re第12話

 ショッピングで歩き回って疲れたので、カフェで休憩。

 紫香しいかがトイレに立ったので――


「うーん……」

 別に、別にな?

 別に他意はないが、スマホでこのあたりのホテルを検索する。

 気分的にラブホはNG。

 もしも仮に紫香を抱くなら、いかがわしいところでなく、ちゃんとしたホテルを使いたい。


 この際、一泊数万くらいの少々お高いホテルでもいいだろう。

 財布には痛くても、初めてのことなのだから金を惜しみたくない。

 でもさすがに紫香を外泊させるわけにはいかないから、一泊できない。

 ただ、普通のホテルで二時間のご休憩ってわけにもな……。

 デイユースとかいう数時間の利用プランもあるが、俺は使ったことがない。


 いや、紫香だけ帰らせて俺は泊まるか……?

 明日は普通に仕事だが、朝に家に帰って身支度して出勤しても問題ない。

 待て待て、もういっそ、紫香も一泊させるか?

 じいちゃんばあちゃんも許してくれるだろうか……。


「う、ううーん……」

 俺はまた唸ってしまう。

「って、なにを真剣に悩んでるんだ!」


 いやいや、今日のデート服紫香が可愛すぎて、欲望を抑えられなくなってる。

 まずい、相手が女子高生じゃなくても初デート初ホテルはガツガツしすぎだ。

 だいたい、考えてもみろ。

 紫香を一泊させて、どんなツラして若藤家にあいつを送り届けるんだ?


 いくらなんでも、じいちゃんばあちゃんをスルーして帰るわけにはいかないだろう。

 一言挨拶くらいしていくのが当然。

 大事に育ててきた孫をデートに連れ出し、一泊して連れて帰ってくるとか――

 もうそれって「お宅の孫娘さんを抱いてきました!」と宣言するようなものだ。

「は、恥ずかしすぎる……終わってる……」

 物心ついた頃から知ってるじいちゃんたちに、そんな行為をはっきり知られるのはヤバい。


「あのー、店長さん……?」

「え? あ、ああっ、花井さんか。奇遇だな」

 急に声をかけられ、顔を上げると。

 そこにいたのは、ウチのバイトの花井千紗都ちさとさんだった。

 茶色のふわふわした長い髪、小柄な身体。

 白い花柄のロングワンピースの上に、薄手の上着を羽織っている。

 小柄ながらも大きな胸のふくらみは、隠しようがない。


「こんなところで会うなんてびっくりです。今日はお休みだったんですね」

「ああ、たまには日曜に休みをもらわないとな」

 店長ともなると土日でもなかなか休めないことを、花井さんは知ってるんだろう。

「花井さん、凄い荷物だな」

 ドリンクを片手で持ちつつ、手にはいくつもの袋をまとめて持っている。

「あはは、服とか靴とかです。たまのお買い物なので、まとめて買っちゃいました。安物ばかりですけど」

「ウチのバイト代安いからなあ……」

「あ、そ、そういう意味じゃなくて! あたしが高い服を買わないってだけで!」

「いやいや、冗談だよ。ごめん」

 俺が苦笑すると――


「びっくりしました。あ、店長さん……ご旅行ですか?」

「ん? あっ、いや、これは」

 スマホをカウンターテーブルに置いたままだった。

 俺のは6.7インチのデカい画面なので目に入ってしまったんだろう。

 そこにはホテルの宿泊予約画面が映っている。


「へぇ……わたしがいなくなった隙に、いろいろ暗躍してるね、ヒカ兄」

「…………っ!」

 唐突な冷たい声に振り向くと。

 そこには、ジト目の紫香が腰に片手を当てて立っていた。

 こいつ、背が高いから高飛車なポーズがよく似合うんだよな……。


「ふーん、ホテルを探してるの? ここなんて一泊二万かー。こんなところに女の子連れて行って夜景見ながら口説いたら、一発でコロッて落ちるね」

「そ、そうだろうか……」

 ヤバい、冷や汗が止まらない。


「いいですね、ロマンチックで。店長さん、今度あたしも連れていってください」

「は、花井さん!?」

「あたし、ホテルって泊まったことなくて。大人の店長さんが引率してくれたら安心です」

「……そのうちね」

 俺をからかってるんじゃなくて、本当にホテルに泊まってみたいだけらしい。

 口説かれてもいいのか……って、よくわかってないのか。

 花井さんはガチで天然だからな。


「へー、ヒカ兄、こんな可愛い人とホテルで夜景なんて楽しそうだね」

「じょ、冗談に決まってるだろ」

 ますます冷や汗が。


「ああ、その前にはじめまして、わたし若藤紫香です。ヒカ兄――水元さんの家の近所に住んでて。昔からお兄ちゃんみたいな感じで」

「あー、そうなんですか。あたし、花井千紗都です」

「花井さん、ヒカ兄のお店のバイトさんですよね。前に行ったとき、見かけた覚えがあります」

「ごめんなさい、あたし気づかなくて。未だにフロアにいると緊張しちゃって、お客さんの顔を見てる余裕もなくて」

「あはは、一回行っただけですから、覚えてなくて当たり前ですよ」

 紫香は笑顔だが、なんか目が笑ってない。

 ちなみに紫香なら、たいていの店員は一回見ただけで覚えるだろう。

 そして、紫香が怒っているのは、自分がいない隙に他の女子と話していたから――に決まってる。

 俺がホテルを探していたのは、むしろウェルカムだったろう。

 少なくとも、ついさっきまでは。


「わたし、高校に入ったばかりなんですけど、花井さんは……?」

「無事に二年になれました。あたしが一つお姉さんですね」

「わたしのことは紫香、でいいですよ。千紗都さんって呼んでいいですか?」

「もちろん。紫香ちゃん、背が高くて羨ましいなあー。あたし、チビだから」

「小柄で可愛いじゃないですか」

「…………」


 カフェのカウンター席で――

 いつの間にやら俺を挟んで二人の女子高生が座って、俺越しに会話してる……。

 なんだこの状況?

「でも店長さん、優しいんですね。近所の子を日曜に遊びに連れて行ってあげるなんて」

「そ、そうかな」

 花井さんはデートとは思ってないらしい。

 そうか、男女の関係を疑われるパターンばかり気にしてたが、「普通に知り合いの子の面倒を見てる」と好意的に見られることもあるのか。

 心優しい花井さんは、やや特殊な例かもしれんが。


「千紗都さん、ヒカ兄ってお店でも優しいんですか?」

「うんうん、あたしってドンくさくてよく転びそうになるんですけど、店長さんがいつも抱き留めてくれて」

「へぇー、いつも抱き留めてくれてぇー?」

 紫香が冷凍されたような目で、俺をじとっと睨んでくる。


「安心して転べます」

 いや、転ばないようにしてくれ。


「店長さん、優しくて好きです。実は宇津木先輩も――フロア長の綺麗な方も、店長さんのこと大好きなんですよね」

「へぇへぇ、ヒカ兄ってお店でモテまくりなんですね。知らなかったー」

「…………」

 ああ、よかったー。

 これで、今日は紫香を抱くって展開はなさそうで安心したなー。

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