4章 選択 ①

「ここは……」

 意識がまだぼんやりとしている中で、周囲を確認する。

 白いベット、窓から光が射し込み、棚の上に花が飾られている。

 どうやら病院にいるらしい……あ、そうか、俺、確か倒れたんだっけ。

 幸与さん。どうしてるんだろう。心配させてしまったんだろうな……自分が危険な目にあったのに、人のことを考えるなんてずいぶん変わったもんだ。

 あの死を予感させるほどの痛みは引いているが、安静にしていたほうがいいだろう。

 それからしばらくはただぼーっとして過ごす。まだ現地味がない空間にいるかのように漂い誰かが来るのを待ち続けた。

 ノックをするようなこともなく、病室のドアが開け放たれる。

 

「目覚めてくれたんだ」

 少し息が荒いのは病室の状況をどこかでみて、急いで飛び出したって所なんだろうな。

「衛さん。あれからどれくらいたちました」

「三日間、ずっと眠り続けてたわ。けどまだ安心はできない。とりあえず痛み止めを打って、一時的に病を押さえる薬を投与してる。身体には悪いものだけどしょうがないわ。身体が薬になれるまで少し時間がかかる。その間は絶対に安静にしていなさい」

「俺、これからどうなるんですか」

「今すぐに死ぬってことはないわ、安心して」

 衛さんは心配をかけさせないように、医者としての顔で俺と接し、安心させてくれた。

 そうか、俺、生命があってよかったって思えてるんだ。

 自殺をしようとリストカットしたときはそんなことすら思えなかった。

「わたしあなたのこと勘違いしてたかも、ごめん」

「別に、これは衛さんのせいじゃないですよ」

「それでも謝らせて……ごめんなさい」

 娘の病気を引き受けてもらっている罪悪感からか、衛さんは親として俺に謝ってくれた。

 それは行き場のない感情をぶつける行為だ。だから俺はそれを受け止めようとはしない。衛さんの感情のなすままにしてあげるのが一番だと信じ見守った。

 

「あなたの父親が今日ここにくるわ。いろいろ話しておきたいことがあるって」

「父が……」

 医者としては倒れたのに連絡しないわけにはいかないもんな。

 こんな形で会うと決まっても嬉しくはない。今さらになにを話せばいいのか解らなかった。

「ごめんね、本当にごめんね」

「あの……そこまで謝り続けなくてもいいですよ」

「それでも……それでも……」

 父親のことを話してからも、衛さんは謝ることをやめようとしない。

 それほどまでになにもできなかったこと、幸与さんの体を引き受けていることを悔やんでいるのだろうか、実の娘でもない俺に対してそんな優しさをみせる衛さんを嬉しく思った。

 

「ひさしぶりだな、生心」

「父さんか」

 一通りの検査をしてから病室に戻ると、俺の父親がいた。

 入れ替わったときからなに一つ変わっていない、冷酷な瞳をしている。

 俺以上にすべてのことを理屈で決め、そして生きてきた。家族や父親であることは見栄を張るための道具に思っている異質な存在だ。そんな父さんが俺のことを心配してくれているとは思えないが、どういう風の吹き回しだ。

「他所様に迷惑はおかけしていないだろうな」

「まっとうにやってるよ」

「それがこのざまか」

 痛い所をついてくる。確かに事情を知らないものからしたらそうみえるのかもしれないな。

「心配してきてくれているわけではないんだよな」

「当たり前だ。お前達の入れ替わりの原因、その本当の理由を伝えにきた」

「は? ちょっと待て、今なんて言った!」

「入れ替わりの原因、その本当の理由だ」

 右手で頭をぐっと力を込めてつかみ、隠しきれない動揺を必死に抑えようとする。

 入れ替わりの原因その本当の理由、その言葉の意味することはつまり、父親がこの件に大きく絡んでいるということだ。


「関わってたのか、やっぱり父さんは俺達が入れ替わったことに関わっていたんだな!」

 父さんをにらみつけ、かつてないほどの憎しみを吐き出した。

 こいつ自分で言ってることを解らないのか。なんでそんな冷静な顔でいられるんだよ。

「なにを怒っている。疑いをしてたんだろ、わたしのことやこの隣にいる新道先生のことをなぁ」

「それは……」

「その顔だと疑っていたようだな。余計なことを幸与さんに告げ口される前に手をうてて良かったよ」

 家族ってやつは平等に誰もが優しいのかもって思いたかったかもしれない。

 だって俺は見てきたんだ。保育園で子供を大切にする親の姿を、幸与さんのことを思う衛さんの姿を。

 でもこいつは違う。自分のことばかりを今も考えている。

「あいからわず自分のことばかり考えやがって。なんだよそれ! 家族じゃないのかよ俺ら」

 届かない、なにをしても届かないような相手に、家族だとということを伝える。

 意味がないことかもしれないなんてことは解っている。でも俺は理屈で動きたくはない、そうするべきときが今なんだ。

 

「家族だからだ。家族だからこそ俺はお前を突き放した」

「は? 家族ってやつはよぉお、子供を愛し、やさしく叱り、やさしく包みこむもんだろう。俺はそれをみてきた、幸与さんの体で何度も」

「誰もが子供にやさしいなんてんのは幻想だ。会社の同僚には家族のことを大切にしていないやつもいる。世の中には子供を不幸にする奴らは大勢いる。現実をみろ、幻想だそんなものは」

 父さんの言葉を事実だと認めるしかないのは解っている。。子供を大切にしていない人がいるのは本当だ。

「それでも認めたくない。子供のことを大切にしている人達だっているんだ」

 記憶の中にいる幸与さんの姿を思いうかべ、大切にしている人達もいるんだと思おうとする。そんなことくらいしかできなかった。

「それはもちろんいるだろうな。だがすべての人は大切にする必要はない。子供であれ本当に大切にすべきやつは決めたほうがいいとわたしは考えている」

「父さんは頭悪いやつは排除しそうだな」

「以前はそう考えていたがね、お前のせいで考えた方が変わったよ。多少頭が悪かろうが、もしかしたら別なことに才能を見出すかもしれないと……だがお前は違う」

「なにが違う」

「死にたいとか言って本当に死のうとした。そういうやつが一番不必要だ」

 激昂して怒るそぶりしかみえない。俺のほうが正しい。自分の中にある正論をぶつけることしか俺の父さんはしてこない。

 正論なのかもしれない。でもだからこそ怒りが湧いてくる。

 

「だからって、なにしてもいいわけじゃないだろうが」

「確かにそうかもしれんな。だがお前は人のことは言えんぞ。勝手に自分の中で作り出した理屈で世界を決めつけ死のうとした。お前にはなにも言う資格はない。お前のせいでわたしはこんな選択肢をとるしかなかった」

「なんで俺のせいになる」

「死んでも構わないといいたい所だかが、親子という枷ではそうもいかん。息子が自殺なんてしてみろ、その親の人格が疑われてしまうだろうが」

 こいつのとっては俺なんてのは、置物の一つでしかないなんてことは知っている。自分中心で考えもっていることも知っていた。

 だけどな、だけど、ここまでのことをするやつだとはさすがに思っていなかった。

「お前、お前のせいで俺は今こんな状況になってるんだぞ!」

「わたしのせいだけではないぞ。自殺をしようとしたお前と、娘を救うためならなんでもやるこの女のせいでもある」」

 なんのためらもなく俺の父は人の心をえぐる言葉を言い放った。

 衛さんは俺のほうをみていない。

「やっぱり……衛さんも関わっているんだよな」

「ごめんなさい……」

 証拠は結局でてこなかったがその可能性はあるとは疑ってたいた。

 娘を救いたい気持ちも解る。でも、やっていいことと悪いことがある。

「あんた、最低だな」

 父さんと全然違うのに父さんと同じように俺を排除しようとしている、こいつのことは心底嫌いになった。

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