5章 未来へと続く道 ④

「美樹ちゃん、こんな感じ」

「うん、そんな感じ。生死君泳げたはずなのにどうしちゃったの」

「それはあれだよ。記憶があいまいだから」

「は~そんな所まで関係あるんだ」

 夏だ、プールだ、水泳だ! ということで、明日、元の身体に戻る前にプールで泳いでみることにした。小学生のころから、身体が弱くて体育は欠席がちなので、初めてのトライ。

 ぐいぐい進んでかっこよく決めようかと思ったのもつかのま、上手く泳げず美樹ちゃんに支えられながら泳ぎの練習をしていた。

 手を掴んでもらってわたしがバタ足をする。目の前には美樹ちゃんの魅力ありすぎるボディが見え、男の子にはとっても刺激の強いものになっている。

 これはいけない。いけまんせんぞ~、えい!

「きゃ! な、なに」

 出来心で、バタ足の練習中に片手を離しておへそを触ってしまった。

 

「かわいいおへそだなって思って」

「え!」

 この反応さすがにやりすぎってしまったかな。これからこの身体でいられないと思うと、どうしても積極的になってしまう。今日だって強引に誘って美樹ちゃんとプールに着たりしてるし、少しは自重したほうがいいのかもしれない。

「てゆうのは冗談。ちょっと手離しても大丈夫だと思って離しただけだから」

「そ、そっか」

「そろそろだいぶ感覚も思い出してこれたし、一人で泳いでみるね」

 水面に顔をつけて、強く足で壁を蹴ってスタート。腕を回し、足をバタつかせてクロール泳ぎで向こう岸を目指す。

 バシャバシャと音がなる中でぎこちなく息継ぎをする。

 初めて泳いでいるようで全然違う感覚。生死君の身体だから、生心君の記憶がわたしに力を与えてくれる。未熟なわたしでも泳ぐことができた。

 

「ハァハァハァハァ」

 二五メートルを泳ぐのなんて他の高校生からしたらたいしたことないかもしれないけど、わたしとっては初めて達成できたことだ。

「よし、もうあがろうか」

「そうだね。だいぶ日も暮れてきたから」

 更衣室で着替えを済ませ外にでた。

 空は赤く澄み渡っている。もうすぐ夜を迎え、空には星空の光が広がる時間だ。

 これで生心君の姿で美樹ちゃんと会うのは最後。

 今まで勉強を教えてもらった。知らないことをたくさん教えてもらえた。楽しい学校生活を送れたのは間違いなく美樹ちゃんのおかげだった。

 

「美樹ちゃん、これから話すこと真剣に聞いてくれる」

「うん」

「わたし幸与なんだ」

「どういうこと?」

「実はね」

 それからわたしの余命のこと、入れ替わった経緯、これからコールドスリープすることを話した。

 二人で描いた夢物語のような話を、なにも証拠をだしていないのに、疑うことなく美樹ちゃんは真剣に聞いてくれた。

 これだけはちゃんと直接伝えたかった。今まで友達として励ましてもらった。幸せにしてもらった。そして、これから前を向いて歩いていくわたしをみてほしいからだ。

「そんなことが……ごめんねわたしきずいてあげれなくて」

「美樹ちゃんが泣くことじゃないよ」

「けど……」

「大切に思われてる、それだけで嬉しいから」

 わたしのために泣いてくれる美樹ちゃんを抱きしめる。この娘と友達になれて本当に良かった。


 美樹ちゃんは泣き止むと、これまでのことを語りはじめる。

「入れ替わりか……よく考えたら性格違いすぎてたもんね。記憶があいまいだからかなぁて思ってたけど違うんだ……あわわ、だったらとんでもなく恥ずかしいことしちゃったよ!」

「え、なになに」

「お風呂はいちゃったんです生心君と。は~告白までしちゃった」

「そうか、やっぱり生心君のこと好きなんだよね、美樹ちゃん」

「きずいてたの?」

「そりゃあ、いつもあんなに反応してたらね」

「う~恥ずかしいな」

「恥ずかしいことなんてないよ、わたしだって生心の裸みてるし生心のこと好きだ。告白もして、生心に大好きだって言ってもらえた」

「そっか~そうだったんだ」

「美樹ちゃんの気持ちには気づいてたけど、気持ちをを抑えられなかった。だって好きって理屈じゃないから」

「うん、知ってるよ」

 告白をOKしたことを伝えると、美樹ちゃんはぼんやりとした表情になる。

 美樹ちゃんが傷つくと解っていても偽るようなことはしなかった。

「ごめんは言わないよ――けどさ、美樹ちゃんとは友達でいたい。友達でいさせてく欲しい」

「そんなの当たり前だよ。コールドスリープした後も忘れない。ずっと友達だから」

 偽ることなく、友達でいさせてもらえる。

 わたしは幸せだ、本当に幸せものだ。


「美樹ちゃん、友達としてお願いしたいことがある。生心君の負担が減るように支えになってあげたい」

「それって、愛人になってくれってこと」

 愛人とまでは考えてなかったけど、実際そうなってしまうのかも。、

「う~ん、美樹ちゃんだったからいいかな~」

「だめだよ、幸与さん浮気させちゃ」

「愛人じゃなくて友達としてのつきあいならいいでしょ。生心も美樹ちゃんも浮気するような子じゃないもんね」

「わかった。幸与さんの治療法をみつけられるように支える。だってわたしも未来で幸与さんと出逢いたいから」

「美樹ちゃんと出会えてよかった。美樹ちゃんといられて良かった。美樹ちゃんが友達になってくれて嬉しかった」

「わたしもだよ。わたしも嬉しかった」

 これが学友としての最後。

 それが解っているからこそ、お互いに微笑みあいぎゅっと手を握りしめた。

 

「おかえり」

「ただいま」

 生心の家に帰宅、ダイニングルームを覗くとすでに食卓にはいつもよりも豪華な食事が並び、厳重郎さんとみつえさんが待っていてくれた。

 最後の晩餐にはふさわしいものをということだろうか。今日少しだけ遅く帰ってきて欲しいなんてみつえさんはこのためだったんだ。

 歩を進めるのを早め生心君の部屋に駆け足で戻り荷物を置き、手洗いをしてダイニングルームの自分の席に座る。

「明日で幸与さん、自分の体に戻るのよね」

「はい、そうです」

「いつもありがとうね。いろいろ手伝ってもらちゃって」

「いえ、居候させもらって当然のことをしたまでです」

「それでもとっても嬉しかったのよ。わたし達はあなたに迷惑しかかけてないのにね」

「そんなことはありませんよ。入れ替われたのがこの家庭で良かったと思ったくらいです」

「本当、ありがとう」

 みつえさんが涙を流しながらお礼を言ってくれて、目の裏が熱くなった。

「わたしからも改めて感謝を言わせてもらおう、息子を更生し、導いてくれたのだから。良くやってくれた幸与さん」

 厳重郎さんの言葉を聞いて、現実に急激に戻される。

 この事件が終わりそれぞれ考える時間はあったが、この人だけは考えを曲げることはない。

 そびえたつ岩山がごとく、強い強風にさらされてもわずかに削れているにすぎなかった。

 

「それはわたしだけの力じゃありません。たくさんの人の力があったからです。だから最後に言わせてください。厳重郎さんも生心の手助けをしてあげてください、支えになってあげてください、生心と向き合ってあげてください」

「生心と向き合う?」

「はい、それは行動だけではだめです。感情で感情で動いてみてください。迷惑をかけたことを反省するなら厳重郎さんはそうなるべきだ」

 厳重郎さんにも伝わるように理屈ぽい言い回しで伝えた。

 行動だけでも、感情だけでもだめだ。その二つがともわないとできないことがある。きっとそれが埋まらない親子の溝を埋めるものだと信じて。

「迷惑をかけたのだから、その分の罰は受けろと……多少は考慮しよう」

「本当ですか」

「あくまで考慮するだけだ。それで変わるとは到底思えないのだけどね」

 今はこれでいい。変わろうと思えてくれているのならきっと変わることができる。それだけで小さな一歩を歩めたといえるだろう。

 

「重たい話はここまで。最後なんで明るく楽しくいきましょう」

 みつえさんが作ってくれた夕食を食べながら、これまでの生活のことや、保育士時代のことを話す。厳重郎さんは夕食を食べ終えると自分の部屋に戻ってしまったが、みつえさんとはこれが最後だからっていうのもあって長く話し込んでしまった。

「この部屋ですごすのもこれが最後か」

 まだ一ヶ月と三週間ぐらいしか経っていないけど、ずいぶんと馴染んだものだって思う。

 ここで勉強した日々も、調べものをした日々も、楽しく話したことも、ハッキングなんてことをしたのも記憶には新しい。

 思い出と呼ぶには近すぎるけど、どれもかけがえのない貴重な体験だった。

 それも今日で終わりなんだ。

 これまでのことを振り返りながらぼんやりと部屋の中で過ごす。なにをするでもなく、眠るそのときまでわたしは生心君でいたことを刻みつけた。

 

 翌日、病院の隠された部屋の中にある棺のようなものの中に入る。

 これがどうやら入れ替えに使う装置らしい。想像以上に大がかりな装置だった。

「これから自己意識の交換を行います。それにともなって記憶がなくなったり、知られたくないことが知られてしまうこともあります。って今更言ってもそれはこの一ヶ月の間でよく解ってることか。最後に言うことはある」

「おっぱいもっともんどきゃ良かった! って生心が思ってます」

「思ってねぇ。たくなに言い出すんだよ」

「え~気持ちの代弁してあげただけなのに」

 こんなふざけたやりとも、もう最後だと思うと少し名残惜しいのかもしれないな。

 

「ねぇ、入れ替わったらデートしよっか」

「デートか……そうしよう、いや、そうしたい」

 生心がデートしたいって強く思ってくれてる。すごい嬉しいな。

「わたしさ名残惜しいかなって思ったりもしてるけど、それと同じくらい未来が楽しいって思えてる。デートをしたいって思うことだってそう。全部、生心のおかげ」

 すっと息を吸って、今まで感謝をぶつける。

「ありがとう生心。今まで体を貸してくれて」

「ありがとう幸与。おかげで前を向けるようになった」

 生心君も同じように感謝をぶつけてくれた。

 もうこの身体での後悔はない。あとは目指すべき未来へ進むだけ。

「母さん、もう大丈夫」

「わかったわ。それじゃあ二人共、目を閉じて楽にしてね。また一週間後会いましょう」

 まぶたを閉じて、意識がぼんやりとしていく。

 再び出会う時は一週間後。わたしはわたしになる。

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