第26話

 朝起きる。朝食をとる。制服に着替える。いつものように、学校に向かう。

 バスは来ていたけれど、相変わらず誰もいない。

「せんぱい、答えは決まった?」

 バスから降りると、ともりが停留所にいた。

 たぶん、待っていたのだ。ずっと。あるいは、最初から、俺の返事を。

 俺はともりに向き合う。他に誰もいないその場所で、俺は面と向かって言う。

「俺は元の世界に帰るよ」

「……どうして?」

 心底、不思議そうに声を出した。

 ここから先は、ともりの望む答えじゃないかもしれない。それでも、俺は答えなければならない。

「俺が、だめな人間だからだ。自分で選べない。何もしようと思えない。そんな人間だから……おれは、ここから出て行かなくちゃいけない」

「だめなままでも……別にいいじゃないですか」

「少し前の自分だったら、いいと思えたかもな。でも、ダメなんだ、なによりともりに……お前に顔向けできない」

 一人だったなら、何もかも諦めたままでいることが出来ただろう。でも、俺はそれがいいことのように思えなくなってしまった。

 諦めの悪いやつと、関わった。きっかけはただそれだけのことだ。

 尊敬する人間に向き合える自分になりたいと、ただそれだけの背伸びだった。

 俺は宣言する。

「だから、俺は、元の世界に戻っても、お前のことを覚えてみせる。これからはともりのことは絶対に忘れない」

「……無理だよ」

「無理だとしても、忘れない。こんな……もう一度会えた奇跡があるんだ、それなら、覚えおけるくらいの奇跡があっても、おかしくないだろ?」

 希望的観測だって分かってる。それでも、俺は言ってみせる。

「だから……俺はここには残らない。たぶん、次に会うときは、俺が死ぬまで待たせることになる……悪い」

 ここに残ってあげるのが裁量なのだろう。

 死後について、ともりは話していない。

 だから、それがあるかは分からない。再会できるのかさえ、空想上の祈りだ。

「せんぱいは、昔っからそうですよね」

 ともりは、ふてくされたようにいう。

「……そうか?」

「そうだよ……約束ですよ、お兄ちゃん」

 どこか晴れやかな顔を見せて、ともりは微笑んだ。それから、悪戯っぽい笑みに変わる。

「そういえば、私が死んでいたことについて、どう思いました?」

「いきなり突っ込んだ質問するな?!」

「こんな時じゃないと、聞けないですから。それでどうです、悲しかったですか? ショックでしたか?」

「どうって、そりゃあ……」

 顔を上げて、気づいたときのことを思い返してみたところ、

「うん、まあ特別悲しくはなかったな」

「あれえ!?」

「いや、流石に気づいたときは驚いたけど、お前と会ってたのも結構前のことだし……そもそもその辺の記憶、ちゃんと戻ってる訳でもないからな……実感薄いっていうか」

「せんぱいが想像以上に冷血人間でびっくり仰天ですよ、私」

 何か言いたげとばかりに、ともりはじとっとした目で見てくる。笑ってはいけないと思うけど、堪えられずに苦笑する。これくらいの意趣返しは、させてもらってもいいだろう。

 とはいえ、これで締めるのも悪い気はする。照れ隠しも、これくらいにしておこう。

「ともりのことを思い出せてよかった。それは間違いないよ」

 ずっと、何かを忘れていた。大事なものがぽっかりと抜けていた。

 失っていたものを探そうとするどころか、失ったことさえ忘れていた。

 形は少し違えども、確かにそれは、俺の元へと帰ってきたのだ。

「……初めから、素直にそう言ってくれればいいんですよ、もう」

 どこか満足したように笑ってから、ともりは指を一つ立てる。

「どうやれば戻れるのか、教えてあげます。でも、機会は一回きり。それも、今日限りです」

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