第15話
小学生の頃の話。
新しくホームセンターが出来た。新しいゲームが出た。そうした物珍しさの移行に乗り損ねた二人がいる。
物部ともり。一つ年下の幼馴染みと俺のことだった。
いつ頃から仲良くなった、だとかそういう記憶は無い。学区が近く、自然と顔を合わせるのが多く、当たり前のように、他の奴らと混ざって一緒に遊んでいただけ。
ともりは、オカルト系の話を好んでいつもしていた。「巫女だから」と語っては、学校の噂話やら、ネットで見つけた心霊現象、果ては自分で創作した怖い話、なんてものもあったはずだ。それを自慢気に語り聞かせるともりと、大げさに面白がってみせる俺、なんていう関係で、一緒にいた気がする。
やがて話題に乗り遅れて、ゲームの流行からも隔絶していく。外で遊ばなくなる他の友達を尻目に、俺達は二人で駆け回る。落ち着きのある二人でもなかったから、街の至る所を歩いて行った。
結局、遊ぶための口実だ。一緒に楽しめれば、あのときはなんだってよかったのだ。
暑い日に走るのが楽しい。歩いた先で、思いついた話をおおげさに語ってみせる。目についたものに、勝手な理屈を付けては面白がる。さながら、横断歩道の白線以外を、崖とみなすような、そんな遊びをしていた。そんな時間が楽しかった。
こういう日が、いつまでも続けばいい。
そんな宝物とも思える記憶を、感情を、俺は何一つ覚えていなかった。
水瀬イサナと同じ顔をした女を見つけた、その後の話。
すぐに救急車を呼び、俺が見つけた人物は病院へと運ばれた。警察から事情聴取も受けたけれど、すぐに開放されて放り出される。
水瀬イサナには勿論連絡済みだ。日付が変わる前にようやく返ってきたのは『落ち着いたら話す』という、簡素な一文だけ。
いつも通りの飾らない文章。俺が海辺で見付けた女が何者であったとして、俺にできることはない。向こうから話すのを待つだけになる。
翌日から、水瀬イサナは学校に来ない日が続いた。
瞬きの間に九月が過ぎて、十月になる。
一週間が経っていた。その間、水瀬イサナからは、連絡は来ていない。
一言くらい、教えてくれてもいいんじゃないのかと、思わないでもない。しかし、落ち着いたら、と連絡されているのだから、まだその時期ではないのだろう。こちらから連絡するのも躊躇われる。
手持ち無沙汰になった俺は、さりとて何もすることがない訳ではなかった。
水瀬イサナに連れ回されることはなくなった。一方で、俺の生活のサイクルの中で、新たに変わったことがある。
物部ともりとのことだ。再会して以来、なにかと、放課後に顔を合わせて話すようになった。特に示し合わせはしていない。顔を合わせたときにだけ雑談する程度。帰りの、バスを待つまでの時間制限付き。
ただ、今日は少し、いつもと違うものだった。
「お話したいことが、あるんです」
なんて風に言われてしまえば、断ることもできない。理由もない。近くの喫茶店まで来て、腰を落ち着けていた。
チェーン店なんて小洒落たものは、こんな寂れた街には来ていない。個人経営の、昔からありそうな薄ぼけた店内。その隅で、膝をつき合わせている。
ともりは砂糖とミルクをたっぷりと入れたコーヒーを、ちみちみと飲んでいる。甘党なのは変わらないらしい、と少し微笑ましく見てしまう。そうした昔と同じ所作を見ると、安堵する。
「せんぱいは、高校に入ってから彼女できました?」
「藪から棒になんだその質問」
「いえ……以前、美人な方と歩いているのを見かけたので」
俺と一緒にいた美人、という存在に、嫌々ながら心当たりは一つしかない。イサナのことだろう。
「……ただのクラスメイトだよ。そういうお前はどうなんだよ。こんなところで、俺なんかと話していいのか?」
「いいんです。それに私は巫女なので」
巫女だから。理由になっているようで、やっぱりなっていない気もする発言。それは、ともりの昔からの常套句で、懐かしくも変わらない台詞だった。
「ともりは、変わらないな」
「せんぱいは、結構変わりましたよね」
「……そうか?」
「肌が心なし黒くなってます」
「日焼けがな。ともりはバイトとか部活とか、してるのか? 友達はいるか? 虐められたりしてないか?」
「なんかお母さんみたいですよ、せんぱい」
「そんなつもりはないけど……まあ昔はさんざん面倒見て来たからな」
面倒をみた、なんていうのは結構嘘。自分を慕ってくる年下の相手に、わりと年相応に調子に乗っていた気がする。うろ覚えだから、気のせいだと思うことにしよう。うん。
「学校は、可もなく不可もなくで普通です。放課後は家の手伝いと……日が沈むのを眺めてるくらいですかね」
「老後か」
ともりはくすくすと笑いを返す。
「せんぱいは、やっぱり昔とお変わりないみたいですね……小学生の頃みたいなツッコミに、ちょっと嬉しくなりました」
「その部分が変わってない情報、あんまり嬉しくないかもな……」
「あ、語彙がちょっと増えて、表現が昔より豊かになってますよ」
「……フォローありがとう?」
「というわけで、神社でお手伝いをしてますので、せんぱいもご用があればいつでも来て下さいね」
「……機会があればな。神頼みは、最近したししばらくいいよ」
特に願いたいことや、頼み事があるわけでもない。まあ、イサナの妹(推定)の無事を祈るくらいはしてもいいのかもしれないけど。
俺の言葉に、ともりはなぜか口を尖らして不服そうだ。
「……せんぱい、他の神社にお参りしに行ったんですか……?」
「どういう嫉妬だよ。そこ引っかかるところなのか?」
「いえ、ノリで言いました」
「雑だなー! というかほら、神社じゃなくて、あれだよ。えびす目石。覚えてるか? あの、祈ったら探し物が見つかるってやつ。そこに行って来ただけだって」
「えびす目石……ああ、かえり石のことですか。いまは、そんな名前で呼ばれてるんですね」
「そうそう、多分それ。俺でも聞いてたみたいだし、やっぱり知ってるよな」
「知ってるも何も、だってそれ、最初に広めたの私ですし」
「え?」
大げさに開いた口を手で隠して、信じられない、とばかりに驚く素振りをしてくる。
「せんぱい、本当に覚えてないんですか? 私、だいぶ前に話してたじゃないですか」
「冗談じゃなく? マジで?」
「マジのマジです。ほら、昔一緒に架空の言い伝えとか作って、遊んだじゃないですか」
にわかには信じがたい発言が出てきた。しかしすらすらと述べるともりに、嘘をついている気もしない。
しかし、そう明かされると、思うところことがある。
「なんだか御利益なくなってきたわ……」
「ひどい言いようですね!? 巫女の娘をなめないでくださいよ!」
「巫女関係あるのかよ」
「神は言いました、信じる者は救われる、と」
「それ別の宗教の言葉だろ」
「諸説ありーます!」
というか話が完全に脱線してることにいまさら気づく。元はといえば、ともりが用事があると引き留めてきたのがここに来た理由だ。なのに脱線に次ぐ脱線。いい加減、本題に入って貰ってもいい頃合いだろう。
「で、話したいことってのは、なんだよ?」
「そういえばそんな口実で引き留めましたね。用なんてないですよ」
「おい」
「ただ、せんぱいとお話したかっただけです。だめ、ですか?」
さらりと、ともりはそう告げてくる。上目遣いに、どきりとする。他意はないだろう、と意識。意識して、返事を組み立てようとするが、これが中々上手くいかない。
そうこうしていれば、ともりはにやりと笑う。そのいたずらっぽい表情に、ようやくからかわれていると気づいた。
「なーんて。ふふ、ちょっとどきどきしましたか?」
「……そういうの、一体どこで覚えてるんだ」
「あ、照れた時だけ保護者になるの禁止ですよ! 禁止!」
「うっせえ」
誤魔化しはすぐにバレて咎められる。まあ、許してやろうと寛大な気持ちになる。慣れ親しんだ者同士の、戯れだ。
戯れにしては、ちょっと困るところはあるものの。
「……別に、理由を付けなくても、いつでも話してやるから……そういうのはあんまりやめてくれよ」
「わかりました! 任せて下さい!」
「返事だけはいいやつだろ、それ」
ともりは否定も肯定もせず、グラスを勢いよく傾けて、底の残りを飲み干す。
「では、私はそろそろ帰らないとなので! 出ましょう!」
言われて時計を確認すれば、もう十六時半。コーヒー一杯で長居するのも悪いし、健全な学生にしては、まあまあいい時間か。
先に領収書を持っていく。問答も何もなしに、二人分の料金を払う。年上としてのささやかな見栄だ。
「せんぱい、いくらです?」
「……まあ、ほら、今日は俺が奢ってやるから」
「ほんとですか! ごちそうさまです! せんぱい、おっとこまえー!」
「調子の乗せ方が雑すぎる」
カフェを出る。バス停まで向かう。方面は異なるから、その場でお別れだ。待つ時間も殆どないまま、ともりが乗るバスがすぐにやってきた。
乗車前に、ともりはくるりと俺を振り返り、一言。
「じゃあせんぱい、また明日、です」
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