2章 踏み出す一歩を ③

「ご両親には話したよ。なんとか納得してもらえた」

 幸与さんからの報告を、幸与さんのベットで寝っ転がりながら聞く。

「そう」

 母さんなら適当に言いくるめておけばなんでも信じそうだ。しかし父さんが納得するとは。まぁ納得せざる得ない証拠があるからか。受け入れるのが普通であり特に興味もない。

「厳重郎さん厳しそうな人だね。いろいろあれやこれや言われたりってしてた?」

「勉強さえそれなりにやれてればなにもいいません、世間体ばかりきにする人なんで。家族でいるのだって」

「それは違う……って言いたい所だけど、生心君の記憶あるから否定しにくいよ」

「別にきにすることじゃないですよ――他なにか話すことあります?」

 父のことで幸与さんにあまりきをかけたくない。あの人に関わるだけ無駄だ。

「あ、そうそう食事してる時に気づいたことがあって、嫌いな刺し身がなんと美味しかったんだよ。すごいでしょ」

「ああ、そのこと。身体の好みが残ってるのは昨日俺も知ったことだ。幸与さんが人参好きだから、俺も人参美味しく感じました」

「な~んだ、しってるんだ」

「で、他は?」

「あのさ……いや、なんでもない」

 他になにか話すべきことがないかを聞くと、幸与さんがとなにかをいいかけていたがやめた。

 過去のことは幸与さんには色々知られている。おせっかいをやきそうな人だから案外そのことなのかもしれない。

 それに俺自身も幸与さんに話せていないことがある。過去のことではなく、新しくこの身体で考えたこと。本当の真実がなんであるかということだ。

「幸与さんはさ、今日衛さんが話してくれたことどう思った」

「どう思ったってどういうこと?」

「検査については問題はない。ただ原因について、あの説明で納得できたかっていうこと」

「わたしは納得してるけど、生心君はなにか納得できないことでもあった?」

「俺達がぶつかって入れ替わった。それで納得しろっていうのは理屈としては通らない」

「そうは言っても現実に入れ替わっているのは事実だから納得するしかないんじゃない。後天性サヴァン症候群みたいな特例が起きたと思うしかないよ」

「だとしても、俺達の状況を考えると……」

「考えるとなに?」 

 それは幸与さんにはいえない。自らがきずかなかれば反発することは解っている。

「それは自分で考えてくれ」

「え、なにそれ」

「とりあえずだ、原因については個人的にも調査はしてみるよ」

「なにを納得できてないのかよく解らないけど、協力できることがあったら言ってね。生心君の力にはなりたいって思ってるから」

「そう言ってくれると助かる。さっそくだが、今から幸与さんが持っている俺のスマホからGPSのログを調べる。不正なアクセスがあると表示されるようなことはないと思うが、もし表示されてしまった場合は無視してくれ。本当に駅を歩いていたかどうかを調べるためだ」

「生心君は、実際のデータとすり合わせがしたいんだね。わかったよ」

「話は以上だ。切るぞ」

 通話が途切れ、スマホを握った手をベットの上におろして、息を小さく吸う。

「まずは調べてみるか」

 今日検査で正しい現状を科学的に理解できたことは前進だが、原因の追求は今の所は衛さんの記憶を頼るしかないのがきがかりでもある。

 そのため幸与さんのスマホから五月十四日のGPSのログを調べて、経路をみてみる。

 証言によれば静岡駅で、ぶつかったということだ。

 その証拠が確実なデータで裏づけされれば、それが本当であると解る。

 確かに生方駅から駅を乗り継ぎ、静岡駅に到着。その後、ショッピングをしていたようだ。

 今度は俺のスマホのGPSのログを調べてみる。

 古守市から電車を利用して駅へ。ここまではいい、このさきが重要だ。

 駅構内でぶつかったということは、俺と幸与さんが重なる部分があるはず。そうなっているかどうかを照らしあわせてみた。

 階段のあたりでぶつかっているような部分は確かにあり、証言通りではあった。

 しかしそれが本当に俺達が歩いたということにならない。誰かが持ち出し歩いたということはまだ考えられ、この経路どおりに歩けば簡単にアリバイはつくることはできてしまう。

 普通ならば疑う必要はないのだろうけど、今の状況を考えたらどうしても疑り深くなる。

 余命がない幸与さんと医師の衛さん。この関係があまりにも都合がいいためだ。

 ただし幸与さんがうそをついている可能性は限りなく低い。そんなことをすれば記憶が読まれる可能性が高くなる。大脳皮質に残っている幸与さんの記憶からうそをついていることがばれてしまう危険性があるからだ。

 問題となるのは衛さんだ。衛さんが娘を救うために行動する可能性はないとはいいきれない。

 それがぶつかったのが原因ではないということを考慮させる要因になっていた。

 証拠はないが衛さんが関与したと仮定してみよう。幸与さんと入れ変わる候補者はどう選定したのだろうか。たまたま偶然なのか、それとも事前になにかしら調査したのかで違ってくる。

 衛さんが危惧することは、おおよそ今後の彼女の生活だろう。不特定多数より、より被験者の家庭状況なんかは知っておきたいはずだ。ならば俺の家庭のことも調べているはずだ。

 だとしたら候補としては俺の父親があやしい。俺を遠ざけるためにこんなことをしでかしたというのは十分に考えられる。

 どうしようもならない獣と一緒に檻の中に済むよりかは、より安全で前向きな人を檻の中にいれたほうがいい。子供と接してもみて解ったことなのだが、なにをするか解らないというのは十分日常生活に支障をきたる。それは精神的苦痛ていうのは、俺自身も体験していることだ。

 リストカット経験が俺にはある。余命がない幸与さんと同じくらい、動機としては悪くない理由だ。そして衛さんがそれを知り、身元を調査したうえで候補にした。

「探るなら、そこからか」

 あくまで仮定の話だが、調べる方向性は決まった。

 協力者と首謀者が連絡した痕跡、もしくは俺の家や学校、両親の職場での状況を調べるために訪問ていたという事実を探れればいい。スマホとPCをハッキングすればすぐに解るかもしれない。

 幸い同一ネットワークにいるし、機器に直接触るタイミングもあるかもしれない。

 死ぬことは別段どうでもいいが、この原因が誰によるものかだけは暴いておきたい。

 そうすればなにかと融通が利く可能性がある。死ぬにしてもこんな保育の仕事をするのではなく、穏やかに死にたい。体がいくつあっても足りない仕事から解放されたいという気持ちがなによりの原動力だった。

「ああ……でも今日はもういい。疲れた」

 慣れないこと続きで頭も体もクタクタ、もうなにか考える気になれず眠りについた。

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