re第8話

 ファミレス店長の仕事は激務だ。

 朝の八時から営業終了の夜十時まで休む暇などない。

 営業が終わったあとは掃除や明日の準備、それに事務仕事もある。

 紫香には痩せたと言われたが、これで痩せないほうがおかしい。

 残り物を食ったりして太る人もいるが、俺の場合は食いっぱぐれることが多いせいで、体重は減っている。


「店長、休憩しましたか?」

「え? あー……わからない」

 昼の混雑時にフロアで接客し、まったくお客が途切れずに、気づけば午後三時過ぎ。


 ようやく、少し落ち着いたので事務室兼控え室に戻ってくると。

 そこで同じく戻ってきた宇津木さんに訊かれてしまった。

 でも、マジで休んだかどうか覚えてない。


「はぁ……休んだかどうかもわからないなんて重症ですね」

 すっかり呆れられているようだ。

「店長に倒れられても、代わりなんてすぐに来ないんですよ?」

「そ、そうかな。店長候補くらい他にもいそうな……」

「そんなポンポン上が変わると下の私たちが困るんです。店長なら、ご存じですよね?」

「まあね……」

 俺は学生時代にエンジェリアで長くバイトしていた。

 高校一年から大学を出るまで、合計七年だ。

 当時の店長に、「こんなに長く居着く学生バイトも珍しい」とからかわれたものだ。

 それだけ長く勤めたからこそ、正社員として就職できたんだがな。


「そういう宇津木さんこそ休んでくれよ。俺はともかく、フロア長の宇津木さんが倒れたらマジで店が回らない」

「誰が欠けても店が回る態勢をつくるのも、店長のお仕事ですよ」

「ごもっともで」

 どうも、まだ若手の俺が出世コースとやらに乗れたのは、長いバイト時代の蓄積のおかげもあるらしい。

 一号店での業務に期待されている向きもあるようだ。

 店長の仕事が腰掛けだなんて軽く考えたら、出世どころか大コケすることもありえる。


「頑張らないとなあ……」

「あまり気合いが感じられませんね」

「熱血って時代でもないだろう」

 これでもやる気があるのは事実だぞ。

 俺も今時の若者らしく、出世して偉くなりたい願望は薄いが――

 今は、手本を示さなくてはならない相手がいる。

 いい加減な仕事をするようでは、紫香に示しがつかない。

 じいちゃんばあちゃんも、そんな男に可愛い孫娘を任せないだろう。


「エンジェリアは若い店長が多いですけど、入社三年でっていうのは珍しいです。それだけ会社に期待されてるんでしょうね」

「なに、宇津木さん。俺にプレッシャーかけてる?」

「そういうわけではないです。店長、プレッシャーなんて感じるんですか?」

「俺も一応、人の子なんでね」

 宇津木さんこそ、いつもクールで、プレッシャーなんてまるでなさそうだ。

 フロア長なんて、バイトの身で責任だけ重いポジションなのに。


「今は特に人手が少ない時期です。しっかりお願いしますね」

「わかってるよ。宇津木さんもよろしく。正直、本気で頼りにしてるから」

「……はい」

 宇津木さんが突然そっぽを向いてしまった。

 なんだろう、責任を押しつけてるように聞こえただろうか?

 よく見ると耳が赤いし、怒ってるのかも……?

「私、またフロアに戻るので。では」

 そのまま、顔を見せずに宇津木さんはフロアに出てしまう。

 いや、休憩してくれよ。


「マジで宇津木さんこそ働きすぎだな。もう少し態勢を立て直さないとなあ」

 事務室の裏口ドアそばに貼られたホワイトボードに、スタッフの名前と出勤状況が書かれている。

 名前欄には空白が目立つ。

 宇津木さんが言ったとおり、年度が替わったばかりでバイトが数人抜けたところだ。

 しかも、補充はされていない。

 これはまずいよなあ――


「わああ、遅くなりました!」

「うおっ!?」

 突然、裏口ドアが開いて誰かが飛び込んできた。

 つまずいて転びそうになり、俺は反射的に受け止める。

「きゃっ!」

 可愛い悲鳴が響き、柔らかな感触とふわっと甘い香りが――

「ご、ごめんなさい、店長さん!」

「ああ、花井はないさんか」

 抱き留めたのは、花井千紗都ちさとさん――エンジェリア一号店のバイトさんだった。

「そんな慌てて飛び込んできたら危ないぞ」

「あ、はい……ああっ、すみません!」

「え? ああ、こっちこそ」

 俺は、ぱっと彼女から離れる。

 アクシデントとはいえ、人に見られたら誤解されるところだった。


 花井さんは、二年生になったばかりの女子高生。

 去年からバイトしていて、そろそろ一年になるそうだ。

「遅くなったので、つい急いでしまって……」

「大丈夫……って、シフト四時からじゃないか? まだ三時すぎだぞ?」

「え? あれっ? てっきりもう四時かと……!」

「はは、そういう勘違い、あるよな」

 花井さんは、たまにこういう天然が炸裂する。

 彼女は身長は150そこそこといったところで、かなり小柄。

 ただ、さっき抱きしめたときに感じたように、胸のふくらみはかなり大きい。

 黒いセーラー服の胸元が激しく自己主張している。


「す、すみません、あたしまた……」

「いいって、気にしないで」

 俺は笑って手を振る。

 花井さんは茶色のふわふわした髪を長く伸ばした、可愛い女の子だ。

 そういや、紫香が気にしてたっけな。

「でも、せっかく来たので今から働きます!」

「え、そんな無理しなくても」

 と、すぐに花井さんは女子更衣室に入っていってしまう。

 こんな感じで、花井さんはちょっと変わっているが、やる気は満々だ。

 しかも誰にでも敬語で慎み深く、優しい良い子。

 店を明るくしてくれる、ムードメーカーでもある。

 ウチの店にとって、宇津木さんと同じく大切な人材だ。


「お待たせしました!」

「早っ!」

 かと思えば、すぐに着替えて更衣室から出てきた。

 エンジェリアの制服、白いエプロンの胸元がこれでもかというほど盛り上がっている。

 可愛い上に小柄で巨乳――当然ながら、店内での人気は高い。

 クール美人の宇津木さんと一、二を争ってるんじゃないだろうか?

 もちろん、店長として店員の容姿のことをどうこう口に出せないが。


「店長さん、あたしフロアに出てもいいですか?」

「いいけどさ、急いで来たんだろ? 少し休んでから出るといい」

「フロアのほうは大丈夫でしょうか?」

「ちょっと落ち着いたところだから。悪いね、そんな心配させる状況で」

「人が少ないですからね、今」

 花井さんが苦笑して、ちらりとホワイトボードを見る。

「前の店長さんと合わせて社員さんが二人、バイトが三人も抜けちゃいましたからね」

「一度に抜けすぎだよな。そろそろ新しい人が来てくれないとなあ」

 高校生バイトにまで人員不足を心配されてるようじゃマズい。


「大丈夫です、新人さんが来るまではあたしも頑張ります! 店長さんのために!」

「そ、そうか」

 俺のため? 店のためじゃなくて?

 花井さんは満面の笑みを浮かべて、ぐいっと俺に顔を寄せてきている。

 小柄なので、身体がくっつきそうなほど近づいても顔は遠いが。

 なんか距離が近いんだよな、この子……。


「新人さんが来なかったら、店長さんもあたしもたくさんシフト入りますし……毎日お店で会えますね……」

「……そんなに稼ぎたいとか?」

 俺はシフトというか、店の状況に関係なく普通に出勤するだけだが。

「それもありますけど……」

「…………」

 花井さんは、じっと俺の目を見つめてくる。

 見た目も中身も紫香とはだいぶタイプが違うが、この子も可愛い女子高生だ。

 つまり、俺が不必要に近づいてはいけない子だ。

 いや、部下なのだから紫香以上にしっかり距離を取る必要がある。


「あ、店長さん」

「ん?」

「あの……服、脱いでもらえますか……?」

「え……?」

 なんだ、今度はなにを言い出したんだ!?

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