士で結婚なんて例もたまに見るが、恋愛対象にならないことも珍しくないんだろう。


「家もお隣とかじゃなくて、ちょっと離れてるもんね。それもよかったのかも」

「紫香は“年の離れた近所の子”だったな、ずっと」

 もしかすると、俺と紫香の年の差と家の距離が、“兄妹にならず、遠すぎもしない”ちょうどいい距離感だったのかもしれない。

 ふぅっ、と俺はため息をつく。


「せっかく、ここまでいい関係で来たんだしな。もうちょっと、少しずつ距離を縮めるのを楽しむか」

「ズバリ言うね、ヒカ兄」

「おまえもズバズバ言ってるだろ。軽く、その辺を流すか。紫香、シートベルト締めろ」

「あ、ヒカ兄はもう逃げられないね。シートベルト締めちゃったから」

「なんだそれ?」

 紫香は、助手席から身を乗り出してきて。

 すっ、と唇を重ねてきた。

 紫香の柔らかな唇の感触が一瞬伝わってきて――すぐに離れる。


「これくらいならいいかな? お寿司の味はしないね」

「……お、おまえな」

 まさか、不意討ちでキスしてくるとは……。

 二十代も中盤になったのに、キスくらいで動揺するのはみっともないが……なにしろ、相手は紫香だ。


「可愛い女子高生のファーストキスだよ。めったにもらえるもんじゃないね」

「逃げ場のない状況で襲うなんて卑怯だぞ」

「別の社会にいても、同じ地球にいるんだから。いつでも襲えるね」

「出たな、謎の地球論」

 それぞれ別の社会を築いていても、俺たちが近くにいることは間違いない。


「わたし、隙あらば襲うよ? 覚悟しててね、ヒカ兄。法律とか条令とか言い出す暇もない、不意討ちで行くから」

 紫香はニヤっと笑って、シートベルトを締めた。

 確かに俺には逃げ場はないし――逃げるつもりもない。


「きゃっ……んっ……!」

 俺はシートベルトを手早く外し、紫香の華奢な肩を軽く掴んでキスをする。

「さっきカフェで飲んだカフェラテの味がするな」

「……逃げ場のない状況で襲うなんて卑怯だぞ?」

 紫香は俺のマネをしてきた。


「もっと卑怯なことする? 少しずつ距離を縮めるとか言っといて、いきなりホテルの駐車場に突っ込むとか」

「俺は、家で寝てたらいきなりおまえが部屋に突入してくるほうが怖いよ」

「はっ!? なるほど、その手が……」

「ないからな!?」

 言っておくが、紫香に合鍵などは渡していない。

 一人暮らしの家じゃあるまいし、いくらカノジョでも合鍵はやりすぎだろう。


「毎日ちゃんとキスしてくれたら、わたしも少しはおとなしくなるかも?」

「……毎日するに決まってるだろ」

「きゃっ、過激だね」

「そうかな」

 こんな可愛い女の子と好きにキスできるなら、一日も欠かせるわけがない。

 とはいえ――

 俺がいつまでキスだけで我慢できるか。

 紫香も、いつまでおとなしくしていられるか。

 それはもう、関係が一歩進んだ今、限りなく怪しい。


 今はこんな際どい会話をしているが、大人の俺のほうで理性を保たなければ。

「わたしも過激にいっちゃおっかなー♡」

「…………」

 理性、保てるのか……?

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