3章 恋と終わりと勉強会 ②

「来週のテスト大丈夫かなぁ」

 翌日。美樹ちゃんに不安をさとられないように普段通りの生活を心がけていた。

「生心君は勉強いつもできてるし大丈夫だよ」

「それがねぇ~ここらへんがあんまり覚えてなくて」

「記憶が曖昧な部分またあるんだね。どこ?」

「う~んとね、ここかな」

 今日の数学の授業で解らない所を、美樹ちゃんに教えてもらう。

 勉強が解らないのは記憶が曖昧だからというだけが原因ではない。勉強したことはすでに昔のことでほとんどのことは覚えていない。あの頃は体調が悪くてほとんど学校に通えなくて、保健室生活だったしよけいにだ。学校での思い出とか思い入れとか特になく、勉強もどこか空っぽの気持ちのままやってたっけ。

 

 今、勉強に追いつけているのは生心君のおかげだ。今やっている範囲を超えて授業の要点になる所を覚えてしまっている。事前に授業なんて受けなくても用意してあるっていうのはあの子らしいな。それはでも勉強を難しいものだと思っていないということでもある。

 そう思うと必ずしも喜ぶべきことではないのかもしれない。

「お~なるほどね。美樹ちゃん教えかた上手いよね」

「そんなことないよ。生心君が要領いいんだよ」

 生心君と入れ替わってから一ヶ月、ずっと美樹ちゃんにこうやって教えてもらっている。

 とても優しい子で今もすり合わせた手をみつめながら、ほほを赤く染めている。やっぱり抱きつきたくなるな。

 

 でもこれは生心君の体。さすがに男の子の体で抱きついたりしたら、美樹ちゃん驚くだろうしな。それに生心君が怒るだろうし……生心君のことどうしよう、なにも考えれてない。

 あのままにしておけないのに、今すぐにでも行動しないといけないのに。

「なんかまだ解らない所あった?」

「え、なんで?」

「なんか難しい顔してたから」

 わたし無意識に生心君のこと考えてたんだな。

 不安な顔にならないっていうのはちょっと無理そうだ。だったら美樹ちゃんが心配されないぐらいには頼ろうかな。自分の視点ばかりで物事をみてもしょうがないか。

「そんな顔してたんだ。美樹ちゃんはさ、誰かを励ましてあげたいなぁて時はどうしてる?」

 さすがに死にたくなったことがあるなんて聞けないし、上手くはぐらかした。

 

「う~ん、その人の悩みしだいだと思う。頑張れっていうのが辛いときもあるだろうし。だから、ただ側にいてあげることくらいじゃないのかな」

 側にいること、それはわたしが生心君に言ったことと同じだ。結局都合よくすべてが解決するようなことなんていうのはほとんどないのだろう。だったら粘り強くアタックあるのみ。

「そうだよね、そうしたほうがいいよね」

「生心君、誰か励ましてあげたい人いるんだ」

「いろいろ支えてもらってるんだその人に。今もそうだな~頑張ってくれてると思うよ」

「そのこは女の子、男の子」

 どっちかと聞かれたらそりゃあ、

「どっちもかなぁ」

「ええええ! どういうこと」

「複雑なんだよ色々と」

 さすがは純粋な美樹ちゃん。予想通りの驚きぷりでお姉さんほっこりだよ。

 

「美樹ちゃんはさ、なんか悩みとかある」

「う~ん、とりあえずは勉強大丈夫かぁていうことかな」

 うんうん、これが普通の学生の悩みだと思う。それぐらいなら力になってあげたいな。

「あ、そうだ。テスト前に勉強会やろうよ」

「それってもしかして、二人きりで!」

「あれ、だめだった」

「だめじゃないけど、その~」

「あ~緊張しちゃうか。男の子と二人きりだもんね」

 さすがにいくら仲良くなってきっといえど、二人きりになるのはまずいよなぁ。

 美樹ちゃんと二人きりになったら、勢い余って抱きついて、わたしが幸与であることをばらしてしまうかもしれない。

 さすがにそれは避けたい。だったら、どうすれば…………あ、そうだ。

「ならさ、いとこのお姉さんと一緒ならいいでしょ」

「それはそのお姉さんに悪いよ」

「大丈夫だって、すごく親切な人だから」

 生心君が親切かは置いとくとして、勉強もできて生心君の側にいれるチャンスだ。

 それ以外にも、生心君の側にいられるなら側にいてあげたい。

 希望をあげれる方法なんてすぐには見つからない。だからこそ積み重ねて行く中で見つけていく。生心君が前向きに未来をみれる方法を。

 

「今日は『tDCS』しましょか」

「tDCS?」

「tDCSとは経頭蓋直流電気刺激けいとうがいちょくりゅうでんきしげきの略称。頭蓋骨に弱い電流を流すことで、脳を刺激することよ」

「頭蓋骨に電気流すとかちょっと怖いかも」

「大丈夫よ幸与、そんな痛いものでもないから」

 入れ替わってから一ヶ月はたった。母さんはあれからあらゆることをしくれている。今日は頭蓋骨に弱い電流を流すというtDCSと呼ばれるものをを行っている最中だ。

 それでもいまだに直す糸口すらみつってはいない。。

「びりっとしたけど、変化なしだね」

「こんな程度じゃだめってことなんだろうな」

 治療法や治療薬がみつからない。母さんとわたしは経験があるから精神的な負担が少なく済んでいられるけど、生心君は経験ないから負担になっていたりするのかな。というかそうあって欲しい。替わりたいと願ってすがってくれたほうが落ち着くから。

 どうやったら入れ替われるんだろう。もっともっと色々刺激的なことしたらいいのかな。

「実際なにかあてがあるわけじゃないんだけど、生心君、わたしと一つ屋根の下で暮らしてみない? 一週間ぐらいだけど」

 生心君はこういうの嫌がるだろうなぁ、自分の時間とか大切にしたいだろうし。

 でも今回は例え嫌がっても我を通す。生心君には前を欲しい。そのためだったら口だけじゃなくて、行動だってしないと。

「別にいいですけど」

「あれ? いいんだ」

「入れ替わりという特殊な状況ですからそれぐらいは許容しますよ。それにここで嫌がっても幸与さんは引かないと思いますね」

「じゃあ、決まりね。来週ぐらいからでどう」

「それで構いませんよ」

 あっさりと一緒に暮らすことが決まった。物解りが良すぎるというか、我をあまり持ちすぎないというか、生心君のそういう部分に助けられたってことなのかな。

 う~ん、面倒くさがって否定するとばかり思ってたんで、なんか逆に落ち着かないな。

 

「もう少し反発するのかと思った」

 検査室を出て、廊下で生心君に理由を聞く。

「一緒に暮らしてみることですか?」

「うん」

「なにもしないよかはましってだけですよ。それに、最近は誰かとつながりをつくることが必要かどうかを見定めることもしたかったので。それが面倒くさいとは思うんですけどね」

「それはこうやって話すことが大切かなぁとか思えてきたってこと」

「そこまではいっていません。ただ、なにか、俺に欠けているものがあるとしたらそこなのかなぁて。つながりが欲しいだとかそんなことはないはずなんですよ。でも実際はそう割り切れていない、だから理由が欲しいんだと思います」

 この不器用で真面目な所が生心君の揺るがない意志をつくりだしているのと同時に、物事の本質と世の中を照らし合わせて最終的には諦めさせてしまっている。

 もっと自由に、もっと気楽に、もっと明日へ向かって羽で飛び立てるような考え方になればいいのに決してそうはならない。

 だからこそわたしが道しるべになってあげなきゃいけないとは思う。どうすればいいかなんて解らないけど、きっとそうするしかないんだ。

 

「そうだ、一緒に暮らしてるときさ美樹ちゃん呼ぼうと思ってる。勉強会よ、勉強会。君も一緒に暮らすんだから参加してよね」

「勉強会か……子供達にいろいろ教えるのに比べたらましなほうか」

「お~生心君、保育士メンタルになってきたねぇ」

「こうなりたくなかったですけどね」

 昨日言いあっていたのが嘘のように、きまずくならずに会話ができている。

 きっとそれは生心君もわたしのことを理解しようとしている証拠だ。

 苦しみのない自由よりも、もっと大切だと思えるなにか。

 わたしがみつけてあげるんじゃない。生心君自身がみつけられるように、今もこうして二人肩を並べて語り合う。わたしは側にいつづける。


         *         *         *


「結局なにもみつかっていないよな」

 入れ替わったことへの明確な対応策がないのと同じよう、空白の一週間になにが起きたのか、その原因の解明は進展がほぼない。

 衛さんのメールのやりとり、空白の一週間にGPSでどこを通ったのかのログは調べられたが、どれも証拠になりそうなものはない。

 三島病院から情報をなにか探ろうとも考えたが、プログラマーとしての知識が大きく欠損。三島病院のどのパソコンが衛さんのものか解らず、セキュリティの壁を超えられなかった。

 俺が疑っていること自体がおかしいのか。

 もしこれが第三者の仕業。もっと上の特殊な機関が無作為にデータを得るためにやっていると考えるとしたらどうだろうか。もちろんそんなことは理屈としてはありえないのだけど、可能性がないかと言われると否定はできない。

 現にこんなありえないような入れ替わりが起きているのだから。

 そもそも俺はなぜこんなことしてるんだろう。真実をみつけだすことに意味なんてあるのか。

 幸与さんとしての生活は初めのころは嫌だったけど、今はそれほどでもない。

 苦しいことはあっても、それなりに得られるものがあると思えるから。

 俺は別に生きていたいなんて思ってもいないはずだ。苦しみのない正しく死ねるなら、俺はすべてを諦めればいい。それなのにどうして俺は……側にいたいなんてあの時思ったんだろう。

 強く否定することだって、できたはずだろうに。

「俺はなにをしたいんだろうな」

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