3章 恋と終わりと勉強会 ⑤
「いただきます」
生心君と母さんと一緒に手を合わせ、夕食を食べ始めた。
夕食のメニューは和食料理。
味噌汁。さばのみそ煮、肉じゃが、ほうれん草のおひたし、鶏の照り焼き、野菜の盛り合わせ。健康的だけどめちゃ美味しい。
なにかと家にいることも多いので料理の腕には自信があります。
「……美味しいです」
あたしが創った料理を食べて生心君はまんざらでもない様子。
「どうどう、すごいでしょ~あたし良いお嫁さんになれそうでしょ」
ここは攻め攻めアピールでいかせてもらいます。
「とつぜんなにをいいだすんですか」
「聞いてみたいなぁ~って、生心の口から」
「料理の腕とかはまぁ~少しうるさすぎるきがしますけど」
「そこは明るいって言ってよ」
「明るいのを含めて、良いと思ってくれているはいると思いますよ」
「褒めてくれてありがとね」
お礼を言うと生心君はだまったままうなずいてくれた。
子供達のように満面の笑みで美味しいというわけではないけど、これはこれでいいな。
誰かの役に立てることができる。それがなによりのわたしの幸せでもあるのだ。
「幸与は幸せそうね」
「突然どうしたの母さん!」
「今ひさしぶりにすごく素敵な笑顔みれたから改めてそう思えちゃって」
「もう大げさだよ」
母さんの笑顔をみると、この瞬間を本当に大切にしているんだって強く感じる。
お互いに電話したり、病院で会ったりしてるんだけど、家の中はそれよりも特別な場所だ。
だからこそ家族として共にあれることを幸せだって思えるんだ。
「衛さんにとって幸与さんは大切な人なんですね」
「ええ、とても大切。離れていても、いつまでもいつまでも守りたい娘よ」
家族を思いやる母さんの言葉。それは生心君の瞳を曇らせ、光を失わせる。家族とのことを思い出してるだろうか。
「生心君も家族に会いたいって、今、思ってたりした?」
「その逆ですよ。僕はあの人達に会いたくない。会ったて意味ありませんか」
「そんなことないよ。家族だからこそ解ってあげられることってきっとあると思うよ」
家族のことを話はじめると明らかに生心君は敵意をむけてくる。
お前は何様のつもりだ。なにも知らないくせに、なにも解っていないくせに、そんな目をしている。山の中を包み込む冷たい白い霧のように生心君の心のありようが解らない。
「俺がなにをしたか知ってるでしょう」
「それは……」
リストカットのこと、それを知っていてどうしってことなのは理解している。
けどなにを言ってあげればいいのかが解らない。
「また幸与がなんかやったの?」
母さんはなにか別のことをわたしがやらかしたと思ってるみたい。
気まずくしてしまうのも問題か。変に気負わせてしまう。ここはこの流れにのってみよう。
「いや~わたしってがさつな所があるから、共同生活でいろいろあってね」
「ああ、そういうこと。押したおしてた、さっきのみたいなの連発してたらそりゃ疲れるわよね」
「うん、そうなの」
空気を読んで、そして空気の合わせる。
生心君がもっとも嫌うもので、わたしはその場をのりきろうとした。
それからは気分を変えて会話をはずませようとする。明るく元気に子供達と遊んでいる時のようにポジティブに。でも盛り上がるのは母さんとわたしだけだ。
「それでね、その人がねおもしろくて」
「なにがなにが」
生心君は会話の輪の中には決して入ろうとはしなかった。二人きりで話しているときとはまるで別人だった。
親子みずいらずの団欒を大切にしようなんていうきはさらさない。なにを考えているか解らないそんな目で遠くをずっとみつめている。
生心君の両親達はずっとそんな生心君と対峙してきたんだろうな。
今もそうだ。わたしはあなただけど、あなたのすべては解らず、距離をとってしまっていた。そんなだから生心君はひとり食器を片付け部屋に戻ってしまう。
いかないでなんて都合よく思い、遠い目で生心君を追いながらも母さんといられるこの時間を大切にしてしまうのだ。
* * *
(もやもやする。なんだろうこの気持ちは)
入浴し考えることは夕食でのことだ。
家族のことに踏み入られたから……いや、これは違う。元々そんなものには興味がない。たぶんだが、幸与さんとの違いがあまりにも大きいものだと感じてしまったからなのだと思う。
なんでこんなに差を感じるのが嫌なんだろう。
もともと俺はそうじゃなかったはずだ。他人なんてどうでもいい。だからこそ距離をとれるし、誰がどうなろうとしったことではないと思うことができた。
「理解者でいて欲しいのかな」
そう思ってしまうのは幸与さんは俺であり、話す機会が増えているからだろうな。
苦労の解ってくれるし、簡単に踏み込めなさそうなことでも踏み込んでくれる。
そんな人はかつて誰もいなかった。俺が相手にしなければ、誰もが距離をとり消えたようにあつかわれる。等価交換のようにそれは続いていくものだと思っていた。
(家族に大切にされて、無邪気に明日をみて、俺が俺であるよりも幸与が俺であるほうが良い。だって俺は……)
何度も頭の中で考えた言葉を言わないようにしていく日々。
幸与のためを思うのなら、俺はそんなことを考えちゃいけない
俺は自分の気持ちにきずきたくない。そうしたら苦しくなってしまう。幸与さんのことを思うだけで苦しくなってしまう。
(死にたいな、早く)
俺がなんのために生きているのか、それは安らかな死を迎えるためなはずだ。
誰の力も関与していない自然な死。それが正しい死に方だ。
明日なんてこなければいい。自由が欲しい、苦しみない自由が。
* * *
「失敗したな~」
生心君と入れ替わりで風呂にはいり考えることは、夕食の時のことだ。
どれだけ生心君を傷つけてしまったんだろう。側にいて励ます。そう決めてたはずなのに。
「しっかりしないとな、しっかりと」
ふさぎこむなんてことしてたら今日が終わってしまう。それは絶対に嫌だ。
“トントン”
風呂から出て、自分の部屋をノックした。
「生心君、入るね」
部屋の中に入り生心君の表情を覗く。まだ夕食の時みせたような遠い目をしたままだ。
「漫画ひさしぶりに読みたいなって…………自分で探してるね」
本棚の前で適当に漫画を手にとってペラペラと読みながら、生心君に質問する。
「生心君、なにみてるの」
ノートパソコンのディスプレイをみつめたまま、部屋に入ってもなにも答えてくれない。
あまりかまってほしくないようだけど、後ろに回り込み、ディスプレイをみた。
どうして明るいものじゃないんだろう、そんな不幸なニュースばかりが並んでいる。
「暗い話題ばっかりだね……わたしさっきのこといいすぎたとか思ってないよ。そりゃあ生心君が家族と向き合いにくいことは知ってる。だけどね、逃げてばかりじゃだめだと思う」
「さっき自分だって、逃げてたくせに」
生心君は口を開いてくれたと思ったら、図星をつかれ言葉を失う。
「それは……」
「まぁそれが利口な判断ですけどね」
「わたし今度は逃げない、だからここにきた」
ここで適当な決意をみせたら今度こそ生心君から見限られる。決意を確固たるものにした真剣な眼差しで生心君をみつめた。
「幸与さんならそういってくると思いました。でもね、それはただの自己満足ですよ。俺はそんなの望んじゃいない」
「なら生心君をなにを望んでるの」
「言ったでしょ、苦しみのない自由がほしいって」
「生心君にそんなことを望んでほしくない。だから側にいつづけるよ」
簡単に気持ちは変わるものではないが、だからといって向き合うことを止めたらそこで終わりだ。苦しみのない自由なんて望んでほしくない、その気持ちが伝わるように訴えかけた。
「……まぁいい。ここは幸与さんの家でもあるんですし、勝手にしててください」
「じゃあそうさせてもらう」
お互いに語りあうことはないけど、側にはいる関係、それがずっと続いていく。
こんなに近くにいても想いは届くことはない。
きまずくて苦しい、そのどうしようもない気持ちに押しつぶされそうだ。
けれどわたしはあきらめない。絶対に諦めてなるものか。
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