5章 未来へと続く道 ⑦

 今日は幸与が自由に動ける最終日。明日になれば幸与は長い眠りについてしまう。

 幸与の体調は良好。神様も味方してくれている、最高の一日にしたい。

 俺は今日幸与と一緒に過ごすために学校を休んだ。両親にもそれは話している。ずっと幸与の側にいてあげたい。それが俺が幸与にしてやれるせめてものことだから。

「生心がいてくれると心強いね」

「そう思ってくれるのは嬉しいけど、俺のことはきにせずにゆっくり休んでろよ。お別れ会にでるためにも」

「それは解ってるよ。もう恥ずかしがりやさんだなぁ」

 会話はそれくらいだ。それ以降はなにをするでもなく、俺は幸与の側にいた。

「そろそろ時間か」

 幸与を連れて、保育園までの道のりを歩く。今日が園児達とは最後のお別れだ。それが解っているからか幸与は覚悟を決めた顔をしている。

 

「なにか残さないといけないみたいに思ってないか」

「思ってるよ。わたしこれで最後だから」

「知ってる」

「怖いよね、最後って思うのって」

「俺も幸与だったからよく解るよ、余命がなくなっていくとき俺もそう感じだ。これで終わるのかなって悩んじゃうよな」

「本当、辛いよね」

「辛いなら、今吐き出しとくか」

「今はいい。この辛い気持ちを飲み込んで話したいから」

「そうか」

 それ以上はなにも言わない。幸与のしたいようにさせるのが俺の今のすべてだから。

「あ~せんせいと、ボーイフレンドのひとだ」

「ラブラブかよ、ラブラブかよ」

「ラ~ブラブ、ラーブラブ」

 保育園のさくら組の中にはいったついた途端、無邪気なラブラブコールをうけた。

 は~ん、ラブラブとかあいからわず子供くせぇ煽りである。いちいちつきあうきにもならん。

「そう、わたしたちラブラブなのだ~」

「きゃああああああ」

 覚悟を決めた表情が明るい表情に変わり、幸与はピースをしていた。うん、幸与は反応しちゃうよな。解ってたけどね。

 

「はいはいはい、みんな静かに。今日は幸与先生のお別れ会ですよ」

「やぁだああああああああ。ゆきよせんせーとおわかれしたくない」

「ゆきよせんせーなんでとおくいちゃうの」

 予想はできたことだけど、これは幸与にとってはきついだろうな。

 純粋な言葉ほど響くものはない。ここにずっといたいって思ってしまう。

 だけど、だけど、別れは告げけなきゃいけない。たとえそうしたくなくても。

「前にもはなしたでしょ、ゆきよせんせーは病気の治療のためにいなくなるって」

「やぁだああああああああ」

 子供達はいつも以上に感情的だ。これを止めるのは難しい、どうすれば……

「みんな~もっと明るく、明るくいこう。せっかくお別れ会するんだから」

「そうだよ、せんせいのためにもわたしたちがしっかりしないと」

 立花ちゃんがリーダーとして声をあげて先導してくれ、園児達が徐々に静かになっていく。

 やっぱり頼りになる娘だ。

 それから六人グループの列車で子供達自らが手をつなぎ合わせてつくったトンネルをくぐるトンネルくぐり競争、子供達がダンスを披露し、幸与がピアノを弾きながらお歌を歌った。

 

「ゆきよーせんせーはやくげんきになってね。いままでありがとう」

 さくら組の子供達全員が幸与のために絵を書いてくれたものを、立花ちゃんが渡す。

 いっしょに走り回って、いっしょに積み木遊びをして、お本を読んでもらっていたり、その一つ一つが幸与の歩んできた道のようだ。

「ありがとう、みんな、ありがと~」

 幸与は泣きながら子供達の絵を受け取っていた。

 子供達と過ごす時間はあっという間に過ぎ去り、お別れのあいさつを言わなくてはいけない時間になった。

「幸与先生、最後にお別れのあいさつをお願いします」

 幸与は子供達全員をみて思い出をふりかえると、沈黙を破った。

 会いたくても、会えない人に、想いを伝えるために。

「みんなとお別れしなきゃいけないって思った時すごくつらかった。どうしてこんな身体に生まれてきたの。元気だったらみんなと一緒にいられるのに、そう思ったりもしました」

 幸与は子供達にはまだ難しい話をあえてしている。解ってもらえるだろうか。伝わるだろうか。そう思いながら。

 子供達の様子は真剣だ。話の内容が解るとかはそれほど重要じゃないんだと思う。必死だって解る、理屈じゃないつながりが生まれているのだと思う。

 

「だけど現実ってものはそう変わりません。病気がいきなり治ったりはしないものです」

「せんせーのびょうき、なおらないってことはしんじゃうの」

「しんじゃやだああああああ」

「それは大丈夫だよ、みんな。わたしの大好きな生心がわたしを救ってくれるから」

「ほんとうに」

「ああ、本当だよ。俺が幸与を救う。約束するよ」

 なにも根拠のない約束。だけど俺は胸を張ってみんなにいうことができた。

 それは俺の中ではじめて生まれた変わることのない決心だったから。

 

「ひゅーラブラブ」

「今は真剣なんだからちゃかしちゃだめだそ」

「はーい」

 呼吸を整え、幸与さんは再び話し始める。

「わたしは病気をわずらっているけど、今救ってくれるといってくれた生心のおかげで生きようって思えた。みんなのおかげで生きようって思えたんだ。みんなが前をむいてくれているから、わたしも前を向けました」

 子供達の中に泣いている子が出始める。影ながら支えになっていたこと、それがきっと嬉しいからなんだろうな。

「これからみんなは成長するにつれて、辛いこと苦しいこと増えていくと思います。でも負けないでください。前を向いていてみてください。それがわたしの望みです。みんな、今までありがとう」

「以上で、お別れ会を終えたいとおもいます。みんな別れのごあいさつできるよね」

「つらいけどできます! ゆきよせんせーがまえをむくことをのぞんでるんだもん」

「じゃあ、みんなでいおうか」

 大きく園児達は息をすってお別れの言葉を叫んだ。

「ゆきよせんせーありがとう」

「ありがとう、みんな、ありがとう」

 拍手が沸き起こる中で、雨粒のような涙がたくさん流れた。

 梅雨が開けたというのにここだけは雨模様。

 だけどそれはとても暖かい人間の涙から生まれた雫、ひとつがひとつが想いや感情の固まりでもある。だから悲しくても進めるんだ。

 

「せいしん」

「立花ちゃん、どうしたんだよ」

 立花ちゃんは俺のふとももに顔を埋め、ぎゅっと離さないようにつかまれた。

「せいしんとはおわかれしたくない。ゆきよせんせいがこなくなってもきてほしい」

「わかったよ。立花ちゃんがこの園にいられる間は来るよ。バザーとか開いてるだろ、その時だったら大丈夫だと思うから」

「やくそくだよ」

「約束する。指切りげんまんでもしとくか」

「うん」

 指をからめ「指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った」とリズムよく歌った。

 誰ともしたことはない。立花ちゃんがはじめてで、少し恥ずかしかった。

 

「これでいいか」

「まだ、だめ」

「え! なんでだめなんだ」

 これで大丈夫だと思っていたので、驚きのあまり声をだしてしまった。

「れんらくさきおしえて。たしかなつながりが欲しいから」

 意外なほどあっさりとした理由だ。約束なんていらなかったんじゃ。現代社会って便利だ。

「お~これがせいしんの。う~ん、うれしい」

「そっか」

「あとね、あとね、しゃしんもとらせて、ツーショトのやつ」

「別にいいけど」

 立花ちゃんとツーショトの写真を撮る。何枚も何枚も何枚も。そのたびに立花ちゃんは嬉しそうだった。どんどん押しが強くなっていく立花ちゃんに圧倒されぱなしになってしまったが、とりあえずは納得してくれたようで良かった。立花ちゃんにはいろいろ助けられた面もある。これくらいのことはしてあげても、なにも問題はないだろう。

「せいしん、またあおうね」

「またな」

 立花ちゃんとは別れのあいさつはしない。いつかまた出会うための再開の言葉を告げあうと、立花ちゃんはその場を立ち去った。

 

「またまた浮気現場目撃かなぁ」

「浮気とかじゃないから」

「本当かな~立花ちゃん美人さんになりそうだしな~心配だよ」

「心配なんてすんなよ。立花ちゃんがどんなに幸与より可愛くなって、どんなに利口でも、浮気はしないから」

「あいからわず、真面目だな。そういう所、好きだよ」

「またラブラブって言われるぞ」

「いいじゃん、べつに」

 俺って押しには弱いな。だってこうしていられることが悪くないと思っているのだから。

 

「疲れたろ、戻ろうか」

「ちょっと待って、待って。わたしも写真、写真とりたい」

「わかったよ」

 少し幸与の体力の方が心配だったけど、最後だからと思い、思う存分のことをやらせた。

「よーし、じゃあ帰りますか」

 写真を何十枚か撮り終えた後、俺達は病院にではなく幸与の家にもどった。

 病院から近いし、なによりも最後の最後、家で過ごしたい。そう思ったからだ。

 愛着さらでてきてしまった幸与の部屋に入ると、少し無理をした幸与はすぐに眠りにつく。

 俺はその隣で愛しい幸与の寝顔を眺めながら、衛さんを手伝うためにキッチンに行き、手伝いが終わるとまた同じ時を共に過ごし続けた。

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