第22話
朝起きる。
いつも通りの日だ。
思考は明瞭だ。
教室に入ると、水瀬イサナが既に来ている。声をかけてくることはない。
聖はいない。他の誰もがいない。教師だっていない。静かな教室だ。チャイムが鳴る。始業。チョークが踊る。文字が頭に入ってこない。書いてある意味がわからないままに、ノートを取って書き写す。
何かが、変だ。
でも、俺には関係ない。
図書室にいた。
気づくと昼休みだった。
図書室にも人が居ない。静かだ。
本を捜しに来たわけでもない。
隣にはともりがいる。どうしてここで待ち合わせたのだったか。
「別に教室に行っても良かったんですけど、せんぱいは目立ちたい方でしたっけ」
「……いや違うけど」
「ですよね。せんぱいはこっそり二人で可愛い女の子と交流を続けるのが好きな方ですよね」
「言い方に含意がありすぎるだろ」
思考がはっきりとしてくる。徹夜もしていないのに、妙に頭がぼんやりと霞がかっていた気がする。
「せんぱい、ちゃんとお守りは持ってます?」
「あるよ。おかげで元気の快調だ」
「いつも通りのせんぱいで、良かったです」
「……それだけ?」
「それだけで呼んだら、ダメなんですか?」
「勘違いするから、そういう物言いをみだりにするのは辞めた方がいい」
「せんぱいにしか、しないですよ」
「……おう」
どうして、ここまで言ってくるのか。流石に俺も、鈍い訳ではない。好意を持たれているとは、分かっている。
仮に好意があったとして、どれほどのものかは分からない。けれども、与えられた分は、少なくとも返したい。
「今度さ、一緒にどこか遊びに行くか」
どこかに。我ながら抽象的だ。思いつきの発言にも程がある。苦笑しながら、言葉を続ける。
「横須賀でも、足を伸ばして東京まで行ってもいいな……どこか行きたい場所でもあるか?」
「せんぱいが一緒なら、私はどこでもついていきますよ」
「そ、そうか。じゃあ、まあ、そのうち行こうな」
「約束ですよ、せんぱい」
ともりは、ほころぶように笑っている。我ながら照れくさくて、何か次の話題を出せないものか、なんて考えていれば、
「ここにいたのね、鳩羽くん」
がらりと扉が開く音。そして、水瀬イサナが現れた。
イサナは、ともりを凝視して、それから口を開く。
「そっちの子は?」
「……こっちは幼馴染のともりだよ。あんまり怖い顔してビビらせんな……で、この無愛想なのが水瀬イサナ」
「水瀬イサナさん……ああ、この前まで、せんぱいと一緒にいた人ですね」
ともりは、小さくお辞儀する。
「私のせんぱいがお世話になってます」
「こちらこそ、鳩羽くんにはよくしてもらってます」
「……それでは、私はせんぱいのご無事を確認できたので、私はこれで。せんぱい、約束、絶対ですよ?」
ともりは小さく手を振って、駆け足に去っていく。
「今の子とは、どういう仲なの?」
「……イサナも他人に興味を持つこととかあるんだな」
「ただ、あなたが他の子と話してるのが貴重で気になっただけ」
「最近になって再会した幼馴染ってだけだよ。懐かしいから、こうしてちょくちょく帰って話してるくらいだ。別に、面白いことなんてなんにもないぞ」
「……お邪魔だったかしら」
「いや、そういうこともないと思う、けど。で、何か急ぎの用事か?」
「あなた……本当に、変なものが見えてたりしない?」
「いや、ないけど……というか水瀬、お前もそれ心配して聞きに来たのかよ」
「心配なんてしてないわよ。何でもないから、忘れて」
そうして、イサナは早々に去って行く。
午後の授業が始まったとき、イサナはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます