第24話
自転車で、懐かしい道を通っていく。もうずいぶんと昔に走った道なのに、不思議と覚えている。迷うことなく、その神社に向かっていた。
日が落ちている。けれども、そこにいる気がした。
物部ともりは、鳥居の前にいた。制服姿のまま、服が汚れるのも厭うことなく、石造りの階段に座っている。
顔を少し俯かせ、まるで帰る場所を見失った迷子のような姿で、ひとりで。
自転車のベルを鳴らしてみれば、顔をゆっくりと上げる。
「こんばんは、せんぱい。こんな夜更けに奇遇だね……もしかして、私に会いに来てくれたのかな? なんて」
「ああ、そうだよ」
「……いつにも増して、直球だね。少し照れちゃうよ」
なんでもない風に、そこにいる。死んでいるなんて、到底思えない。
それでも、俺は向き合わなければならない。
「ともり、全部思い出したよ」
「……何をですか?」
「俺が、両親が事故に遭ったとき……ともりも、一緒に同じ車に乗ってたよな。それで、ともりは誕生日プレゼントに、お手製のお守りをくれたんだよな」
まっすぐに、ともりを見据える。
ともりは諦めたように微笑んだ。
「あーあ……思い出さないように、わざわざ呼び方まで変えてたのに、無駄になっちゃった」
「……ともりは何が起きてるのか、分かっているのか?」
ともりは肯定も否定もせずに、困ったように微笑むだけ。
「場所、少し移しましょうか」
歩いて間もない海岸で、砂浜の上を歩いている。
こんな時間だから、あるいはそうでなくとも、今は誰一人としていない。波音だけが聞こえている。
ともりの軽やかな足取りと共に、彼女の長い髪が弾むように踊っている。結んだポニーテールを外しているその姿は、これまでよりもよっぽど少女に見えた。溌剌さが隠れて、女性らしい、とも言うべきか。どこか見慣れないともりの姿を、目で追ってしまう。
「昔も、ここに来ましたよね……いろんな所に行きました。この街で、言ったことない場所なんてないんじゃないかってくらい。そんなことは、ないんですけどね……昨日のことのように覚えてます。まあ、私の記憶は、そこで止まっているんですけど」
「……ともりは、お前は、なんなんだ?」
「それを説明するには、大事なことがありますよね。せんぱいは、ここがどこだと思いますか? 死後の世界。並行世界。現実から僅かにズレた場所。あるいは、夢の中。ほら、色々あるじゃないですか……せんぱいは、どれがいいです?」
流暢に語っていく。それが、さも楽しいことのように。
いや、実際、彼女にとっては楽しいことなのだ。空想の知識をひけらかして、関心を募ろうとするのは、昔の物部ともりと相違ない。
「せんぱいがここに居ることに理屈を付けるのなら……私が巫女で、これは私が作った呪いのせいで、せんぱいはこっちに来たんです。世界が変わったんじゃなくて、せんぱい達がこっちに来た。生者と死者の
「……俺達が、石に願ったから?」
「はい。先輩達が願ってくれたおかげで、私達と縁が出来ました。おかげで、死んだ私は、せんぱいと再び会うことが出来たんです」
ともりは、心底嬉しそうに微笑む。
「だから、せんぱい達が何をしなくても、元の世界に影響があったり、なんてことはないと思います。まあ、私だって巻き込まれている側なので、保証はできませんけれど。せんぱいも、ラッキーだね」
「ラッキーって、なにがさ」
「ここにいれば、この先のこと、なんにも気にしなくていいんだよ」
ともりは、微笑んでから海へと歩いて行く。漣に当たっても、気にすることなく。ローファーが濡れるのも厭うことなく、海水の中に歩を進めていく。
「ねえ、せんぱいは本当に、元の世界に帰る方法、知りたい?」
ともりが手を伸ばしてくる。
俺はどうすべきなのか。分からないまま、俺は、ともりに手を伸ばしてしまう。何より、彼女が波間に消えてしまいそうだったせいだ。
「えいっ」
掴んだ途端に、腕を勢いよく引っ張られる。力強い訳でもない。お遊びのようなものだ。抵抗することだってできたけど、しないでおいた。
波が寄せては来る、その場所で、土と海水で身体を預ける。
「びしゃびしゃだね、せんぱい。私と一緒だ」
「……何がしたいんだよ、お前は」
俺だけじゃない、ともりだって、一緒になって倒れ込んでいた。
倒れ込んだまま、苦し紛れに呟く。
意図がわからなかった。
まるで当たり前みたいに再会してきた物部ともり。その思考回路がわからにあ。
「仕返しだよ。せんぱい、大事なことを忘れてるから。ずっと覚えてっていったのに、せんぱい、私のこと、忘れちゃったよね……お守りまで渡したのに、なくしちゃうし」
「それは……悪い」
「いいよ。だって、せんぱいが忘れたから私はここにいるんだから」
ともりは、這うようにこちらに来て、俺の顔を見下ろしてくる。暗い夜の中でも、なぜだかその表情は見て取れた。
「ねえ、せんぱい。ずっと、ずうっと、ここにいようよ。私と一緒じゃ、だめ?」
ともりは、子供の頃みたいに無垢だった。俺を害そうだなんて思ってもいない顔だった。日も暮れて帰らなければならないのに、あと少しとねだるような、子供のような表情を向けてくる。
「ここは、夢みたいなものだっていったよね。だから、もしここから出られたなら、私のことも忘れちゃう。絶対に。元の世界に戻ったら、ここでのことなんて全部忘れて、また退屈な毎日だよ。死ぬまで、ずうっと。それなら、結局は変わらないと思わない?」
「それは……極論だろ」
「そうかな。結局、人生は自分の認識によるものだと思えば、同じだよ。せんぱいにとっても、悪い話じゃないと思うけど、どうかな?それとも……また私のこと、忘れちゃうの?」
咎めるようにともりは言う。
「他の人間は、どうなってるんだ? というか、なんで出たり消えたりするんだよ」
「ここは間の世界って言ったよね。だから、他の人の意識が混ざり込むことだってあるよ。せんぱいが会いたいって思えば、会えるんじゃないかな、きっと」
「……ずいぶんとまあ、緩い条件だな」
「細かい理屈を求めすぎるのは、野暮ってものだよ」
不可解な点を削り取って、身に起きた要素だけ抽出すれば簡単な理屈だ。怯えることもない事実でしかない。
「大事なことは、私とせんぱいが会えたこと。だからせんぱいは、私とせんぱいのことだけを考えればいいよ」
ここには余計なものは何もない。不要なモノは削り取られて、純粋なものしか残らない。
いままでループを繰り返すような日々と、何が違うのだろうか。
やりたいこともない。するべきこともない。夢も目標もない人生。だったら、この世界にいるのも、それはそれで一つの選択肢であるはずだ。
何の問題もない。
なのに、どうしたいのか。
俺は未だに、自分の心がわからないままだ。
「……俺は、お前にラスボスであってほしかったよ」
「なんですか、それ」
最後に倒したら、何もかもが解決する。ラスボスはそういうものだ。
現実にそんなものはいない。いや、仮にここが非現実だったとしても、俺がいるのなら、それは俺に撮って紛れもない現実だ。
装備すれば強くなる武器なんてないし、魔法だって使えない。
けれども、俺は向き合わなければならない。
紛れもない、自分自身に。
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