3章 恋と終わりと勉強会 ④

「ならさ、ドキドキしないか試してみよっか」

「は?」

 色ぽっく、いやいや男の子なんだからかっこいい顔をつくりながら近づいてみる。

 鼻先がつきそうなぐらい瞳をみつめる。不思議と恥ずかしさはない。それもそうか、見慣れてる顔だもんな。いくら生心君が目の前にいると思ってもドキドキしようがない。

 生心君もそれは同じなのだろう。もう好きにしろといわんばかりに見下すような目をしていた。そんな目だったからか腹がたってしまう。これじゃあ提案したわたしが負けみたいだ。

「うりゃあ」

 大きめな生心君(わたし)の胸に飛び込む。別にこれがしたかったというわけではないがふかふかだ。

 他人として自分の胸の中に飛び込むというのはなんか変な気分になるな。どう盛り上がっていいかわからなくなる。

 胸にうずくまって顔をちらりとみあげたその時、いちごジャムのように頬を染めた生心君(わたし)がいた。これはもしかしてドキドキしちゃってるのかな。いい反応ではないか。

 甘くてかわいい顔。でも惚れないぞ! わたしだし。

「やぁあああああああ」

 いきなりだ、いきなり右手のひらで容赦なくはたかれた。

 これがまた全然痛くない。思いっきり叩いているんだろうけど、全力だとは思えなかった。

 

「なんだ恥ずかしいんじゃん」

 痛くもかゆくもないよって感じで詰め寄る。この優越感。これだ、これが欲しかった。

「この変態が」

「変態だなんてことないよ。ドキドキするか試しただけじゃん」

「これ、そういう問題じゃないでしょ」

「いいじゃん、別に自分の体なんだし」

「今は俺の体です」

「かたいこといわない、ほれほれ」

「やめてださいよ、押し倒すの」

 強引に生心君(わたし)をベットに押し倒す。

 自分を押し倒すっていうのもなんだか変な気分だ。そうだ兄妹喧嘩だと思おう。我ながら名案だな。ふふふ、生心君(わたし)よ必死になちゃってかわいいな。

 これは意識しちゃうのか、しちゃわないのか。もう主導権はとらせないんだから。

 

「ゆきよ~ひさしぶりの家は……ってぇええええええええええええ」

 突如ノックもせずに入った母さんの断末魔が聞こえた。

 押し倒すわたし。押し倒される生心君(わたし)。母さんからみたら生心君が押し倒してるようにもみえるのかな。まぁ今はどっちでもいいか。とりあえずこの状況は誤解される。

「え、母さん、母さん! これはね、これはね」

「はぁ~みてない、なにもみてなから」

「違うの母さん、待って、待ってよ!」

「馬鹿だな、こいつ」

 サバンナのシマウマのように逃げ出す母さんを止めることはできず、冷めきった目で見つめてくる生心君にもきついこと言われてしまった。はぁ~とりあえず、説得からしないとな。

 

「母さんさっきのは」

「あらぁ幸与、ひさしぶりの家はどうだった」

 二階に降りて母さんに声をかけたら、まるで今あったかのようにふるまってきた。

 さっきの光景は想像以上に重症だったらしい。ここまでダメージを受けると思ってなかったよ。お婿さんなんて連れてきたら卒倒もんだろうな……そんな未来はあるわけないけどね。

「そんな今さっき会ったみたいにしなくていいから。母さんさっきのは実験してただけ、ドキドキするかなぁって思って、そう好奇心ってやつだよ!」

「生心君、本当に」

「間違いなく事実ですね」

 生心君もこの光景がいたたまれないのか、手助けしてくれた。よし、生心君の言葉なら正直に受け止めてくれるはず。

「うちの娘が申し訳ございませんでした!」

 母さんがテレビで謝罪会見している経営者みたいに深々と頭をさあげて謝罪をした。

 そんなガチで謝まらなくても、なんか悪いことしたみたいじゃん。

 そりゃあさ、レディとしてはどうなのって行動したけどさ、そこまで過激でもなかったと思うんだけどなぁ個人的には。

 

「そんな謝らなくても」

「幸与さんがそれ言うか。俺の台詞だろそれは」

「幸与、もう少し冷静になって欲しかったわ」

 すごいわたしだけ残念な子みたいになってる。これなに、ぐるなのぐるだったの。

「生心君、こんな娘だけど許してくれる」

「こういう人だっていうのはよく解ってるんで、いいです」

「それならよかった。幸与、ひさしぶりにご飯ご飯。そこで名誉を取り戻すのよ」

「まかせといて、生心君はできるまで待っててよ」

 すっかり母さんもいつもの調子に戻ったことだし、夕食の準備をしていく。

「はい、おまたせ!」

 鮎の塩焼き、豚汁、サラダ、肉じゃが、ご飯、たくあんといった感じの鮎定食のできあがり。鮎ちゃん美味しく焼けてるといいなぁ。

「手早いな」

「でしょでしょ。でもね、わたしの体だったらもうちょっと早いかな。今は生心君の体だからどうしてもワンテンポおくれる。覚え直したりはしているんだけどね」

「幸与さん、ずっと料理手伝ってたのか」

「そうだけど」

「俺もしたほうがいいんでしょうか」

 生心君がこう言うのは、対抗意識とかよりも平等になりたいって感じなんだろうな。

「いいのいいのそんな無理しなくて。生心君は保育士の仕事だけで手一杯って感じだし、しかたないでしょそこは。そんな気をかけてもらっても困るわ」

 母さんの言うとおりだ。無理してまで作るもんじゃない。生心が保育士の仕事を頑張ってもらってるだけでも随分ありがたかった。

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