第18話

 これまではイサナと恵さんの入れ替わりに向けての準備で、時間を割く必要が出ていた。

 聖はともかく、俺は帰宅部だ。何をすることもないわけで、問題はないと思っていたけれど、弊害が一足遅くやってきた。

「せんぱい、私のこと、放置しすぎだと思います。いつでも話聞いてくれるっていうのはどこに消えたんですか!」

 ともりに叱られてしまっていた。一週間を短いととるか長いととるかはともかくとして。ともりの言い分は尤もだから、甘んじて受け入れるほかない。

 ということで、俺の家で遊ぶ事になっていた。

 ともりからは「外で遊びましょうよ~!」なんて言われたが、校生が二人で今更何をするというのか。第一この辺にはショッピングモ―ルもゲームセンターもない。

 苦情を言われた翌日が午前授業というのもあって、昼飯を外で食べてから、制服のまま俺の家へと向かった。

「なるほど、ここがせんぱいの部屋ですか……」

「別に、面白いものなんてないぞ」

 何か特別なものがあるわけでもない。ベッドにパソコン。テレビに本棚。そうモノが多いものではない。なのに体力がありあまっているのか、きょろきょろと見回してくる。流石に気恥ずかくなってくる。

「いえいえ、そうでもないですよ。ここで生きてるんだなーって思うと、なんだか感慨深いものがあります」

「そうかい。じゃあ満足したら帰ってくれよな」

「いえいえいえ! それでは目的のゲームをさせて貰いますから!」

 テレビをつけて、数世代前の据置のゲーム機を起動する。

 元々、そういう口実で家に呼んだのだ。「せんぱいがいつもやってるゲームってどんなのですか?やってみたいです!!」なんて元々言っていたから、わざわざ家の中まで上がらせている。

「さてさて、せんぱいが夢中になってるゲームがどんなものか、プレイさせて貰いましょうか……」

 起動したゲームは、俺が普段しているオープンワールド系のアクションゲームだ。もう随分以上前に発売したゲームだけど、完成度が高い。好きな風にキャラクターの身長や顔つき、体つきを調整できる上に、戦士、魔術士、盗賊などなど設定できるものだ。

 ニューゲームを押して、ともりにコントローラーを渡す。

「じゃあ容姿と職業から決められるから、やってみ」

「……あの、これ一人用じゃないですか? 私がやってる間、せんぱいは何してるつもりです?」

「後ろから眺めてる」

「え!? それちょっと変態的じゃないですか?」

「失敬な。人がプレイしているのを見るのとか、最近流行ってるんだからな」

「ええ~……そういうものなんですか」

 ともりは心底訝しげに見てくる。本当に知らないらしい。

 やがて作られたのは女の魔術士。動かし方に癖があるから、最初は武器を出すにも不慣れだ。しかし見ていれば案外、警戒に進んでいく。

「せんぱい、隠しアイテムとかないんですか? ほら、実は序盤に隠されてる感じの」

「いや開始早々速攻で楽をしようとするなよ……」

「あるものは使わなきゃそんですから! 私、ネタバレを踏むのは躊躇いないので!」

「そういや、そういうヤツだったな、お前……」

 あるにはあるので、教えてやる。初期から長い間使える、攻撃力が高くて取り回しやすい武器。序盤では気づくことが難しい細道の先、岩場の陰にある宝箱に入っているのだ。

 強力な武器を手に入れたともりは、躓くことなく進んでいく。敵と遭遇しては、頭を使わず正面から攻撃。それだけで倒されていく。

「確かに面白いかもですけど……せんぱい、これ、ずっとこれやってるんですか?」

「最近はともかく、夏休みまでは、ずっとやってたななー」

 いまでも何もすることのない、暇なときはつい時間を費やしてしまう。

 他に有益なことでもすればいいのだろう。姉にも言われたことはある。でも、してしまうものは仕方がない。

「昔と真逆ですね……せんぱいは私と会った時のこと、覚えてますか?」

「……いや、覚えてない。悪い」

「別にいいですよ。まあ、昔のことですもんね」

 ともりはコントローラーを軽快に動かして、複数の敵をなぎ倒していく。画面に視線を向けたまま、語り続ける。

「図書室で本を読んでた私を、いきなりせんぱいが連れ出したんですよ。お前、暇そうにしてるな! なんて言って」

「俺、そんなこと言ってたっけ? 本当に?」

「そうですよ。せんぱいは、天の岩戸に隠れていた私を連れ出したんです。なのにいまは、せんぱいは家に籠もってゲームに夢中だなんて……なんだか面白いなーって。それだけです」

 それだけ、と。

 ともりは言い切ったあとは、黙々とゲームを続ける。

 記憶がないのは、たぶん、そのときの俺にとっては、なんのことはない出来事だったのだろう。同じ公園にいた相手はみんな友達、だなんて風に思えた時代のことだ。

 今では、そんなことはできるはずもない。

 俺が郷愁に浸っている間にも、ともりはいよいよボスの前に立ち向かっていた。大型の巨人を前に、回避と接近、攻撃と防御を繰り返し、HPを削っていく。初見での戦いとは思えないほどスムーズで、さりとて最適化はされていない、ぎこちない接戦を眺める。

 何分もかけて、その繰り返しの中。ようやく巨人が倒れたと思った、そのとき。

 視界が一瞬、真っ白になる。

 そして、部屋の中が暗くなる。

 破裂するような音が、近くに聞こえた。思わず耳を押さえたが、遅い。きーん、という耳鳴りが、しばらく残る。

 耳鳴りが落ち着いてきてから暗くなったのは、停電したためだと気づいた。

「雷、だいぶ近くに落ちたみたいだな……」

「……ですね」

 気づかなかったのか、あるいはいま降り出したのか。強い雨音が外から聞こえてくる。窓の向こうは土砂降りだ。まだ十五時なのに暗雲立ちこめているせいで、部屋の中まで薄暗い。

「いいところだったのに、タイミング悪いな」

「というか、あの、せんぱい……セーブ、最後にしたの、いつでしたっけ。というか私、してましたっけ……?」

「……まあ、どんまい」

「あーもう! ふて寝します!」

「え、おい」

 止める間もなく、ともりは勢いよくベッドの中に潜り込む。ここは俺の部屋で、つまりは俺のベッドの上だ。

 ともりは毛布に包まり、顔だけ出してこちらを向いてくる。

「天岩戸~」

「……ボケたいのは分かったから、出てきてくれ。勝手に人の布団に入るな」

 俺の注意も構うことなく、毛布を入ったままでいる。

 ざあ、と強い雨音が鳴ってから、

「私、思うんですよね。天岩戸の話って……最初から二人で入っていれば、あとは出なくていいのに、って」

「……なんの話だよ」

「昔、こんなことありましたよね。ほら、海で遊んでた時。雨が突然降ってきて、そこで穴場で雨宿りしたり」

「……そういや、そんなこともあったな」

 海辺の岩場にあった小さな洞窟は、幼い頃の秘密基地のようなものだった。そこに二人で隠れて、雨が止むまでしばらく待った。特別、何かをしたわけでもないはずだ。ただそれだけのことだ。なのにともりは、くすぐった誘うに笑っている。

「懐かしくて、ちょっと楽しいです。ほら、少し肌寒くなってもきましたし、せんぱいも入って来てもいいんですよ?」

 ともりはそう言って、右腕を上げる。カーテンのように、ともりの右脇に小さい穴が作られる。子供ならともかく、いま入るには流石に小さすぎる大きさだ。

「入らないし、そもそもそこは俺のベッドだ」

「つまんなーい、せんぱいのいくじなしー」

 楽しげなともりに、呆れてため息が出る。

 スマホで今の状態を確認する。流石に、この大雨の中で返すわけにもいくまい。

「……雨は夕方には止むみたいだ。ただ、けっこう全体的に停電してるみたいだから……復旧には、時間がかかりそうっぽいな」

「そうですか。じゃあ……私ちょっと寝ますね。時間になったら、起こしてください」

 言うや否や、ごろりと横に反転して、それから僅かな時間ですうすうと寝息を立てる。

「おーい、制服のまま寝ると皴になるぞー……いや本当に寝やがった、こいつ」

 寝入ってしまった相手を起こすことも、気が引けた。諦めて、床に腰を落ち着ける。

 寝息と雨音。時折、遠くに雷が落ちる音。

 やけに、自分の居る場所の輪郭がはっきりとしている気がした。

 夏休みを終えてから、今に至るまで、慌ただしい日々だった。落ち着かない、と言いかえてもいい。イサナのせいで、ずいぶんと忙しい日々だった。

 一人で過ごしていた間は、単なる静寂は耳障りだった。受験も、進学も、就職も。何もかもを考えたくない。そんな風に、意識を閉じることに終始していた。

 だからこそ、こんな風に落ち着いて雨音に耳を傾ける時間はいつ以来だろうか。

 不思議と今は、この時間を素直に受け入れる事ができた。

 目を閉じて、今この瞬間に心を委ねる。


「せんぱい、起きてますか?」

「……あ? ともり? ……悪い、寝てた。いま何時だ?」

「ちょうど十七時ですね。そろそろ帰ろうと思うので、一声おかけしました」

 気づけば俺も寝てしまったらしい。床に座って寝たから、体が痛い。

 窓を見れば、雨も止んでいる。既に日がほとんど落ちて、暗い夜の時間が近づいていた。

「送っていくか?」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。バス停まではすぐですし。それよりせんぱいも、この時間は外に出ないように気を付けてくださいね。悪い狼に食べられちゃいますよ……せんぱいは無防備ですから」

「なんだそりゃ」

 ともりがよくわからないことを言うのは、いつものことだ。適当に聞き流す。

 玄関まで見送った後、ブレーカーを上げれば、電気が復旧する。

 ふと、気になってゲームをつけてみると、ともりのセーブデータはなかった。

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