4章 選択 ③
「幸与、今、大丈夫」
放課後。母さんから通話に出た。
「大丈夫だよ。生心君の様子はどう」
「今、目覚め所。一通りの検査を終えて話しをした後、また眠っているわ」
「良かった~本当に良かった」
一週間ずっと目をさますことがなかった生心君が目を覚ましてくれた。
その報告が嬉しい。無事だったのが嬉しい。
「今日、会いにいっても大丈夫?」
「容態は徐々に戻ってきてるけど、今日は様子をみて安静にさせたほうがいいわ」
「じゃあ明日病院いくね。母さん、生心君のためにいろいろしてくれてありがとう」
「お礼を言わないで……明日じゃあ待ってる」
「うん」
母さんとの通話を切り、夕空をみあげる。
ここ一週間ずっと空が暗くみえてばかりだった。なにをしていても、頭から生心君のことが離れず、生きた心地がしない。
だからなにも考えないようにずっと勉強をしていた。
今は生心君が無事でほっとしている。心の中が暖かい日差しが入ってきたかのようにぽかぽかしている。
「生心君、明日会いにいくね。いろいろ背負わせてごめんね。大丈夫、大丈夫だから」
もっといろいろなことを書きたかったけどそれ以上はなにも書かずにメールを送る。
生心君に負担をかけないためにも心配ばかりしてはいけない。
だけど、心配していないそぶりをみせないのも薄情にみえるだろうししたくはなかった。
生心君に前を向いてもらえるように、その痛みを少しでも理解できるようにしたい。
わたしがわたしだったころの不安を知っているのだから。
「厳重郎さん、みつえさん、生心君が目覚めたそうです」
夕食の最中に生心君のことを話した。迷惑をかけ続け生命の危険にさらしている。
しっかりとそのことについては向き合わなくてはいけない。生心君ばかりに痛みを背負わせて逃げるような真似をしたくない。
「衛先生からお話をしてくださってそのことは知っていますよ」
「すいません、息子さんにご迷惑をかけ続けて」
「幸与さんのせいじゃないです」
「でもでも、申し訳なくて……」
「幸与さん、そんな風に暗くなっていてはいけないよ」
「……そうですよね」
厳重郎さんはきつく当たることも、取り乱すことも一切ない。落ちつきすぎていて逆に怖いくらいだ。でもそれは心配する姿をみせたくないからだろう。きっと心の中では不安でしょうがないんだろうな。
だったらどうする…………こんな状況になってまで会えないっていうのはどうにかしたい。生心君だって会いたいはずなんだ。
「会いにいきませんか、生心君に」
「そうね、そうしましょうか」
みつえさんは快く引き受けてくれた。こんなことになって心配でたまらないんだろうな。
「遠慮しておくよ。すでに生心には会いにいったからな」
厳重郎さんはすでに会いにいっていた。やっぱりものすごく心配してたんだ。
表情や言葉だけではみえてこないものがある。家族のつながりはそれほど簡単にはなくならない。生心君もそう感じてるのかな。
「厳重郎さん、解りにくいですよ」
「この人はいつだってそうですから」
「なんだ二人してわたしを色眼鏡でみて」
「なんでもないです。みつえさん、明日学校終わりでいいですか」
「そうね。そうしましょうか」
不幸なことばかり続いていたけどそうじゃない。家族が一つになって生心君のためになろうとしてくれているように、嬉しいことだって、誰もが救われる道だって、あるはずなんだ。
翌日、毎日のように涙を流すわたしのように梅雨空だったけど、日差しが射している。
でもまだ黒い雲で覆われている所ばかりだ。じめじめとした空気が教室をつつみ、どよんとした空気が流れている。
「幸与さんの様子はどう?」
美樹ちゃんは不安そうな顔でたずねてくる。生心君が倒れからずっとこんな感じだ。美樹ちゃんも不安にさせてしまっているな。
「昨日、目が覚めた。だから今日会いに行こうって思っている」
「良かった。突然倒れてずっと目を覚まさないから心配してたんだ」
「ごめん、巻き込むつもりはなかった」
美樹ちゃんにまで心配をかけてしまっている。周りを不幸にしてばかりだ。
「生心君はそんなに責任感じなくてもいいのに。なにも悪いことしてないんだからさ」
わたしが幸与なんだ、そうやっていてあげたい。ああなるのはわたし自身だったんだって。
他人事みたいにしたらいけない絶対に。それは運命から逃げているのと同じだ。本来背負うべき運命から逃げているのと同じだ。
「わたしも病院に行っていい?」
「今日はだめ。みつえさん……母さんと一緒にいくから」
美樹ちゃんの折角の申し出だけど断った。みつえさんに変なきずかいをさせたくなかった。
「生心君のお母さんもいくんだ。いつも勉強教えてくれるいとこのお姉さんだもんね。心配するのも当然か」
美樹ちゃんが上手いこと解釈してくれてよかった。確かにいとこの娘さんの所にいくなんて変な話だもんな。
「今日はいけないけどさ、明日一緒に行こう」
「うん、それでいいよ」
「よし、この話は一旦終わり。テスト頑張ろう。教えてもらったことしっかりださないと」
「そうだね。せっかく教えてもらったもんね」
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