3章 恋と終わりと勉強会 ③

「……ということで、一週間だけ自分の家に戻ることにしました」

 夕食時、厳重郎さんとみつえさんに家に戻ることを報告した。

「幸与さんのお料理食べれなくなって残念だわ~」

「母さん、無理をいうもんじゃないよ」

 生心君の両親はここ一ヶ月お世話になりっぱなしだ。血縁でもないわたしを受け入れ、よくしてもらっている。とは言っても甘えるなんてことはさすがにはしていない。

 むしろやっかいになっているので、弁当は家族のぶんまで作るし夕食も手伝っていた。

「生心君のことは気になったりしないんですか」

 おせっかいなことは解っているけど、両親から生心君のことをほとんど聞いたことはない。

 だから家を一時的に離れる前に聞いておく。それがもしかすると生心君を前向きにする糸口になるかもしれないからだ。

「気にはなりますがその……」

 いつもはやさしい表示をしている生心君の両親ではあるが、生心君のことになると複雑な表情をみせる。心配で心配でしょうがないって感じではない。これは多くの保護者と接してきたからこそ解る。心配と安堵が混じり合ったそんな表情だ。

「まだ会いにくいと」

「考えさせてください。まだ決心が固まらなくて」

「解りました。でもいつかは会ってくださいね」

 ここで強引に会わせても良い結果にはならないだろう。ただ会うのが目的じゃなく、お互いに歩みよるのが目的なのだから。

 それはわたしも同じか。生心君と離れてしまった距離、なんとかしないとな。


「ゆきよちゃ~ん、あそびにきたよ~」

 翌日。わたしの家のチャイムを鳴らしてから大声で中にいる生心君に呼びかけた。

 以前からやってみたかった子供達が遊ぶシチュエーションをまさかこうやってできるとは。

「なにしてるんですか」

 玄関の扉を開けた生心君は明らかに不満そうな顔でいた。

「いやぁ、子供の頃こういうことしてみたかっただよね」

「俺にはなぜしたがるのか理解できん。それになんだよその格好は」

「どうどう、すごいかっこいいでしょ」

 今時流行りのファッション総動員。地味かっこいいと自分で思えるくらいにはしてきた。

「なんかちゃらそうで嫌なんですけど」

「そんなことないよ、生心の趣味にあわせて地味めにあわせてきたんだけど。だいたい同じ服しかないほうがどうかしてるわ」

「別に服なんてどうでもいいでしょ」

「おしゃれは大事だよおしゃれは。生心君もかわいいじゃん。全部わたしのだけど」

「いちいち買いに行くのもめんどうなんで適当に着てるだけです。玄関で話していてもしかたないで中入ってください」

「おじゃましま~す」

 ぴょんぴょんとうさぎさんのようにジャンプしながら我が家に入った。

 靴棚の上にある猫さんの置物、壁の小さなシミ、匂いだとかやっぱ我が家は安心するな。

 靴を脱いで馴染みある廊下を通り、階段をあがると、わたしの部屋に入る。

 ぐしゃぐしゃな服が脱ぎ散らかされて、下着が散乱してるようなこともない。キレイに整理整頓されている。物をどこかに動かしたりもあまりしていないようだ。

「汚くはしてないようだね」

「いちよう他人の部屋ですから。幸与さんは汚くしたりしてないですよね~」

「人のものを勝手にあさられるのは嫌だしね。ただし服はだいぶあさったけど」

「あ~そこはいいですどうでもいい場所なんで」

「よし、お部屋チェックもしたし、なんかやろっか」

「え、使ってなかった部屋掃除しておいたんでそっちで適当にくつろいどいてください。俺はいろいろ他のことやってるんで」

「ちょっとまたぁああああ」

「なんですか」

「せっかく遊びにきたんだよ、なんかやろうよ」

 ベットに座って足をパタパタとさせながら要求をした。

 

「やらないっていっても聞かなそうですね。なにをするきですか」

「う~ん、どっか遊びにいきたい所だけど。ここを離れるわけには行かないしね」

「ここ一ヶ月なにも起きてないけど。大丈夫じゃないのか」

「きつい薬を飲んでるだけだから過信しちゃだめだよ。それでわたしは痛い目みてきたから」

 たぶん薬が上手く聞いてくれているから今の状態を保てているのだと思う。

 しかし余命は半年とも一年とも予測がついてないし、もし薬がきかなくなってきたら自由に動くのも難しくなってくる。痛みと苦痛と恐怖が襲って、それからは……

「大丈夫か、すごい怖い顔してるけど」

「ごめん、なんかいろいろ考えちゃって」

「そんなにきついもんだったのか」

「うん」

 返事を返すと息を潜めたように部屋の空気が冷たくなり、時計の音だけが鳴り響く。

 なにしてるんだろう。こんな怖がらせるような対応したらだめじゃない。もう少しものの言い方は考えないと。

 

「そうだ、これせっかくだし見ようよ」

 『星空のまほう』

 星空の魔法少女『星見空』の奮闘劇を描くアニメだ。現在も新シリーズが放映されているほどその人気の幅は広く大人のファンも多いということをネットで検索したら解った。

 生心君の体を借りているわたしは、観たという事実は覚えていても思い出は残っていない。だから生心君とみることでかつての思い出を共有しながら観てみたいと思ったのだ。

 

「五十話はあるし長くないか」

「だからいいんだよ。一周間もあるんだからちょっとずつみてけばいいし、以前のわたしがどんな風に思ってるか教えてもらいたいもん」

「まぁいいか。ただみるだけとか面倒くさくはなさそうだし」

 生心君も了承してくれ、BDをプレイヤーの中にディスクをいれて再生させる。

 キラキラなお星さまと、メルヘンな魔法の世界が広がり、小さな女の子はすぐにハートを捕まれそうだ。一瞬だけちらっと隣で観ている生心君を確認。顔を歪ませてなんともいえない恥ずかしさを感じていそうだったが真面目に観てはいてくれていた。

 導入部分が終わってから事件が起きて願いを叶え終わったラストまでは、さすが大人を楽しませているというだけあって面白かった。

 

「すごく面白かったし、ラストの盛り上がりかたにさすごく感動しちゃったよ」

「食わず嫌いせず観てよかったとは思います」

 あまり偏見とかはもたないタイプなのかな。最終的には人の言葉よりも、自分が観てきたもので判断する。その揺るぎなさは生心君の魅力と言ってもいいんだろうな。

「ねぇねぇ、昔のわたしはどう思ってたの?」

「感動して泣いてました。願い届いて欲しい、自分のことのように考えてね」

 自分のことのように、確かにその時はそう思っていたんだろうな。保育士の仕事にたずさわりたい、願いを持つことを励まされていたんだ。

 そんなことを話してから、『星空のまほう』七話まで一気に観た。

 仲間達が集結してからさらににぎやかに楽しく、そして物語に深みが増していく。なんて素晴らしい作品なんだろう。過去のわたしもそう思っていたのかのかな。それとも、自分と重ねあわせながら一話一話観ていたのかな。

「今回も良い話だった」

「どこが面白いとおもいました」

「やりとりとかお話とかキャラクターかな」

「俺が面白と思ったのは願いが誰か一人という所に絞られていない所ですね。願いが複数あるからこそそこに迷いが生まれるし、複数のドラマが生まれる。ああしたい、こうしたいが常に主人公の主導権にあるわけではないんですよね。だからこそ奥深い人間ドラマが生まれる。そこが魅力があると思えました。その上で暗くなりすぎないことが徹底されている。子供達のための作品であるからこその建前や主張が、作品として見やすさを作っているように感じます」

 簡潔にだけど、作品の魅力を生心君は自分の言葉で語ってくれた。

 ただ単純にみてるだけじゃない。着眼点がするどく生心君らしい見方だ。

 

「生心君、こういうの好きなんだ」

「好きなタイプかと聞かれるとまた違います。ただ出来がいいんでそれなりに話したくはなります。この先見てみないとまだ解んないですけどね」

「そっかそっか。女の子向けだから、もっと偏見持ってるのかと思った」

「元々は持ってたはずなんですけどね。幸与さんの体を借りれたからそういうのなく観れました。そこは感謝したいですね」

「生心君ってさ、はっきりとお礼言ってくれるよね」

「嫌ですか」

「嫌ってわけじゃなくて、そこはいいなぁて」

「俺はただ自分を偽りたくないだけですから」

 生心君は真っ直ぐだな。それゆえに脆い。柔軟に物事を受け止めることができずにぶつかりあってくだけてしまう。それはわたしも同じか。意外と似たもの同士なのかも。

 部屋には時計の音が鳴り響き、自然と目があう。

 冷静にみつめるわたし。でもそれはわたし自身ではなく生心君だ。わたしとは違う魅力があって吸い込まれる。心が違うってだけで、人ってこんなにも変わるんだ。

「なんかこうして二人だけでいると恋人同士みたいだよね~」

 意識させるつもりはないんだけど、思いついた言葉をそのまま言ってしまった。

 これは変に緊張させてしまったかも。お姉さんかわいいもんなぁ、うんうん。

「それはないですよ。目の前にいるのは俺ですし、今なんてニコニコしてして気持ちわるい」

 無意識に笑顔になってきてるんだな生心君の体でも。そのおかげで変に勘ぐられなかったのは幸いだった。生心君は偽ることなくわたしのことを意識していないという。

 でも本当にそうだといえるのだろうか。わたしは知りたい。本当はどうなのかを。

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