re第11話
俺ももう大人だから。
もちろん、車で紫香をどうこうするわけもなく――
パーキングに車を停めて、二人で並んで歩き出した。
「さて、行くか」
「おっけ、ヒカ兄。わたしとヒカ兄が行くところって言ったら一つしかないよね」
「ああ、俺に任せろ」
もし俺が紫香と同じ高一だったら、紫香が望むところへ連れて行けたかどうか。
一応、大人だからこそ行ける場所があるし、迷わず紫香を連れて行ける。
そういうわけで――
「おー、ここか。ヒカ兄、お財布は大丈夫?」
「任せろ、安月給なのに金はある!」
「なんてせつない……」
紫香は本気で俺を憐れんでいるようだ。
どうやら、多忙で金を使う暇もないことを察してくれたらしい。
それはともかく。
「らっしゃーい!」
お店の引戸を開けると、威勢の良い挨拶が飛んできた。
俺たちが入ったのは寿司屋、しかも回らないタイプだ。
「活気があっていいね。わたしみたいな小娘見ても嫌な顔しないし」
「今時、そんな偉そうな店はあまりないって」
俺は苦笑いして、カウンター席につき、紫香も隣に座る。
「ここ、前から気になってたんだ。割と新しい店なんだが、美味いって評判で」
「さすがヒカ兄、いろいろ調べてるね。わたしも気に入ったかも」
そう、飲食店で働く俺と、家が飲食店の紫香。
この二人でデートするなら、まず行くべきはメシ屋だろう。
高校生になったばかりの紫香では、まだ入れない店も多いはずだ。
大人が一緒なら入れる店も増えるし、そこそこ高級な店でも社会人の財布なら耐えられるしな。
俺も紫香も、飲食店には常人をはるかに越える興味を持っている。
それに、美味いものへの興味も人一倍だ。
紫香もお世辞ではなく、本気でワクワクしているようでほっとする。
そういうわけで、握りのコースをそれぞれ一人前ずつ注文。
「いただきまーす。うんうん……あっ、美味しいね」
「ああ、美味いな」
まず出された白身の握りを、じっくり味わいながら食う。
エンジェリアでは寿司はさすがに出していないが、なんでも参考になる。
「うん、酢飯もいいしネタの大きさもバランスいいね……」
「…………」
紫香は真剣な顔で寿司を味わっている。
こいつ、これで味覚も鋭いし、いろいろ分析しながら食ってるみたいだな。
さすが、生まれながらの飲食店の娘だ。
「お寿司はネタが重要って言うけど、いいネタを仕入れるには目利きが必要だし、どんなにいいネタもさばき方次第だもんね。うーん、職人さんの包丁技が冴えてるね」
「おまえ、何者だよ」
そこまで品評しなくていいだろ。
「いやあ、こんな綺麗なお嬢さんに褒められるのは嬉しいね。もっと言ってくれ」
店の大将らしき人が上機嫌で紫香に話しかけてくる。
紫香って、年上ウケがいいんだよな……。
「貝類も生臭さとか全然なくて、わたしみたいな子供舌の小娘でも美味しいです」
「小娘なんて思わねぇよ。楽しんで食ってくれりゃ、誰でも良いお客さんだ」
ハハハ、と大将は豪快に笑う。
なるほど、美味いだけじゃなくて店の雰囲気も良い。
値段はそこそこ高いが、格式張った感じでもなく、気さくで一見の客でもくつろげる。
こういうことが大事なんだよな。
いくら美味しくても店に緊張感がみなぎってたり、マナーや店の独自ルールが気になってピリピリしているのは――俺は好きじゃない。
エンジェリアでも店の雰囲気づくりは重視されている。
だからこそ、花井さんみたいなおっとりした可愛いバイトさんはとても重要だったりする。
「あ、サーモン。サーモンあるんですね。好きなんですよ、わたし」
「ハッハッハ、高級店ではサーモン出さないって? ウチは味は高級店以上だし、美味けりゃなんでも出すんだよ」
「なるほどー。参考になります」
「おやっ、もしかしてお嬢さん、どっかメシ屋で働いてるとか?」
「鋭いですね、大将さん。でも、ご飯屋さんで働いてるのはこっちの人です。開店寿司チェーンの社員で、スパイに来てます」
「おいっ、紫香!」
「ハハハッ、そりゃ生きて帰せねぇな。この兄ちゃん、三枚に下ろしちまうか!」
大将が、ギラリと包丁を構える。
しかし、この大将も紫香に上手く転がされてるな……。
「いいお店だね、ヒカ兄」
「生きて帰れるならな」
ささやいてきた紫香に、俺は答える。
「それにお寿司なら、あとでキスしてもお寿司の味ってしないよね? さすがヒカ兄だなあ」
「…………」
俺が初デートでキスまではやると決めてるみたいに言わないでくれるか。
キスどころか、いくところまでいきたいと欲望に流されそうになるだろ。
寿司屋を出たあとは、しばらくショッピングを楽しんだ。
紫香はオシャレは嫌いではないが、普段はラフな服ばかり着ている。
楽で動きやすい服装が好みで、安い服でも全然気にしないようだ。
社会人の財力を見せつけてやろうかと思ったが、紫香は遠慮しているわけでもなく、あまり買う気はないようだ。
「ほら、わたしなに着ても可愛いから」
「マジだからなあ」
冗談でなく、嫌味にもならないのが紫香の凄いところだ。
安い服でも可愛いし、ここ最近は色気さえ漂ってきている。
「あ、これいいかも。ちょっと待ってね」
紫香は服を持って、試着室に消えると――
「はいっ、お待ちどう!」
着替えて、試着室のカーテンを勢いよく開けた。
「おいおい、冒険しすぎじゃないか?」
「そっかな? ちょっとえっちぃかも?」
大人っぽい黒のジャケットにヘソ出しの白インナー。
太ももが丸見えの、同じく黒のタイトミニスカート。
モノトーンでまとめつつ、セクシーさが強調されている。
特にヘソというか、きゅっとくびれた腰が異様なほどエロい。
太ももも、細いのにムチっとした肉感があって目が引き寄せられてしまう。
「うわお、すっごい見てくるじゃん、ヒカ兄」
「い、いや……ちょっと待て」
俺はあらためて、上から下まで紫香を眺める。
「うーん、ちょっと細部が物足りないな。ネックレスとかブレスレットとか買うか」
「わーい、パパ、買って買ってぇ♡」
「任せろ、カードの上限はまだたっぷりある」
「パパぁ、バッグもほしいなあ♡」
「……そろそろやめとくか」
周りの女性客から、冷たい視線を感じる。
ただでさえ、大人と女子高生の組み合わせなんだからな、誤解を招く漫才はやめよう。
今回は、紫香がばあちゃんに買ってもらった服もあるので、店を冷やかすだけで終わりにして。
そんなこんなで、ショッピングを楽しんだあとも街をぶらつきつつ――
時刻は、まだ午後三時。
これだけ明るければ、紫香を変なところに連れ込もうとは思わない。
うん、思わない……くっ、横で可愛すぎる女子高生がニコニコ笑って、時々くっついて柔らかい胸を押しつけてきたり、ふざけて腕を組んできたりする。
俺、紫香を本当に抱かずに健全でいられるんだろうか……?
「ね、ヒカ兄。わたし、ヒカ兄と一緒なら、どこでもついていくからね?」
「な、なんの話だ」
紫香が、俺の心を読んだかのようなことを言ってくる。
「ヒカ兄は、やるときはやる人だから。初デートとか、まだ付き合い始めたばっかとか、そんなこと気にしないでしょ? タイミングが合えば、もう……でしょ?」
「…………」
本当に心を読まれてた。
というか、紫香のほうはそのつもりだった、ということか。
「いや、待て。でもな、今のところはまだ――」
「忘れないで、ヒカ兄。わたしもやるときはやる女。いざとなって、見苦しく“やっぱり、まだダメ……”なんて面倒くさいことは言わないって」
「…………」
なんかもう、紫香がやりたがってるようにすら見えてきた。
こいつ絶対、男と付き合ったことなんてないはずだが。
なにしろ、目が届く範囲の近所にずっといたんだから、それくらいはわかる。
「わたし、しっかり身体もつくってるんだから」
「か、身体?」
「チアは入らなかったけど、毎日庭でダンスしてるんだよね、実は。ワイヤレスイヤホンつけて踊ってるから、おばあが『なんか不気味』とか怖がってるけど」
「なるほど……」
紫香はノリのいい音楽を聴きながら踊っていても、ばあちゃんには孫が無音でダンスしているように見えるわけか。
「毎日身体を動かして、ちゃんと絞ってるよ。でも、出るところはすくすく育ってるから」
「…………めくるな、めくるな」
紫香はGジャンを軽くめくって、そのぐっと盛り上がった胸を見せつけてくる。
さっき見た腰はあんなに細かったのに、なんで胸はこんなにデカいんだ……。
「だから見られて恥ずかしいトコなんて全然ないから。それに、もちろんさ……」
「ん?」
紫香は俺の耳に唇を寄せてきて――
「下着もガチのヤツ、着けてきてるよ。ピンクで可愛さと大人っぽさどっちもあるヤツ。これもおばあにもらったお金で買っちゃった」
「あ、あのなあ……!」
そんなことまで教えるなよ……!
マジで抱きたくなってくるだろ!
「それにさあ」
「今度はなんだよ」
紫香は、俺の前を歩きながら――
「そこまでマジで悩むことじゃないよ、ヒカ兄。わたしには、“いつそうなってもいい”ことだし、これから何回も何十回も何百回もすることの“最初の一回”ってだけ」
「何百回も……」
俺もサルじゃないので、そういう関係になっても毎日は求めないと思うが。
「ま、すぐにやってとは言わないけどさ」
「そ、そうなのか?」
「ヒカ兄が悩むのはわかるし、わたしはわがまま言わない良い子だから」
紫香は、そう言うと軽やかな動作でくるりと一回転して。
「わたし、まだ成長しそうだから、もっと美味しく実ってから初物を食べるっていうのもアリだね。おじいも、旬のものを食うのが一番美味いってよく言ってるし」
「じいちゃん、そういう意味で言ってねぇよ!」
ああ、紫香はいちいち俺を惑わせる。
やるときはやる、というポリシーを見失いそうになるくらい。
紫香がもっと成長してもっと美人になったら、それこそ何百回でも求めそうだ――
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