2章 踏み出す一歩を ⑦

 次の日の自由遊びの時間、一人で本を読む立花ちゃんの隣に行く。

 立花ちゃんは俺に視線を送っているのをみてから、また本を読むのに集中していた。

 その隣で俺も本を読み始めた。

 俺がしたことはめんどうなことではない、自分がいつもしていること。

 誰かに混じって、集団で行動して、なにが得られるというのだろうか。結局の所はそうしたほうがいいとされているだけで、実際の所は解らない。俺自身学校にはいかず、集団で集まることにメリットを感じていない。

 そんな俺ですら誰かに寄り添ってもらうことは心地良いと思えた。

 もし俺が立花ちゃんと同じように思うならば、そんな立花ちゃんに寄り添えばいい。

 めんどくさい俺がとれる唯一の方法で。

 

「めずらしいね」

 少し読み進めていると、立花ちゃんが話しかけてきた。

「そうでもないよ。本よく読むから」

「ゆきよせんせいが? そんなところみたことないけど」

 この娘はおそらく勘はするどい。嘘はすぐに見抜かれるんが、嘘でなければなにも問題はない。

「身体弱くて、その時に」

「そうなんだ」

 特に不審がるようなこともなく、受け入れてくれているようだ。

 

「あそばせようとしないの、いつもみたいに」

「好きなことをさせてたいから」

「こどもぽくしてたほうが、せんせんもいいんじゃない」

「そういうの嫌そうだから、立花ちゃんは」

 立花ちゃんはじっと俺の顔をみていた。幸与さんではあるが、幸与さんではない者の影。それをみようとしているのかもしれない。

「やっぱりかわってる」

 さらに立花ちゃんは俺に興味をもってくれたようだ。

 

「いまのせんせいとなら、あそんであげてもいいよ」

 よく解らないが、幸与さんよりも俺は気に入ってもらえたようだ。だからといってそれほど嬉しいってわけでもない。変に嫌われるよりかはまし程度。

「あそぶってなにするんだ」

 というかこの言葉に一番驚いてるのは俺なんですけど。あっちからアプローチしてくるとは思ってもなかった。

「よみきかせでもしてよ、せんせいらしくさ」

 立花ちゃんは読んでいた本を渡してきた。

「ちょ、これって」

「こいのおはなし、じつはこういうのすきなの」

 進んでいるなと思うと同時に、まだまだ5歳程度なんだという実感が湧く。まぁ5歳にしては少し大人びている。実質は小学生中学年くらいはありそうだ。


「いつもわたしは誰かを待っていた。そうして誰かを待ち続けるためにすりきれてしまうわたし心。どうしてわたしはこんなにもまだ子供のままなんだろう」

 内容はかなり大人びた内容である。

 内気な女の娘が本当は胸のうちをさらけだせなくて、悩んでしまう。

「わたしだって恋をしたい」

 恋が上手くできない少女は恋への憧れを口にする。

 物語の主人公達は憧れを代弁し、今の自分にはないものは届けてくれる。

(なんだろうなこの気持ちは)

 そんな少女の言葉が今の自分にはとても刺さっているようにみえた。


「せんせいはこいをしたことはあるの」

「ないよ。したいのか立花は」

「どうなんだろ。でもなにかかわるのかなっておもったりする」

「どうして」

「わたしがこどもでいたくならかな」

 俺と同じように感じていたこの娘は、たぶん俺とは違う部分をたくさんもっている。

 立花は背伸びをしたいだけ、1人でいたいってほどではないように感じがする。

「せんせい、わたしのこいびとになってよ」

 こんなことは俺は絶対に言わない、

「なに言ってんだ」

 どうにも意図が汲み取れず、目を丸くした。先生だと解っていながら恋人になろうとするとかいったいなにを考えている。

 てか、めんどくさい流れになってないかこれって。


「おないどしはむりなら、せんせいかなって」

「そんな風に決めちゃだめですよ」

「どうして」

「大事なことだからだと思うけど」

 幸与さんスマイルで乗りきろうとするも、あまり効果はない様子。

「せんせいってこいしたことなんだよね。だったらしてみようよ」

「なんでそうなるんだ」

「ふふ、てれてるんだ~」

 なんかからわれてる感じせするんだが。幸与さんとは違うタイプだが、なんだかやりずらい。

 5才児相手だっていうのに、言い合いで負けてるようなきさえする。

 恋だとかそんなの知らねぇし。普段はおとなしくて利口なのにここまで豹変するものなのか。


「めんどくさいんだな、意外と」

「いまのわたしはそうかも。せんせいがそうさせてるんだよ」

「そういうのいらないな」

「ふふ、そういうとおもった。おちついたかんけいでいたいよね」

 なんなんだこの娘は。恋をしたいと言う口で、落ちついていたいとか。

 めんどくさそうにしている俺の部分をきにいっているのだろうか。 

「ママきょうはおそいらしいから、たくさんあそぼうよ。ちかくにいてくれるだけでうれしいから」

 そうして立花ちゃんは恋する乙女の本を読み始める。

 めんどくさくないようでめんどくさい、そんな関係になってしまったのだと思いつつも俺は立花ちゃんのその歩幅に合わせてあげることにした。

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