1章 替わる日常 ⑥

 久しぶりの制服に着替える。と言っても生心君のものだ。

 男の子の姿で登校なんてはじめて。高校の時はおやすみばかりでまともに行くことは叶わなかった。たとえ行けたとしても体のことが心配で激しいことはできないことが多かったしな。

 それから比べるとこの体の生きているって感じがすごい。体から力がみなぎってくるというのはまさにこういうことなんだろうな。

 スキップでもしたくなる、そんな開放感を抱きながらゆっくりと階段を降りた。

「あらぁ、今日はずいぶんと早いのね」

「うん」

「朝食できてるから」

「いただきます」

 まだ事情を話していないから、どうやって対応していいか解らない。

 本当はお手伝いとかもしてあげたいし、感謝の気持ちも伝えたい。でもそれをしたら生心君ぽくなくなってしまう。確証としたデータがない以上は疑惑はもたれてはだめだ。

 そう自分に言い聞かせながら、だまって朝食を食べた。

 それから再度身だしなみを整えて学校に向かう。

 ひさしぶりの学校への通学路は見知らぬ土地だ。生心君の体に残っている記憶のおかげで断片的にだけど覚えている部分はあるけれど、ほとんど解らない。

 ちょっとさびしげな住宅街、駅のホーム。地平線の先には海がみえる。同じ静岡県だけど古守市はわたしが住んでいる生方市とは違っていた。

 都会と田舎とくっきりと差別できるほどではないけど、この街の新しい風景は新しい生活をこれから迎える。そんな期待感を運んでくれていた。

 真新しい風景をみながら、生心君の記憶にも助けられ学校に無事時間通りに到着した。

 『遠先高校』は普通科の高校で、平均的な学校よりも基準が高く県内トップクラスの高校だ。

 教室のキュキュっとなる廊下の音、ざわつく生徒の声、先生の怒る声。

 耳から聞こえる音は活気に満ち溢れている。

「おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます」

 誰かはよく解らないけれど、教室ですれ違った人にあいさつをしていく。

 奇妙な視線でみて返事をしてくれない子もいるけど、「おはよう」と返事をしてくれる子もいる。いきなり登校してきて驚いているのだろうが、どの子も良い子そうだ。

 あ、というか、生心君はどの席なんだろう。しまった聞いとくの忘れた。というか聞いても学校行ってなかったぽいし「席順なんて解らない」って言われるだけか。

 う~ん、今思うと先生にも連絡しといたほうが良かったな……まぁいいか、聞けば!

 悩んでいる子がいたらよほどのことじゃないかぎり助けてくれるものだしね。

「あの~わたしの席ってどこか教えてくれませんか」

 近くにいた 茶髪のショートボブに花のピンでアクセントつけた女生徒に声をかけ、どこが生心君の席かを聞いた。

「あ……隣だよ」

 びっくりしつつも、声をかけた生徒が隣りだと教えてくれた。隣りだなんてラッキー。

「あ、そうなんだ。教えてくれありがとう。名前なんていうの」

「え~と、智柳美樹ともやなぎみきっていいます」

「智柳美樹ちゃんかぁ~かわいい名前だね」

「そ、そんなことないです」

 美樹ちゃんはうつむいて返事をしていた。人見知りするタイプなのかな、顔を真っ赤にしておどおどしてる所が可愛い。うんうん、良い子そうだ。

「わたしのことたぶん覚えてないよね。学校いけてなかったから」

「わたし?」

「俺、俺だよ、俺」

 しまったな、ついついわたしと言ってしまった。学校にいる時は俺っ娘にならないと。

「大丈夫だよ、入間君のこと覚えてるから」

「あ、そりゃあそうだよね、隣の席なわけだし」

「う、うん」

 なんかそうじゃないって感じな対応だけど、些細なことに違いないな。

「改めまして入間生心っていいます。これからよろしろくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ちょっとだけミスちゃったけど自己紹介はできた。とくに変な目でもみてないようだし、美樹ちゃんとは早く打ち解けねば。

「さっそくだけど美樹ちゃんのこと教えて欲しいな」

「な、名前でなんてそんな早いです」

「あれいやだった?」

「あの~その~入間君がいいっていうなら」

「かたい、かたい、生心君でいいよ」

「生心君」

「そうそう」

 頬を赤くして、照れてる所がかわいい。こんなけかわいい娘とお隣なんて生心君、学校いかないのもったないよ。

「あの~生心君はわたしのこと知りたいんですか?」

「そうだけど……なにか話したくない理由あるの」

「なんか以前とは感じ違うからとまどちゃって」

「以前の俺のこと知ってるんだ」

「別々のクラスだったんだけど、図書委員で一緒になったことがあります。でも全然話せなくて、覚えてなくてもきにしなくていいですよ」

「じゃあこれからは話してこっか。せっかく隣になれたんだから仲良くしたいなぁ」

 それからは朝礼が始まるまで美樹ちゃんのことについてや、クラスのことについて解る範囲で教えてもらった。

「朝礼はじめるぞ」

 教室に入ってきた担任の倉越元信先生が号令をかける。美樹ちゃんが教えてくれたおかげで名前もバッリだ。

「お、おおおお~と、入間か。学校来たのか。そうか、そうか。心配してたぞ」

「すいません、ご迷惑をおかけして」

「いや、いいんだ。来てくれれば。なにか心配ごとがあったらいってくれ」

「はい、解りました」

 先生が名前を読んだからか、当然のように他の生徒から注目の的になる。突然登校してきて、なにごともなくそこにいれば当然か。

 ホームルームが始まってもずっとそんな感じで、先生の話を上の空で聞いてる人が多かった。

 休みに時間になって話しかけてこられるようになったが、話かけてこない。

(どうしてだろう…………)

 疑問に思っていると、その解答が生心君の身体から呼び起こされる。

 どうやら父親が原因らしい。変な虫がつかないように問題のある生徒には事前に親子さんを通してかかわらせないようにしているようだ。

 親馬鹿といえばそれまでかな。少し過剰に心配しすぎなようなきがするけど、それはわたしが口をだす問題ではないな。

 授業がはじまると、解る科目と解らない科目。それぞれ表面化していく。

「美樹ちゃん、ちょっとここ解らないんだ、教えてくれる?」

「あの、え~と」

「あれどうした?」

「なんでもないよ。う~んとね」

 顔が近かったからかな美樹ちゃんは照れて顔を真っ赤にしながら、解らないわたしに勉強を教えてくれた。やさしい子で助かったなぁ。ここまでやさしくされちゃうと、保育士として働いていた時のように妙になでたくなってくる。

 でも、我慢だ。さすがにいきなりなでられたりしたら相手も困るだろうしな。

 悪戦苦闘しながらも授業が終わり、昼休みになった。

「美樹ちゃん、一緒にお昼たべない」

「わ、わたし?」

「そうだけど。なんか先客とか入ってた」

「別にいないよ」

「だったらいこうよ」

「うん」

 今日は自分用の弁当は作ってはいないから学食に行き、そこでメニューをみる。

 さすが良いとこの学校だ。メニューも品がよさそうなものが並び、目移りして迷ってしまったが、結局日替わりランチにした。

 テーブルに座り、「いたただきます」をして、早速食べていく。

 学食にしては美味しい。味もなかなかで満足行くもののだった。

 美樹ちゃんはお弁当を食べている。色鮮やかなお手本のようなお弁当。子供にみせたら喜びそうだなぁと思えるくらい完成度が高かった。

「美樹ちゃんのそのお弁当、すごく丁寧につくってあるね。とっても美味しそう。やっぱりお母さんが作ってくれたの?」

「わたしが作ってる。お母さんの負担を少しでも減らしたいから」

「これ自分で作ってるんだ。弁当って普段の夕飯とは違って、どうおさめようかって迷うよね。あんまり同じにしても飽きがきちゃうし」

「生心君って、自分でお弁当頻繁に作ってたんだ」

 これはどう返答しとくべきなんだろう。作ってませんっていうと、いまさら変だし、作っておいたことを事実にしてしまおう」

「そうなんだ。今日は時間なかったから学食にしたけど、明日からはお弁当作ってこようかと思ってるよ。美樹ちゃん、料理もできて、きっと良いお嫁さんになるんだろうな」

「そ、そんなことないよ。生心君だってその、料理つくれるなんてきっと…………」

「きっと、なに?」

「やっぱり、いい」

「それなら良いや聞かなくても」

 生心君のこと男の子だからって意識しるなんて可愛いな。見てて飽きないな本当に。

 こうやって学校で食事をするのも楽しい。

 この先のことを考えずに友達といられることも嬉しいなぁ。

 昼休みが終わり午後の授業を終えて放課後になった。部活道とか入ってみたいっていう気持ちはあるけど、これは生心君の体だ。さすがにそんなことは勝手には決められない。

 それに今日はまだ検査を控えている。母さんがいる病院にいかないと。

「お~し、いくぞぉおおおお」

 力強く走れるのがなにより嬉しくて、ひと目があまりない通りを走る。

 病院にいた時は気が滅入ってしまう時が多かった。だけど今はその心配すらない。生きている体を預かり、これから始まる期待のほうがより大きい。

 生きるって、こういうことなんだ。

 

         *         *         *


「あ、本当にわたしの体だ。なんか一気に現実味おびてきたよ」

 目の前にいる俺の体は、観たこともないような陽気な顔を浮かべてきた。はっきり言って明るすぎて引く。別人が入っているからともいえるのだが、まるで別人のようだった。

「ちょっとさ、わたしの動きにあわせて動いてみてよ」

 俺の身体がパントマイムのような動きをし始める。なんかもうどうでもよくなってくるな。

「いいですよね、幸与さんはなにもかもポジティブで」

 あまりにも目の前にいる人がまぶしくて、口からこぼしてはいけない言葉がでてしまった。

「そんなことないよ…………」

 幸与さんだって俺と同じ立場だ。わざと明るくしているだけだってことも考えられるのに……なにしてんだよ。

「わたし、謝らないといけないことある」

「なにも迷惑をかけてないと思いますけど」

「これから迷惑をかけてしまう。生心君は重いものを背負わせてしまうから」

 衛さんと話してた、あのことについてようやく話すのかな。

「今から話すことについては直接会って話したかった。落ち着いて聞いてね」

 ずいぶんと重たい空気が幸与さんから感じる。よっぽど深刻なことなのだろう。

 沈黙がしばらく続くと、意を決して幸与さんは胸の内にあった隠していた真実を伝える。

「わたし、新道幸与は余命一年、未知の病にかかっているの……ごめん、もうすぐ死ぬなんてすぐには言いだせなかった。死ぬなんてこと背負わせたくなかった、怖がらせたくなかったの」

 普通の人はこういう時どんな反応をするのだろうか。恐怖するのだろうか、目の前が真っ白になるのだろうか。だけど、それらはすべて俺に当てはまることはない。

 ようやく死ねる、死をつきつけてくれたことに感謝すらしていた。

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