5章 未来へと続く道 ②

「幸与がこんなことするなんてね」

 母さんの顔は歪んでいる。そんなことして欲しくなかったという意志が話さずとも伝わってくる。でもそんなのは親の都合だ。わたし達を振り回していい理由にはならない。 

「そりゃあ必死になるよ、生心君が悩んでるのが放っておけなかった。だけど、まさかこんなことをしてたんだなんて。母さんどうして、どうしてそこまでして」

 抑えようのない強い怒りを母さんにぶつけていく。そんなことして欲しくなかったていうのは同じだ。同じなんだ。


「幸代を救いたいから、これからは自由に生きてほしかったに決まってるじゃない」

「だからってなんでもしていいってわけじゃないでしょ! 早く元の体に戻して!」

 母さんの救いたい気持ちなんて聞きたくない。辛くて悲しくて胸が痛い。だけど曲げちゃいけない意志がある。わたしだって、救いたい人がいるんだ。

「そんなことしたらあなたが死ぬ。それはできない」

「なら生心君が死んでいいっていうの。今もきっと死の恐怖と戦っている生心君を」

「あの子は死にたがってる。だからいいのよ、そう思いこむためにあの子にしたんだから」

「生心君は死にたがってなんかいない。死にたくないって思っている」

「…………それはあなたも同じでしょう。死にたくないってずっと思ってたじゃない。そして今もそう思ってる」

「そうかもしれない。でもね、誰かを犠牲にしてまで生きたくないよ。絶対に」

 恐いけど、苦しいけど、わたしは好きな人のためになりたい。

 

「生心君のために、わたしは死にたい」

 だからこそ生きたいと思う心を捨て、死ぬことを決心した。


「幸与…………」

「罪悪感を持ちながら生き続けるなんて嫌だ、そんな生き方を選びたくないから」

「それでもずっと生きて欲しい。なんどでもいうわ。わたしはあなたを救えればいいの」

 誰かを犠牲にしてだなんて母さんには言って欲しくなかった。

 いくら家族を守るためだからってそんなふうに思って欲しくはなかった。

「そんなこと言わないでよ。母さんがそんなこと」

「幸与、あなたが生きる覚悟をきめるの。きっと生心君もそれを望んでいるわ」

「そんなの絶対に間違っている。そんな風にしてまで生きたくない! 母さん、わたし自身の体に戻して、じゃないとわたしは死を選ぶ」

「早まらいないで」

「早まったのはどっちだ。人の生命をもてあそんでるのはどっちだ。母さんがわたしを救いたいと思うように、わたしだって救いたい人がいる」

「それが生心君だっていうの」

「そうよ」

 観覧車の針はいつのまにか四時を刻んでいる。さっきまでまぶしかった夕陽も暮れていた。


「生心君があなたになにをしてあげたっていうの。なにもしてないじゃない」

「そんなことない。母さんだってみてきてるでしょ、生心君はわたしであろうとしてくれた。戻ってくることを考えてわたしであろうとしてくれた。保育士の仕事がんばってやってくれて、わたしのことを考えてくれる。わたしのために死のうなんてこと普通考えないよ」

 母さん息がつまるかのような表情をしてだまったままだ。

 本当は解っているはずなんだ、生心君が生きようと思ってるって。 

「死んでしまうかもしれない。それってものすごく不安だ。誰だって解放された思うものだ。だけど生心君は必死に戦ってくれている。そんなあの子には明日をみてもらいたいから」

「絶対に認めない。認めないから」

 生心君が生きようと解っていても、どんなにわたしが嫌だといっても決して母さんは自らの信念を曲げなかった。

 悔しいけどこうなることは解っていた。母さんが納得してくれないことを。

 だから、わたしは……

 

「厳重郎さん、聞こえてますか」

「ああ、聞いてたよ。君は生きていたら死を選ぶそうだな」

「はい、生心君を死なせるような真似をさせるくらいならそうします。生心君の体を宿らせたまま死ねば、あなたは自殺し子供がいたということが人生でつきまとう。そうならないためにはどうすればいいか厳重郎さんなら判断できますよね」

「そうなってくると君と生心が入れ替わる必要があるな。そのほうが多少はましらしい」

 観覧車に乗る前に事前に連絡をし、今までの会話を厳重郎さんにも聞いてもらっていた。

 厳重郎さん、この人だけは家族の生命がかかっているはずなのに冷静だ。本当に最低な人だと思う。それはわたしも同じか。結局はこの人の力を借りているのだから。

 

「待ってください話が違うじゃないですか」

「それを言いたいのはこっちだよ衛先生。生きる意志がないやつに用はない。あなたは速やかに意識を交換をしてくれ。まったく、どいつもこいつも理解できんよ」

 母さんが変わることを信じきれず、生心君の父親である厳重郎さんを頼った。

 こんなことはしたくなかった。でも諦めさせるにはこんな方法しか思いつかなかった。

 自分が死ぬことを引き合いにだして、動かすなんて最低だ。

「厳重郎さんご協力感謝します」

「こんなものを協力などではない。ただの恐喝だよ」

「でしょうね」

「とんだババをひかされたもんだ。まぁ多少は息子の更生の手助けにはなったのだけは感謝しておかなければな。ありがとう、幸与さん」

 憎ったらしいお礼を一方的にされてから、通信が切れる音が聞こえた。

 感謝をされてこれほど嬉しくないのははじめてた。

 生心君に対することではなく、常に自分のためになったという解釈。だからなんだろうな。

 母さんはどうしようもならないと諦めうなだれている。

 解っているんだ母さんにも。あの厳重郎さんはどんなに頑張っても説得できないことを。

 

「母さん、もうこれで終わり。厳重郎さんは絶対に揺るがない。あの人はそういう人だからって、わたしは生心君だから解るんだ」

「ごめんなさい。結局あなたを傷つけることしかできなくてごめんなさい」

 母さんは心の底からは納得なんてしていない。納得しないままに後悔の涙を流した。

 だから言うんだ、後悔を少しでもやわらげる言葉。だって母さんの子供だから。

「そんなことないよ。母さんがいたからわたしは自由に今まで生きることができた。それはきっと忘れられないものになるから」

 母さんの消えない後悔を背負うやさしい雨になればいい。

 いつかきっと後悔の雨が消え、明るい陽射しに照らされると信じて。

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