10 最弱の転生者



「なっ……だ、これ」

 

 エリルの手の平の上に浮かんでいたのは、白の部屋と呼ばれる場所で自分が散々頭を悩ませていたものだった。


 それは、ステータスボード。


 人に任せたのだから最終的な結果がどうなったのかは僕自身も知らなかったのだが、その内容は驚愕も驚愕の内容だった。

 もちろん、悪い意味で。

 


 ▶名前:クラディス・ヘイ・アルジェント

 ▶レベル:1

 ▶種族:亜人

 ▷称号

 ▶ユニークスキル:魔素操作、魔素理解、魔素開放、魔導理解、早期習熟、言語理解、神運


 ▶スキル:未収得


 ▶ステータス

 strength:1

 Intelligence:1

 Agility:1


 ▶Dステータス

 魔法攻撃Ⅰ

 魔法防御Ⅰ

 物理攻撃Ⅰ

 物理防御Ⅰ

 総合耐性Ⅰ

  

 軽く説明を受けたが、魔素解放以外は戦闘では使えないスキルばかりらしい。その魔素解放も「使えなくもない」というニュアンスだったので、実質使い物にならないのだろう。


 とまれ、最初なのだから戦闘に使えるスキルがなくても仕方ない。ゲームの世界だったらレベルが上がれば戦闘スキルを覚えていくものだし……との見通しだったのだが。


「初めて見たときは驚きましたよ。全部のステータスが1だなんて、初期値ですよ、初期値」


 こう改めて言われると、不安になってくるというものだ。


「初期値って……ダメなの?」


「ん~……ダメではないんですけど、まぁ、個性的ですねとしか」


 始めたあったばかりの人に自分の運命を左右する数値振りを任せた。僕よりも詳しいだろうという思惑のまま。

 だが、それがどのような結果になったとしても、僕が口を出すことはできない。そして、ステータスというのは振りなおすことができない。

 これ、僕、大変な状況なのでは。知識がないから、大変、という言葉で誤魔化しているが『力強さ』や『賢さ』が低いということなのではないのか。

 そう考えて、はっ、と頭を上げた。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、このステータスってとっても弱い……とか」


「ええ、最弱です。紛うこと無き最弱です。《最弱の転生者》という称号があるのならば、ほしいままにするでしょう」


 最弱。最も弱い。誰よりも弱い、誰にも勝てない。

 最弱という言葉の衝撃で身動きが取れずにいると、エリルの言葉は続き。


「スキルがない。レベルも1。ステータスも1。あるのは戦闘に使用できないパッシブのユニークスキルだけ! こんな状態で妹さんを探しに行くなんて、木の棒を持って魔王を倒しに行くよりも難しい話です」


 どんがらガッシャーんと雷が落ちた。

 あぁ、気を失いそうだ。座ったまま頭を抱えた。


「やっちゃいましたね……ますたー。他人にステータス設定を頼む人なんて多分史上初ですよ」


 苦笑いを浮かべるエリルの言葉がグサグサと軽率な僕の行動を咎め、肩をゆっくりと下げさせていく。

 今の僕の顔は捨てられた子犬のような顔になっているに違いない。

 

「弱いから、探しにいくには危険すぎる?」


 その言葉にコクリと頷かれた。


「でも、近くにはいるんでしょ?」


 その言葉にもコクリと頷かれて、多分、と。 


「それでもダメなの?」


 大きく頷かれ、魂が抜けたように木に背をもたれた。


「そんなに僕のステータスって弱いんだ……」


「魔物と遭遇したら一発で死んでしまいますね。でも、ハードモードなますたーと違って妹さんのほうは転生者らしいステータスをしてると思いますので、心配することなんかないですよ!」


 熱弁するエリルをチラと見て、目を伏せた。

 転生者らしいステータスを持ってるから、妹は大丈夫だから、心配することはない。


「……違うよ。違う。違うさ。ステータスとかは関係ない。兄だから守りたいんだ」


 別に、佳奈のことを「弱いから」って理由で守ってるんじゃない。

 もう、家族は失いたくない。母親と父親の靴がない玄関に見慣れるなんてしたくない。だから、唯一の家族である妹を大切にしたかったんだ。


「佳奈までいなくなったら、僕は」


「好きなことをしていいんですよ」


「……?」


 顔を上げると、エリルが手鏡を持ってニコリと笑っていた。

 といっても、僕は自分の顔を見て一瞬誰か分からなかった。20年間ほど付き合ってきた自分の顔はそこにはなかったからだ。


「貴方は平野明人ではなく、クラディス・ヘイ・アルジェントです。黒髪から白……いや、銀が少し入った白髪のくせっけになり、片目が黒でもう片方が紫色のオッドアイになりました。美少年ですねぇ」


「……それが」


「転生者適性の一つに、地球での生活に強く変化を求めていたかどうかっていう項目があります。妹さんは変わりますよ。だって、ますたーよりも転生者適性が高いらしいじゃないですか! 地球での最後の一日で日常が変わりそうだったのは、妹さんが何か話を切り出したからじゃないですか?」


 的確な指摘に言葉が出ない僕を他所に、エリルは淡々と言葉を続けた。


「妹といえども一人の人間です。過剰なお節介は時として、受けて側を人形にしてしまいますから。親代理なら、そして、子どもならば。親離れと子離れをしないとですね」


「そんなのわかってるよ……」


 わかりやすい図星だ。


「子どもが成人したみたいなものですから、子離れのいいタイミングだと思いますよ」


 妹は僕がいないとダメ。親の代理だから、親がいないんだから、という役目に過剰に囚われている。

 地球で過ごした最後の日。佳奈に対して、僕が知らない間に成長をしていたんだ、と感じた。

 佳奈はもう立派な一人の人間になろうとしてる。

 僕が手を引っ張らないといけないという時間は終わったんだ。

 

「……そうか」


 妹の成長を応援してやれずに、何が兄だ。


「分かっていただけましたか!」


「じゃあ、強くなってから全力で探しに行こう!」


「あーーーーーーー………はい」


 それでいいのかな、とぼそりと呟いたエリルの言葉なぞ僕の耳には入らなかった。

 妹が成長をするのなら、僕も成長をしよう。そういう方向で行くことにしよう。




 その後、満足するまで手鏡を見たら、エリルに返して二人して大木から続いていた道を歩き出した。


「ますたー、どこに行きたいとかありますか?」


「ないよ、あるわけ。逆に目的地とかあるとおもってたんだけど……ないの?」


「いやぁ~……はは。実はこっちもますたーに会う前に色々と準備をしようとしてたんですけど……。で、でも! たまにはこうやってのんびり歩いたり、話をしたりするのも大事ですよ! 今日はそういう日にしましょう! ねっ!」


 贅沢な時間の使い方。向こうの世界では絶対そんなことはしなかった。

 けど、そうだな。せっかくだし。


「……たまにはいいかもね」


「はいっ! 魔物がいるかどうかは、しっかりと私が目を光らせておきますのでご安心を!」


 エリルは一層表情が明るくなって僕の手を引く力が強くなり、スキップをし始めた。

 握っている手が上下に揺れ、エリルの長い髪もひらひらと揺れる。そのリズムに合わせて僕の視界にチラと映る白髪の髪がすごく不思議な感じだ。

 むかし、こうして田舎にある実家で佳奈とこうやって歩いたことを思い出す。


 だけど、佳奈はいない。探しにも行けない。

 だったら、僕は……この世界にきて何をする?

 

「……」


 何もできなかった人生だった。したいことも、何も成すことができなかった。

 この世界では、向こうの世界でできなかったことをやろう。したいことに挑戦してみよう。

 それでいつか、この世界で佳奈とまた会えるのなら、一緒に兄妹として生きれるのなら……。こんなに幸せなことなんてない。


「そーだ! ますたーのお話聞かせてくださいよ! 転生前のお話とか色々知りたいです!」


「……ちょっと重たいかもしれないけど」


「へっへーん! 重たい話でもなんでもどんな話でも私はお聞きしますよ? 時間はたくさんあるんですから、ね!」


「じゃあ、そうだね。色々聞いてもらいたい話があるんだ」


 僕は転生する前の話をゆっくりと話し始めた。

 話をすると、紐解くように抑えて我慢していた感情があふれ出していく。

 泣きながら話す僕の話をエリルはゆっくりと頷きながら聞いてくれた。

 

 こうして僕は、転生をした。

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