4章 選択 ④
「わたしだけなんでこんな風なの、わたしはなんで生きてきたの」
少女は病室でうなだれ未来を諦める。暗闇の中でみるのはこのまま何もできないままこの部屋で過ごすという恐怖に押しつぶされていた。
神様がいるとしたらどれだけ試練を与えればきがすむんだ。
この足が動くなら野山をかけまわりたい。この手が自由ならば力強くボールを叩きたい。この体が倒れることがなければ普通に学校に通いたい。
普通に暮らして、普通に遊んで、普通に友達を作って、日々を笑顔で過ごす。
そんな幸せがわたしだけにはなんでないんだ。
「死にたい、希望が全部砂のように落ちていってしまうのだから」
死ぬことでなにかを得られるとは思わない。だけどこの生き地獄からは解放される。母さんに迷惑をかけずに済む。
解放だ。自由なあの空への解放だ。
もっと空を自由に。この身を自由に!
(夢か……)
幸与さんの記憶が夢の中で呼び起こされた。この病室にいるからこそなのかもしれない。
俺とは違う絶望をし、俺と同じように死を望んだ、自由になりたがっていた。
辛くて、痛くて、悲しい、思い出したくもない記憶。幸与さんの体を借り、実際に本当の死に近づいた俺ならば解った。
世の中に死にたいやつなんてごまんといるのに。なぜ幸与さんなんだよ。
俺は今だけは昔の俺に戻りたいと思えてしまう。だってそうすれば、苦しまなくてすむ。
幸与さんと出会った時から得た記憶がなくなれば、死を喜んで受け入れたのかもしれない。
死ぬのが怖い。死んだらこれから先の未来を歩めなくなる。
だとしても幸与さんを犠牲にしてまで、俺は生き延びたくなんてない。
俺はそう思っているはずだ、それなのにまだ死にたくないって思ってる。
死にたいと思えれば苦労はなかったんだろうな。世界に絶望して、そうやって死ぬことを望めれば良かったのかもな。
でも今は幸与さんともっといたい。もっと、もっと、もっと、もっと…………
“ガラガラガラガラ”
病室のドアが突然静かに開いていく。
「生心君」
なんでこんなタイミングであらわれるんだよ。嬉しくて涙がでそうなのを必死にこらえる。心の中に秘めたこの思いを洗いざらいしゃべってしまそうだ。
きらめく涙を飛ばし走りだした幸与さんに抱きつかれる。
息づがいが聞こえる。俺の体の。でも今は幸与さんのものでもある。この動揺や迷いは幸与さんのものなんだ。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね。わたしの体のせいで」
「幸与さんのせいじゃないよ」
やさしいな、とてもやさしい。これが人のぬくもりってやつなんだ。
冷たく冷酷じゃない。暖かくてふわふわするもの、もっと抱きしめていたくなる。
「生心君? きついよ」
「こうさせてくれよ、頼むから」
どうしてもこの溢れんばかりの感情を抑えることができない。一分一秒も無駄にしたくない。この人の近くにいたんだ。
「ごほん、生心、わたしもいるんだけど」
「か、母さん!」
俺の母親、入間みつえがいた。
あまりの出来事に動揺し、突き放すかたち幸与さんから離れた。
どれくらいの時間抱きしめていたのだろうか。数十秒くらいだったろうか。その瞬間がこんなに大切なものだったなんて今までしらなかった。
今更になってこんなことをきずくなんて遅すぎるな、なにもかも。
それに母さんも来てくれている。父さんとは違って心配しているとわかる表情をしていた。
「あなたに反抗されるのが怖くて、今まで会いにいけなくてごめんなさい。もう少し早く会いに行けば良かった。こんなにも嬉しいって思えてるもの。息子が傷ついてからやっと会いにいくなんて親失格ね」
俺が自殺未遂をした後、ずっと心配し、怯えていたのを覚えている。それがものすごくその時の俺にはうっとうしかったことも。
だから俺は自分でつくりあげた殻の中に閉じこもってしまった。もし母さんにさえ向き合えていたら、こんなことにはならなかったのかもしれないな。
「親失格なんて、そんなことないよ。俺こそ会いにいこうとせずに、ごめん」
今まで大切に思ってきてくれたぶんを返せるとは思えないけど、俺は母さんと向き合った。
「ずいぶんと変わったわね生心。親として嬉しいわ。これも幸与さんのおかげなのかしら」
「はい、幸与さんと出会えたから俺は変わることができました」
「いつも息子がお世話になってます。きつく抱きしめたりはさすがに見過ごせませんけどね」
きょろきょろと俺達二人を見られても困る。母さんこういう対応する時あるんだ。
「生心、いつ頃。退院はできるの」
退院のめどはまだ立っているとはいえない。それよりも母さんは大事なことを知らない。
「そうか幸与さんの身体のこと、母さんは知らないんだ」
「どういうこと」
「それは……」
幸与さんはこのことを背負わせたくないと思って今まで言ってこなかったはず。
だとしたらこれは幸与さんの心配を増やすことになる。でもこのまま母さんに言わないっていうのは、なにか違う気がする。
確かに不安にさせることは苦しいことなのかもしれない。
でも後悔するよりかはいい。あの時聞かされなかったなんて後から思ってほしくない。
「母さん、話がある」
「なに?」
部屋の中は一瞬だけ空気が固まり、母さんは俺の言葉を待つ。
「幸与さんの体は未知の病に侵されているんだ。余命は長くて半年くらいと言われている」
「嘘……そんな、そんなことって。それじゃああなたは……」
母さんは幸与さんの体のことを聞いて動揺する。これが余命を聞かされた時の普通な対応なのかな。俺とは違って自分のことでもないのに。それなのにこんなにも。
「すいません、本当のことなんです」
幸与さんは母さんのうなだれる姿をみて責任を感じ謝った。
「どうしようもないのよね、本当に……」
「すいません、わたしのせいで」
「あなたが謝る必要なんてないわ。あなたも苦しんでいたんだよね、その未知の病に」
「はい」
「なら誰も責めることはできないわ」
母さんは俺なんかよりもすぐに冷静になった。
たぶんだけど、俺が自殺未遂を犯してから精神的に強くなったのだと思う。息子が死ぬことを考えて不安になりながらも向き合おうとしていた。
結局俺が遠ざけてしまったけど、その間もずっと気持ちは向き合ったままだったんだろうな。
「母さんは強いな」
「それは当たり前だよ子を育て見守ってきたお母さんなんだから」
「そうだったな」
翻弄されながらも子供と向き合って、保育園でみてきたお母親達もずっとたくましかった。母さんもその一人なんだ。
「もう~二人共そんな褒めなくていいから。そういえば父さんとは会ったのよね。なんて言ってた」
「なんて言われた……あいつの話をするなぁあああああああ!」
記憶のなかでたどった言葉はすべてが正論で冷酷なものばかり。俺はそのことを思いだし、怒りのままに叫んでしまった。
「な……なにを言われたの?」
母さんは必死に俺に聞こうとする。もう逃げ出さないそんな意志を持った眼差しでいた。
「あの人らしい正論をぶつけられただけだ。母さんだって解るだろう?」
「…………珍しく心配してるって思ったら、あの人は」
それは親子にしか解らない諦めに近い物言いだった。
「今日はもう帰ってくれないか。落ち着きたいから」
「解った……また明日くるから」
突然怒りだした俺のことをきずかい、母さんと幸与さんは部屋をでていってしまった。
あんなにずっといたかったのに、父親のことを思い出したらそうはいられなくなった。
衛さんやこの事件の真相を話したら、幸与さんは自らの死を選んでしまうだろう。
自分が死ぬことよりも相手が死ぬことが辛い。
俺も幸与さんみたいに自らの死を望めるだろうか。違う、望まなくちゃいけないんだ。
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