04 なんだったんだ?



 時刻は五時。

 僕は学校帰りの学生たちとすれ違いながら、歩いて10分ほどの距離にある居酒屋まできた……はずなのだが。


「本日は臨時休業……?」


 居酒屋の前まで歩くと、入り口に張り紙がしてあり『申し訳ありません。本日は店主の娘が風邪をひいてしまい。その看病のため店を臨時休業させていただきます』と書いてあった。


「娘が風邪で臨時休業?? って家には連絡がいってるんだろうなぁ……。こういう時に不便なのか? ガラケーでもいいから持っておくべきかな……」


 高校生の時まではガラケーを持っていたのだが、両親の離婚の後に解約した。それが原因で友人との連絡手段も消え、仲が良かったはずの友人からはそれ以降あったことがない。

 いや、でも臨時休業するお店ってここくらいだし……。


「って……雨降ってきたな」


 ぽつぽつと商店街の屋根に雨が当たる音が聞こえたと思えば、段々と勢いが増してきた。


「……早く帰るかぁ」


「――見つけた」


 帰ろうと思って踵を返した時にかすかに聞こえた女性の声。

 驚き、体を跳ねらせ、振り返って周りを見渡した。


 周りを見渡しても、遠くにこれから呑みに入る若い大学生のグループや、カッターシャツにネクタイの大人達しか見あたらない。

 耳をすましてみても、雨の音が商店街の中で響く音しか聞こえない。


「僕を……見つけた……?」


 全く状況が理解できないまま、その場で待っていたら声の主が出てくるかと思い、数秒たちどまって見ても一向に出てくる気配がなかった。


「…………なんだったんだ」


 多少の不気味さに駆られ、人の波を避けて今の場所から背中を押されるように家に向けて歩き出した。


 


 帰宅までの道の間、あの声が聞こえることはなく、何事もなく家まで帰ってくることができた。

 ……聞き間違いだったのだろうか。

 鍵を開けて玄関に入ると佳奈の靴が置いてあるのが見えた。

 あれ、佳奈が帰ってきてる? 高校ってこれくらいの時間に終わるっけ?


「あっ!! 兄さんお帰り!!」


「ただいま。今日は居酒屋が臨時休業らしいから早めに帰ってきたよ」


「うん!! 久々に兄さんと一緒に夕ご飯が食べれるね!」


 ぴょんぴょんと跳ねながら、僕のバックと上着を受け取ってくれた。


「僕もうれしいよ。じゃあ今日は佳奈が料理を作ってくれるのかな?」


「ふふーーーん! 今日は私が腕によりをかけて……でも私が作るより兄さんが作った方がおいしいよ!」


 通常運転でNOだった。

 いつか妹の気まぐれで料理が出てくるかもしれないと信じて一応聞いているが……待て、そもそも佳奈は料理が作れるのか?


「あはは、分かったよ。だけど少し休憩してから作っていい? なんか疲れちゃってさ」


「いいよ! さっき冷蔵庫の仲見たら卵とか鶏肉とかあったから……」


「じゃオムライスかな? 佳奈のためにファミレスで鍛えた腕を披露するよ」


「さっすが私の兄さん、いやさすがです。よくご存じです」


 ぱちんと指を鳴らすとソファに戻っていき、テレビの続きを見始めた。


 僕はアルバイトをずっとしているから、それなりに料理ができると思っている。

 他人と比較したことはないが、佳奈が言うに「ファミレスとか給食とかお店で出てくる料理よりおいしい!」らしい。

 オムライスなら簡単に作れるからまだ下準備とかもいらないか。だったら僕も久しぶりにテレビを見ようかな。


 僕がソファに腰を掛けようとすると、隣でテレビを見ながら明日のテストの範囲の確認をしていた佳奈が少し横にずれてくれた。

 テレビに映っているのは見たことがないお笑い芸人がキャスターを務めている番組。最近はこういう人が人気なのだろうか? テレビを見ないからだれがだれかわからない……あ、あの人は見たことがあるな。

 久々のゆっくりした時間に自然と肩の力がぬけ、先程聞こえた声のことなんて、すっかり頭から消え去っていた。

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