2章 踏み出す一歩を ⑥
夕食や風呂を終えてこれから身体を休めたい所だが、今日一日の出来事を幸与さんに報告しあうことになっている。
「生心君がよく観てる、オクッター、ブログ、サイトだったりもお姉さんもみてみたの。その中で面白かったのはねぇ科学に関するニュース。火星のことだとか、コールドスリープだとか、なんかすごい広大な世界があるんだなぁて」
この知られているというのはどうも慣れないな。幸与さんは悪気はないと思う。とても楽しそうに話してくれているから、まぁいいかとは思える。
プライバシーが守られていないのは気持ち悪いと思うけど。
「後はそうだなぁ~生心君の体の事なら隅々までお答えできちゃうよ。すごいでしょ」
「俺も幸与さんのこと隅々まで答えられますけど」
「え、そこ真面目になる所…………やだぁ、エッチ」
「そういうのうざいだけですからやめてくれません」
意地になって反論した俺も悪いが、この反応にはいらついた。
「ごめんごめんって。生心君はなにかあったりした」
さて話すべきかどうか。幸与さんとはいえ、話すとめんどくさいことはありそう。
「特には」
「え~それじゃあ報告になってないよ」
「すいません」
「謝らなくていいよ、そういうの苦手そうだもんね。だったらわたしが質問したい」
「……それならいいですけど」
やさしい態度で接していくたびに、どんどん深い部分まで逃れられなくなっていく。
これなら自分で話したほうが良かったかもしれない。
「立花ちゃん、どうしてる?」
どんぴしゃ、幸与さんは俺のきにしていることをさっそく的中させてきた。
「いつもどおりですよ」
「ってことは、あんまり遊べてない感じか」
なんだ、この人も同じか。孤立した俺達のことを理解してはくれない。
まぁこれは合わせられない俺達の方が悪い。
「生心君的にはどう思う?」
そんな風に自分が悪いと決めつけようしていたら、思わぬ答えが返ってきた。
「どうって……」
「今のわたしは生心君でもある。大丈夫、解ってあげられるから」
この人の言葉は信じられる、そう思ったのは初めてだった。
「俺は人と関わるのは苦手です。だからどうして遊ばせようとするのか、そこからして良いことだと思ってないんです。自由遊びの時間ぐらいは好きなことさせてやればいい。どうしてそんなにあの娘を他人と遊ばせたがるんですか? 園の方針でしょうか。誰かと同調しないといけないからでしょうか」
この際だからありたっけ自分の考えをぶちまけてやった。
言ってしまった。なにしてんだろ。解ってもらえると思った途端にこれかよ。
「今の忘れてください……」
「無理だよ、こんなにうれしいことないんだもん」
突然なにをいいだすんだ。嬉しいだとかなんて。
すこし涙をすするような音さえ混じっている。嬉し泣きするほどなのか。
なんだよそれ。そういうのやめろって。
「正直に話してくれてありがとう。そっか、そんな風に思ってたんだ」
「なにも本当は解ってなかったんですか」
「そんなことないよ。生心君の記憶や生心君と話す中で、なんとなく解ってることの方が多かった。それでもちゃんと生心君がわたしに対して話してくれたのが嬉しかったの」
俺の言葉だから嬉しかったってことか。
今の俺は幸与さんの記憶を借りているから解る。そうか、これが幸与さんなんだ。
「わたしがね、おせっかいをかけるのは1人ぼっちにさせたくないからだよ。だから色々しようと頑張ってるんだ」
当たり前のように言ってくれる。本当に幸与さんらしい言葉だ。
「頑張り損ですね」
「え~そんなこという。わたし的にはいろいろとしてるのに」
「知ってますよ。あなたそういうとこ。俺に対してもですよね」
「そう、そうなの。生心君のことも1人ぼっちになんてしないよ」
幸与さんを知っているから、幸与さんのことを認められるようなっている。
1人ぼっちにしたくない。その言葉を幸与さんの口から聞けて良かった。
「俺もですよ。あなたのことは1人ぼっちになんてしませんから」
「生心君……」
「あなたのこと解ってるつもりですから」
俺はそう言ってあげることが、幸与さんのためにもなる。。
この世界で唯一入れ替った相手として、彼女のためになってあげたいと思えた。
「俺に任せてくれますか、立花ちゃんのこと。上手くいくか解らないですけど、俺なりの方法で向き合ってみます。1人ぼっちにはさせません」
「うわ~ん、生心君が任せてくれって」
「な、なんでそんな子供みたいな泣き方してるんですか」
スマホ越しでも解るくらいの嬉し泣き、こんな泣き方されたのはじめてだぞ。
「だって、嬉しくて」
「あの、そこまで期待されても。そんなたいしたことじゃないし」
「たいしたことだよ。責任をもって誰かと向かいあうことだ。頑張れ、生心君。あなたならやれるよ。あ、でもなにか手伝うことあったら言ってね」
「なにかですか」
「うんうん、お姉さん頑張る」
「あ、いいです」
「え~そんな。生心君パワー発揮しちゃうよ」
「なんか変なことしようとしてませんか」
「大丈夫、生心君だけを頑張らせないから」
その言葉を最後にして通話は終わってしまった。
なにかしら起きそうなきもするが、あの勢いを止めることの方がめんどうだ。
「まぁ、悪いことはしないだろ」
幸与さんなら大丈夫、そんな安心感が今の俺にはあった。
その日の夜、俺は夢をみる。
暗がりの中で1人ぼっちの少女が寝ていた。
月日がながれ季節が変わっても、その1人ぼっちの少女から見える景色は変わらない。
どうして生きているんだろう。そのことを1人ぼっちの少女は思いながら日々を生きている。
「死にたいな」
その1人ぼっち少女はこのつまらない世界ではなく、自分のこの先に未来がないと知り絶望をしていた。
それは当然だ。死ぬことが解っていて、すべての努力などが無意味。しかもその状態ではなにもすることなんてできやしない。生きていても意味がない存在。そう思ったとしても別に不思議なことではないのだろう。
春。その1人ぼっちの少女は近くの園で子供達が開いているバザーにでかけた。退屈な毎日を変えたくて。なによりも病院に近いからそんな理由だった。
園児達と保護者ががたくさんいる保育園は、それは明るいものだった。
(わたしと違って、あんなにも未来に向かっている。それなのにわたしは……)
1人ぼっちの少女の気持ちはどんどん暗くなっていく。
あの未来ある子供達と比べて暗くなっていく。
「いたぁあああああい」
少女の目の前で転んでしまった園児がいた。お母さんが今は周りにはいない。
「だ、だいじょうぶ」
泣きやむ気配のない園児に、未来無き1人ぼっちの少女が側にいつづける。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだからね」
痛い時側にいてくれた母親のように、1人ぼっちの少女は誰かのためになろうとした。
「あ、みいちゃん探したよ。すいません、面倒見てもらったようですね。ありがとう」
それは当たり前の言葉なのかもしれない。だけど1人ぼっちの少女はそこに希望をみいだした。
まだわたしにもなにかできるんだって、希望を見出した。
未来ある子供たちの支えになる。これがわたしの希望――――
「幸与さんの記憶か……」
目覚ましがなる前に自然と目が覚め、ぼんやりとつぶやいた。
無意識に思いだしたいと想ったら、夢でその光景が蘇ったのかもしれない。
ずいぶんと当たり前なことだ。それでも幸与さんにとっては“希望”なんだ。
未来のないニュースなんていうのはそこらじゅうにあって、なぜ子供のためにそこまでするかなんてことを俺は思っていた。
無意味で、無価値で、辛いだけの日々。
だけど、誰かのためになれるってことはこんなにも人の気持ちを前向きにしてくれる。
これは言葉ではなく、経験で俺は解る。
俺は幸与さんだから、俺は幸与さんの身体を借りているからこそ、そう思うことができた。
だから俺はもう少しだけ一歩前に踏み出しててみてもいいと思う。面倒くさいことだけどな。
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