4章 選択 ⑤

「厳重郎さん、生心君に何を言ったのか教えてください」

 厳重郎さんが帰ってくるなり、部屋に入らせる時間すら与えずに詰め寄った。

 一刻も早く事情を聞きたい、なりふりなんてかまっていられなかった。

「ただの正論だよ。それ以外に答えようがない」

「なぜ答えないです」

「あいつが話したくないことを話すのは正しいことじゃないだろう。そんなに聞きたければ生心に聞いてやれ。答えるかどうかは知らないがな」

「正しいとか正しくないとか、そんなことは……」

「関係があるんだよ、わたしにとってはね」

 厳重郎さんは絶対に自分の意志を曲げない。それが解っているから諦めてきたんだ、生心君もみつえさんも。

 だったらどうする、諦めるのか。

 いや違う、説得できるなんて思わないけど、諦めたらなにも執着していなかったと認めることになる。自分だけ助かりたいと、思っていることになる。

「厳重郎さんお願いです、話してください」

「くどいやつは嫌いだよ」

 厳重郎さんはわたしを睨み、不快感を表にしながら自分の部屋に戻ってしまった。

 正しいことを話しても誰もが受け入れてくれるわけじゃな。解っていただろこんなことは。

 厳重郎さんからは結局なにも聞けぬまま、その日は終わってしまった。

 

「また来たよ幸与さん」 「失礼します」

 翌日、生心君のいる病室へ美樹ちゃんと一緒に入ると先客がいた。

「キスしてあげる」

「ちょ、なにしてるんだ」

 立花ちゃんがお腹の上にのって、生心君にキスをしようとしていた。園児にしては色ぽくみえるせいか熱い愛情をそそいでいるようにもみえる。

 ほほう生心君いつのまに立花ちゃんに好かれるようになったんだ。

 これが女の子同士の禁断の愛ってやつかもしれないな。中身は男の子なんだけどね。

「だまってないで助けてくれないか」

「いいじゃん、好かれてて」

「そういうのいらないから」

 生心君が本気で困ってるようだし、しょうがないか。

 過度なスキンシップをしようとする立花ちゃんの腰を持ち、ひょいと持ちあげた。


「あともうすこしだったのに」

「立花ちゃん、どうしてここにいるのかなぁ」

「ゆきよせんせいがおきたってきいたからきたの。まえにもここにいたし」

 たびたび休んでたりした時に、保育園の子が何人か遊びに来てたっけ。そのせいか看護婦さんも親切に案内してくれて、一人でもここにこれたんだろうな。

「そうか、そうか、心配してきてくれたんだ。さっきはなんで立花ちゃんは、キスしようとしてたの」

「こいびとどうしなら、したくなるものでしょ」

「そこまでのかんけいになってないとおもうが」

 このまま生心君をもう少しからかいたくなるけど、これ以上怒らせるなんてさすがにまずいよな。ここでやめておこう。

「あの、えーと、あの~」

「どうした美樹ちゃん」 

「生心君、この娘とすごく仲良さそうだけど知り合いなの?」

「前、一度だけ保育園に遊びにいったとき一緒に遊んだんだ? 綾崎立花ちゃんっていうの」

「立花ちゃんっていうんだ~わたしは智柳美樹っていいます、よろしくね」

「よろしくおねがいします」

 美樹ちゃんと立花ちゃんが握手をする。

 さっきまでキスをしようとしていた相手だからだろうか、美樹ちゃんはなんともいえない顔をしていた。

「幸与さん、立花ちゃんみたいにキスしようとする園児って多いんですか。わたし驚いちゃって」

「さすがに多くないかな。立花ちゃんが他の娘よりずいぶん大人ぽいだけ」

「せんせいがいうには、しょうさんぐらいなんだって」

「小三……小四はあるんじゃない」

「なぁ、そこはスルーしようよ」

「だめだめ、そこは厳密にしないと」

「する必要ないだろ」

 小さな子供の成長は早く一年の違いが大きな違いになる。まったくそのことを解っていないなんて、まだまだ子供達のことを解ってあげれてないなぁ。

 まぁ、わたしのこだわりのほうがおかしいとは思うんだけどね。


「せんせい、いつごろたいいんできそう」

「まだいつかまでは解らないかな」

「まだじかんかかるんだ。そうだ、みんなからメッセージもらってるからみてよ」

 立花ちゃんはスマホを取り出し撮影した映像をみせてくれる。

「ゆきよせんせい、はやくかえってきて! まってます」

 園児達が、壁に穴が開くんじゃないかと思うくらい大きな声でエールを送っていた。

 元気で明るい声。それだけで胸がしめつけられる。わたしも同じようなことをしてもらった。

 生心君も嬉しそうだ。

「はやくげんきになってね、せんせい。みんなもまってる。こいびとのわたしもだけどね」

 ここだ。今が絶好の応援タイム。生心君にもっともっと元気になってもらわないと。


「元気にさせる、そのご期待にさっそくこたえましょうか」

「や、やっぱりやるの?」

「もちろんだよ、美樹ちゃん」

 応援団長ぽくなるためにわたしはハチマキを、美樹ちゃんはチアリーダーぽくぽんぽんを持った。う~ん、チアコスじゃないのが残念だけどぽんぽんもつだけかわいいものだ。

「フレーフレー幸与さん。フレフレ幸与さん、フレフレ幸与さん」

 さすがに病院内なのでそこまで大きな声をだせなかったけど、手を大きく広げ拳をリズム良くつきだす力づよいふりつけは行えた。

 美樹ちゃんは、ポンポンをかわいくゆさゆささしていいチアぷりだった。

「元気でいいと思うよ」

 無難な解答。まぁすごく喜ぶわけにもいかないだろうしね。そこが生心君らしい。

 

「みきおねえちゃん、わたしもやりたい」

 美樹ちゃんから立花ちゃんはポンポンを受け取ると、

「フレフレせんせーフレフレせんせー」

 可愛いらしい応援を生心君にしてくれていた。

「立花ちゃんまで……たくしょうがない人達ばかりだ」

 立花ちゃんも応援に参加しているのに戸惑いながらも、嬉しい笑顔になっていた。

「そろそろ帰ろうか」

「え~まだいたいいたい」

 プチ応援団として応援も終わり帰ろうとすると、立花ちゃんはぎゅっとズボンを握ってきた。

「それはだめだよ立花ちゃん、長いこといると幸与先生つかれちゃうから」

「そっか、ここはおとなとしてひくべきところね。せんせいまたね」

「幸与さん、またね」

 生心君をこれ以上疲れさせるわけにも行かず、みんなで病室を後にする。

 昨日ことは引きずっていないみたいでよかった。今日は立花ちゃんと美樹ちゃんもいて厳重郎さんのこと話せそうになかったし、ちょうど良かったかもしれない。

 ただしそれは現状を維持することに甘んじているだけだ。

 厳重郎さんとのこと以外にも、できることを探してみないと、生心君のためにならない。

 なにかを変えようと思っても変わらないことなんていくらでもある。

 だけどあの時のことは違う。自分でもなんとかできる問題なのだから。

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