3章 恋と終わりと勉強会 ⑥
その翌日も、そのまた翌日も。生心君の元へ足を運ぶ。
「これみようよ。面白そうだよ。元軍人と現役の軍隊とのガチの鬼ごっこなんだって」
生心君が暗いニュースばかりを選ぶので、男の子が好きそうな動画をチョイスしてみる。好きそうだったらいいんだけどなぁ。
「また変わったチョイスを」
「どういうのが面白いと思うのかなぁて」
「保育士なんですね、今でも」
「生心君のことを子供扱いしてるわけじゃ……」
「放っておけない性格なんですよね、解ってますから」
わたしのことを理解し、わたしと一緒にいることを拒絶はしない。
動画を一緒にみはじめても、特に嫌がっている感じがしない。
「俺といて楽しいですか」
「楽しいよ」
「そうですか」
楽しいとは思ってくれてるいるようだけど、心は全然開いてくれない感じはする。
なにかずっと自分で自分を抑えこんでいるような感じさえする。
「明日、勉強会だって覚えてる」
「覚えてる」
「美樹ちゃん来るんだ。生心君は知ってるよね」
「まぁクラスメイト程度ですが」
「あんなに可愛いのに」
「なにか変なことしてませんよね」
「なになにきになるのかな」
「あっちからしたら俺だと思ってるわけですからね。それだけですよ」
普通の会話だってできてるけど、心の内側までは中々踏み込ませてもらえない。
大きな壁がある。とても大きな心の壁。
でもそれはきっと強い衝撃だけでは壊れることはない。
「あたしは生心君を頑張って演じるから、生心君は美樹ちゃんの前では幸与さんだって思われるくらい大人のお姉さんぽくしてあげてね」
「またそんな要求を」
「できればってだけだよ。そこ実は楽しみだったりしてるんだよね」
「まったくあなって人は」
ゆっくりゆっくりと進んでいこう。心は通いあっている。そう信じて。
翌日、勉強会に来てくれる美樹ちゃんを駅まで迎えにいき、わたしの家に案内をする。
このままずっとなんてふうにはさせない。生心君の明日を守るんだ。
「ここだよ、美樹ちゃん」
「大きなお家だねぇ」
「でしょ~なかなか広くて住み心地いいんだよね」
「生心君お泊りしたことあるんだ」
「そ、そうなんだよね」
あ、そうだった。ついつい自分の家のことだから自分のことのように語ってしまった。
これはまずいな。気をつけていかないと。
玄関の扉をあげて家の中にはいり、生心君がいるわたしの部屋へ向かった。
「あの~はじめまして、智柳美樹ともうします」
「はじめまして、新道幸与です。よろしくね」
生心君は丁寧な対応をしてくれている。生心君が大人のお姉さんポジっていうのも悪くないかも。
「あの新道さんは、生心君とは仲が良いんですか」
「別に仲がいいってほどじゃないけど」
「え、そうなんですか。いとこのお姉さんに勉強教えてもらえるだなんて、あんまり聞いたことがないので」
「例えそうだとしても、仲がいいとかないから」
「そうですよね。うんうん、新道さん教えていただきありがとうございます」
美樹ちゃんがなぜだか安堵したような表情をしていた。
気になる変化なんだけど、それよりも変に遠慮しすぎてるのがきになる。
「そんなかしこまらなくていいよ。幸与さんって呼んだほうがいいよ」
「でも目上のかただし」
「きにしないきにしない。幸与さんいいよね」
「別にかまわないけど」
生心君(わたし)は名前を呼び合う距離感がいまいち解らずお任せしますって感じだ。
「じゃあ、わたしのことも美樹さんでいいです」
「解ったよ、美樹さん」
よしよしこれでいい。美樹ちゃんは人見知りしやすいから、フレンドリーなくらいがちょうどいいはずだ。
「よし、それじゃあ勉強会はじめてきますか」
時間通り勉強会がはじまった。生心君(わたし)はカバンから教科書を取り出し読んでいる。なにを覚えていて、なにを忘れているのか確かめているのかな。やっぱり真面目だな。わたしも頑張らないと。
誰もだらけるようなことはせずに勉強を進めていく。
「ここ生心君解る」
「う~んとだね」
なんかやった覚えがある所だけど、いまいちどうだったか思い出せないな。
姉さんとしてしっかりしてる所をアピールしたいのに、なかなか思惑通りいかないもんだ。
「ああ、それはだな……」
教科書を呼んでいた生心君が美樹ちゃんと二人して詰まっていた部分を教えてもらった。
「あ、本当だ。わかりやすい」
「そこはそれでいいから続けてみて。えーと生心君、ここ答え違うけど」
「え、そうなの」
「そこはだな……」
真面目に教えてくれるんだな。面倒くさがった教えてくれないと思っていたくらいなのに。
でもそれは悪いことではない。積極的に生心君が関わってくれるのは嬉しいことだった。
「ちょっと休憩はさもうか」
「そうだね~」
朝から勉強を初めてお昼を食べ、また勉強を再開。そして今は午後三時。ちょうどおやつの時間になったので休憩を挟む。紅茶とお菓子で甘いものを補給、休まるなぁ。
美樹ちゃんはゆったりと休みながら、本棚を興味深くみていた。
本棚には保育士にも関する本が並んでいる。
「なんかきになるものでもあった?」
その様子に生心君もきがついて質問をした。
「あ、すいません。じろじろ部屋の中みちゃって」
「別にいいよ、人のこと言えないし」
「え?」
「わたしも人の部屋よくみちゃったことがあるっていうだけだから」
生心君(わたし)が言うとおり、現在進行系でお互いのみられちゃまずいものなんて隠しようがないというのが現状だ。一ヶ月、部屋の中になにがあるもので相手のことをなにか知れると思ったら読んでしまいがち。生心君もそうだったんだろうな。
「ご職業は保育士さんなんでしょうか?」
「そうだけど」
「すごいですね、子供たちのお世話されてるなんて」
「すごいって言われるとなんか違うかな。いつも子供達にふりまわされて大変ですよ」
「でもそんな大変な仕事をされてるんですよね。やっぱりすごいです」
美樹ちゃんは純粋だなぁ。本当にすごいって思わせてくれる。わたしに対して言ってるわけじゃないんだけど嬉しくなってきちゃうな。
これはもっとすごいと思ってもらいたい。あ、ついでに生心君の保育士として本当に頑張ってるかどうかもチェックしてしまおう。
「幸与さん、保育士ぽいとこみせてよ」
「は?」
「普段どうやって子供達と接してるか俺興味あるんです」
「え! そうだったの生心君」
「幸与さんがやってる仕事だからっていう意味だけどね。本当に普段やれてるかな~」
少し煽り口調で挑発する。ふふん、これならば逃げられはしないだろう。
「わかりました、やってみせてもいいですよ。で、どうすればいいんです」
「あの人形のお着替えをさせてみてください」
真面目な生心君なら引き受けてくれると思った。とりあえずお手並み拝見といきますか。
「はーい、お着替えしましょうね」
愛用お着替え人形のみいちゃんが丸裸にされ、ささっとお着替えさせられていく。
実際の子供はもっと泣いて叫んで大暴れだったりで自分の思いどりに動いてくれないので状況が同じとはいえないけれど、声かけだったりとか服の外しかたは考慮してもいい内容だ。
「へ~しっかり子供達のこと意識してできてるんだ」
「かなりやってきたんで」
生心君はやさしく丁寧な接し方を自然にこなせていた。わたしの身体が動き覚えているからというのはあるんだろうけどね。
「本物の保育士さんって、こんな感じなんだ」
美樹ちゃんがキラキラとした憧れの眼差しを、幸与先生としての生心君に向けている。
わたしもなにかアピールしたい。しかも生心君よりも強めなやつ。
同じお人形じゃ盛り上がりにかける、そうだ!
「俺もやってみていいかな」
「生心君が」
「幸与先生から教えてもらってるんだよね。美樹ちゃん、子供ぽい真似してみてよ」
「こ、子供ぽい真似?」
「例えば「けがしちゃた~え~ん」みたいな感じでお願い。怪我した時の子供の対応みせてあげたいの」
「ほ、ほんとうにやるの」
「すごくみてほしいんだ、美樹ちゃんの俺のそういう所」
ここは押せ押せだ。そうすれば美樹ちゃんはきっとやってくれる。良い子だもん。
「恥ずかしいけどやってみるよ………………わ、わぁぁあああ、せんせいけがしちゃいました」
これが美樹ちゃんの子供ぽい演技。乙女の心すら甘いハチミツのようにとろけさせてしまうほどかわいい。いいの、いていいの、こんなかわいい娘。
「どこ怪我したの」
腕をすりむいた演技をしてくれている美樹ちゃんに触る。
「え、えーと、腕すりむいちゃって」
「どれどれ~うん、これなら大丈夫。痛い痛いのとんでけ!」
腕に痛くなるおまじないもかけてあげている。
あんまりにもかわいくて、生心君の代わりにわたしが保育士さんになってしまった。
演技だってことだしいいか。少しやりすぎな感じがするけど、それぐらいがちょうどいいだろう。たぶんだけどね。
「すごいな~生心君、全然恥ずかしがらないんだね」
「何回もシュミレーションしてるから、これぐらいのことじゃあ恥ずかしがらないよ」
保育士としての経験が生きている。これが見せ場ってやつ。
しかし生心君の見せ場をとってしまったことにもなる。
「もっと幸与先生の保育士ぷりもみたいな」
「まだやるのか」
「俺がやったから、次は幸与先生の番。人形とかじゃなくて、わたしにしてみてよあ。そうだな~添い寝とかどうかな」
幸与先生としての生心君に添い寝をお願いしてみた。
「は?」 「え?」
なんか二人が驚いてるようにみえるけど、きっときのせいだよね。
「幸与さん、添い寝してみよ」
再度添い寝を要求。
今日やってもらわねば、いつやってもらう。突き進もうぞ己の道を!
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