08 目が覚めるとそこは

 ………………

 …………

 ……


 感じたことの無い感覚に襲われ、意識が溶けるようになくなった。

 白の部屋と呼ばれる空間で、神を名乗る少年とその横にいた観測者と呼ばれるスーツ姿の女性と会話をしたところまでは覚えている。


 そこから………どうしたんだっけ?


 浮遊感に似た感覚がありながら、緩やかな速度で落下しているような感覚もある、不思議な感覚だ。ずっと眠りに落ちる時の感覚が続いている……と形容するのがいいか。 

 何か喋ろうとしても口も開かない、周りを見渡そうとしても目も開けれない……今、僕はどうなってる?


「……っと、これで良し!」


 幼い女の子の声?


「最後にますたーと私をリンクさせて………」


 ますたー? リンク? 何を言ってるんだろうか?


 ん、待てよ? 女の子の声が聞こえるってことは僕は今、少なからず人がいる空間にいるってことか!? ならこんな状態でずっといる訳には……!!

 必死に体に力を入れようとするが、力が全く入らずピクリともしない。

 何度も体を動かそうと試みていると、その様子に気づいたのだろうか、少女の声が再び真上から聞こえる。


「あれ! ますたーの意識がもう……どうしよう、えっと…………あ!」


 足音と共に女の子の声が遠くなってしまった。


 僕のバカ……! 自分の体くらい自由に動かせれないのか! 近くに人がいたのに!

 体に力が入らない状況にはなんの疑問も抱かず、再度もう一度自分の体に力を入れてみる。


 ――ブンッ。


 力の入れすぎで仰向けに倒れていた体の上半身が勢いよく起き上がった。


「えっ、あれっ?」


 上体を起こしたけど、突然言うことを聞いてくれた状況に目をぱちくりさせる。すると、目も開き、周りが見渡せれるようになってることにも気がつく。


「動かせる、見える……」


 上半身を起こしている僕に心地いい風が体に当たり、地面についている両手には芝がさわさわと当たる。


「普通に……動く……」


 視界もハッキリしており、辺りを試しに見回してみた。

 目の前に広がる草原地帯。境界線までずっと木々も生えていない、若干の凹凸はあるがほとんど真っ平らだ……。それと……。

 後ろに目を向けると僕の後ろには大きい木が1本生えている。


「でっか……」


 樹齢何年なんだ?? すごいな……。

 両手を広げてもまったくその太さには至らないだろう。見たことがないほどの大きさだ、公園に生えている木とは比べ物にならない。

 僕の身長より横幅の方が大きい……よな? 

 巨木の葉に光があたり、木漏れ日となり地面に降り注いでいる。


「ここは………? ぼくは、転生……したのか?」


 風が吹き、木漏れ日がチカチカと様子を変化させ目を刺激してくる。瞼を閉じ、視界を閉ざしても日が当たると真っ暗な視界から真っ赤に変わる。

 目を瞑ったまま体で風を感じ、陽の光の明暗をまぶたの裏で感じていた。

 こんなに外でゆっくりするのはすごく久しぶりな気がする。

 記憶がないにしても、なんとなく心のどこかでこの場所を懐かしく感じる。


 状況の理解を置いて明暗を楽しんでいると数秒暗い時間が続いた。


「……?」


 雲でもかかったか?

 ふと閉じていた目を開けた。


「お目覚めですか! ますたぁ!!!」


「うわっ!?!」


「え!?? なんっ――」


 ゴンッ。

 驚いて仰け反ってしまったら、互いの額がぶつかり鈍い音を響かせる。


 目を開いた先には少女がいた。覗き込んでいたのだ。


「「ううううっ……!!!」」


 僕は反射的に額を手で抑えたが、その痛さから涙がでてきそうになるのを我慢して、ぶつかってきた少女の方に額をさすりながら目を向ける。


 少女の容姿は幼く、髪はそこまで長くないけどいくつか髪が垂れていて、髪色は少し紫が入っているような黒で艶々としている。

 足や手が出てる白いワンピースのような服を着ていてブーツのような靴を履いている足をバタバタさせ、ぶつかった痛みで悶えてる。


「君は……」


 こちらの声に気づいたのか、両手でぶつかった部分を抑えながらこちらをゆっくりと顔を動かした。


「いてて……ますたーいきなり……お元気なんですね。痛かった……。いや、でも! 先に――」


 少女は額に当てていた両手を開き、満面の笑みを向けてきた。


「転生おめでとうございます!」


 目の前の少女は出会って数秒で転生したということを漫画だったらパンパカパーンって擬音語が入りそうな笑顔で祝ってくれた。ぶつかったオデコがまだ痛そうに赤くなっているままだけど。

 それに対し、いまいち状況が飲み込めずパッとしない顔をしていると少女は首をかしげて不思議そうな表情になった。


「あれっ、嬉しくないんですか?」


「いや、その……状況が飲み込めてなくて……」


 よくわからない空間で目を覚まして、目眩がしたと思うとここにいた。

 それに記憶混濁きおくこんだくというものが起きている中、転生したという事をお祝いされても何もピンと来ない……。


「あ、なるほど。だからか」


「?」


「突然で申し訳ないのだけど、もしかして君は、記憶混濁きおくこんだくって?」


「きおくこんだく……。あーーー、なるほどなるほど。知ってますよ! 」


「その、これ、直せますか? 転生したと言われても前の世界の記憶がなかったら、その……」


「できますよ! でも、たぶんしないほうがいいとおもいます」


 安心し手胸を撫で下ろす準備が出来ていたが、思ってもみない返答が来て前傾姿勢だったのを座り直した。


「……それはなんでですか?」


「恐らくますたーは、白の部屋に行く前の世界で人生で疑問を持たれ、人生を楽しめてなかったのだとおもいます。それも重度に」


 座ってる僕の目の前にいた少女は僕の隣に話しながら寄ってきて、隣に座った。


「それが転生者適性の一つです」


「人生を楽しめてないのが適性……そんなのことが?」


 明瞭な記憶はないにしろ、人生を楽しめてないという言葉はなにか思い当たることがあった。

 だとしても、一個人の僕が抱える不満程度なら誰でも持ってるはずなのでは?


「もちろん適性はそれだけじゃありません。白の部屋に転移されたとしてもそこで精神を保てる精神力。転生ができるほどの生命力を持ちながらも、努力して、努力しても報われなかった人。あとはエトセトラエトセトラ」


 報われなかったのか? 以前の僕は。

 

「……だとしても思い出したいと漠然と思うことは、無意識に記憶じゃないどこかで思い出さないといけないと感じてるからだと思うんです」


 横の少女にぐいっと詰め寄り、懇願する。


「お願いします、思い出したいんです」


 その圧に押された少女は少しビクッとなりながらも、僕の顔をみて、額に手を当てた。


「本当にいいんですね? 思い出して後悔しても私は責任をとれませんよ?」


 唾を飲み込み、僕の額に右手の親指をあてている目の前の少女を見て頷く。


「じゃ……チクッとしますよ、えいっ」


 額においた指を力強く押し込んだ――

 ぷつん。

 僕の視界はブラックアウトした。




      ◇◆◇(三人称視点へ)




 記憶が思い出される。

 それは、もう、鮮明に。せき止めていたダムが決壊するような勢いで。

 少年の頭に高負荷をかけながら、20年ほどの記憶を呼び戻した。

 その際になにか混じったような気もするが、おそらくは何らかの障害にもならないだろう。


「え」


 短髪の女性は人差し指で、青年の右腹部から左脇までをつつつとなぞった。

 何が起きたか分からず、呆気に取られる。来訪者から急にボディタッチをしたのだ、現状理解が出来ずとも仕方がない。

 しかし、それよりもさらに、青年には理解できないことが起こっていた。


 ――ぐらっ。


 青年の視界は傾き始め、世界が意図せず斜め上方向に移動していく。

 目線を下げると、なぞられた線上から段々と下半身と上半身がズレていくのが見える。

 そして、目に飛び込んできたのは――下半身の断面。

 切り離された上半身は下半身を滑り、重力に従い地面に落ちた。ドンッ、と重い音が2度響く。下半身がバランスを失って居間の床に転倒した音。上半身が、うつ伏せの状態で倒れこむ音。

 状況の理解が出来ると一気に激痛が体中を駆け巡り、声にならない声を上げた。


「――っっ!!!!!!!????」


 ――頭の処理が追い付かない――

 ――腹部が熱い――

 ――体が寒い――

 ――自分の頬に温かい液体が当たる――


 床と並行にある視界が明滅と共に、自分の血液で満たされていく。

 下半身との接合部分だったところから血が溢れ出し、あっという間に体は血液不足で意識が薄くなっていく――……。


「本来ならショックで気絶するというのに」


 飛び散った血液が付着している顎に手を置きながら、ほお、と興味深そうに。


「適性は妹さんの方が高かったはずですが、改める必要があるようですね」


 血がとめどなく溢れ、血の海を作り上げている上半身だけの青年を褒め称える。

 その時、青年が庇った妹から悲鳴が聞こえた。

 いつの間にかいた女性。意味の分からない言葉。そして、兄の死。

 先ほどまでの当たり前の日常や、良い方に転びそうだった雰囲気など全てを掻っ攫う程の衝撃が一瞬にして目の前で行われたのだから錯乱状態に陥るのは当然。

 しかし、それらが全く理解できないように女性は小首を傾げた。


「……あぁ、安心してください。お一人では寂しいですものね」


 泣き崩れる妹の方を見つめ、ふ、と笑う。

 薄れていく意識の中、青年は強く願った。


 ――佳奈……逃げて。


 ぷつん。

 ここで意識は途絶えた。

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