09 快活な少女

 

 


「……たぁ、ま〜すたぁー。おーい、おーーーい」


 頭上から声が聞こえ、ジンジンと頭痛がするのを抑えながら目を開けると、ニコッと笑う少女がいた。

 頭の下にふわりとした感触がある……? 


「あ、膝枕……」


 体がだるい、重い、頭が痛い……ってことは、僕はまた気絶してたのか。

 

「無理して思い出そうとするからですよぉ〜、すぐに記憶にアクセスしちゃうと耐えきれなくなるのは見え見えでしたよ」


「あぁ……うん、そうなんだ……」


「それで、記憶は思い出しましたか?」


「それは、まぁ、全部――」


 頭に自身の腹部の断面図が思い浮かんだ。


「――くっきりと……、はい」


 お腹が繋がってることを確認するために腹部をさする。

 今は繋がってると分かってるけど、自分の腹から下がない光景は……衝撃が強いな。


「思い出したのは思い出したんですけど、あの……あなたは誰なんですか……? 会ったことないですよね」


「あれっ、自己紹介がまだでしたっけ?」


 くだけた声で腰に手をやり、胸を張り若干ドヤ顔に似た顔を作った。


「私は、転生後のサポートをするために、今期からサポーターとして配属されました! エリルです! わかりやすく言うとこちらの世界の観測者のようなものだと思っていただけると大丈夫かと!!」


「……観測者」


 息を吐くように、声がでる。


「君も僕を殺すのか?」


 すこし疑るように質問をした。観測者、その言葉にいい思い出はない。

 すると「どうですかねぇ~」と小悪魔のような目を向けてきて、場が静まり返る。

 お互いにお互いの目を見る時間が続き、やがて少女の方が段々と気まずくなってきたのか焦り始めた。


「い、いやっ! 冗談、冗談ですって……! そ、その……わかりやすくって言ったじゃないですか! えーと……その、私は……」


「こっちも冗談だよ。分かってるさ」


 冗談、とは言ってみたがどこまでが冗談なのか。皮肉めいたことを言ったのは悪いと思っているけど、一度殺されたことを黙認するほど寛大な心は持っていない。

 とはいえ、この子の様子を見る限り僕の記憶関係は全く知らないようだから八つ当たりになるか。


「よかったぁ……怒ったのかと思いましたよ。ますたーの意地悪」


 と、ほっぺたを膨らませた。

 観測者のようなものと言っていたが、無機質さは全く感じられない。笑顔はニコッと笑い、怒る時はまるで憎悪や憤怒のような感情を感じさせることはない。まるで絵本からそのまま出てきたような子だ。

 それが、人だけど人ではなくて特別感がある少し偶像的な好印象を与えているのかもしれない。無表情な観測者とは真逆な存在のように思える。

 

「それで! いかがですか? 転生をした感想というものは!」


「感想。……最悪、って言えばどんな反応する?」


 返ってきた言葉が予想外だったのか、エリルは目をぱちくりとさせた。


「ど、どうしてですか? 人生を楽しめてなかったんじゃ……主人公になろうとおもえばなることが出来るんですよ! 今までのことなんて忘れて、新たなスタートができるんです! 第二の人生を歩めることのどこに不満があるんですか?」


「不満か。……僕には妹がいるんだ。おっちょこちょいで、不器用で、泣き虫だけど可愛いやつがさ。両親が家に帰らなくなってからはそんな妹と二人きりで、家事も家計も僕が全部してて、自分のことなんかする暇なんてないくらい忙しかった」


「ですから、この世界で」


「でも、変わりそうだった」


 あの時の会話は、惰性で送っていた生活とは一線を画していた。特別感というか、イベントというか、あらたな節目になりそうな雰囲気を持っていたのだ。

 佳奈と大学に入るっていう夢のような明るい展開が待っていたかもしれないのに……それらを全て奪って「第二の人生」って?


「一緒に頑張ろうって話をしたばっかりだった……のに――」

 

 と言いかけて、僕の頭に疑問が湧いた。

 佳奈はどうなったんだ、と。


「ますたー? ど、どうしました?」


 顔を覗き込んできたエリルに虚ろげな目を向ける。


「佳奈は……妹はどうなったんですか……?」


「妹さん?」


「僕が殺された時に後ろにいたんだ。逃げれてない。多分、いや、絶対……」


 あの時、観測者が突如として部屋に現れた時に目の前にいたのが佳奈だ。庇うようにして飛び出したから僕が殺されただけで、佳奈は……?

 辿れる記憶を辿ってみるが、殺された時の痛みや衝撃ぼんやりとしか覚えれてない。


「佳奈だけじゃない。僕がいなくなった世界は……」 


 バイトのシフト、家賃、銀行の貯蓄してた口座もそうだ。

 僕は向こうの世界で死んだことになってるということは……だめだ、頭が回らない。


「妹さんの名前なんですけど……もしかして、平野佳奈、という名前ですか?」


「そう! そうです。平野佳奈! 髪の毛はそこまで長くなくて、短くて、ボーイッシュな感じの」


「頑張り屋さんで兄の作るご飯が好きで、でも部屋の掃除ができないとかなんとかって」


「うん、うん。そう、それ! 佳奈はオムライスが好きなんだ。母さんの作った料理よりおいしいって言ってくれて」


「あぁ! はいはい! 同時期に転生者がいて名前を確認したんですけども。あの時に見た名前で正しいようですね」

 

 ほっと胸をなでおろした。

 エリルはどこかで仕入れた情報を元に話をしてくれているのだと感じた。その雰囲気は神妙ではなく、先程までと同じように少女らしいものだった。

 だから、安心したのだ。


「それで、佳奈はどうしてる……とかって」


「はい。平野佳奈さんなら亡くなってますよ?」


「…………なく、なってる」


 さも当然のように言われた言葉に僕は理解が及んでいない。


「……なく、なってる?」


 おそらく神様っていうものは人間の生き死にの関心が薄いんだろうと前々から思っていた。何億人もいるのだから重く受け止める必要がないのだろうと。

 だけど、それを目の前にするとこうまで混乱をしてしまうとは。


「佳奈が死んだ?」


 やがて理解が及ぶと、ストンと腰が落ちて泣き出しそうになってしまった。


「……なん、で?」


 僕がいなくなったから? 生活が苦しくなったから? 交通事故で? もしかして自殺?

 考えがつくことを上げていけど、哀しさと妹を守れなかったという現実がヒシヒシと胸内に罪悪感を植え付けていく。


「あっ、言葉足らずですみません。亡くなって、転生されてます!」


「……?」


 その言葉を聞き、ゆるりと顔を上げた。


「転生、してる……ってなんだっけ」


「地球でお亡くなりになって、こちらの世界にやってきているってことです! 妹さんがこの世界にいるんですよ!!」


「この世界に、いる?」


 その言葉を真っ白の頭に色付けるために、何度も繰り返し呟いた。

 同じ時期の転生者がいる。佳奈は地球では死んでいて。その死んだ後に魂はこっちの世界に――……

 そうか、だって、あの状況で僕が転生したのだから妹が転生しないわけがない。

 頭で理解したところでぶわっと感情が溢れ始め、その次に涙が溢れ出てきて、一切合切が止まらなくなってしまった。


「佳奈がこの世界に来ている……? 本当に?」


「本当に!」


「本当……?」


「本当ですっ!」


「妹が」


「かなさんが」


「この世界に」


「来ているんですっ!!」


「エリルっ」


「ますたーっ」


 掛け合いをしていると段々と気分が上がってきて、二人して大きな声で「わーい!!」と諸手を上げて万歳を繰り返した。

 

「それで、元の世界のことは全員に記憶の操作が行われていて」


「あぁ! いいよ、いい。佳奈がいない世界に未練なんてないよ。それで、佳奈はどこにいるの? 見当たらないんだけど」

 

「多分そんな離れた場所にはいないと思うんですけど……場所までは分からないです」


「だったら探しに行かないと!」


 立ち上がろうとすると、エリルが袖をぐいと引っ張って「ダメです」と一言。


「ダメって……」


 こんな状況で何ふざけているんだ、と思っていたが、真剣なその目を見るとヒートアップしかけていた気分が落ち着くのを感じた。

 緩やかに腰を下ろしていく中、エリルは手の平の上に何かを出しながらこう言った。


「ますたーの力では無理です」と。

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