第11話

 土曜日になり、毎度のように水瀬と海へ向かった、その道中のこと。

「通行止めとか、マジか……マジかぁ……」

 学校で相談されたとき、近道として教えた場所。昔通った事のある道は、そこはなかった。あったはずの昔通った道も、今や広い庭付きの一軒家に隠されている。

 事前に地図アプリでも調べたときには、俺のイメージ通りの順路が表示されていた。なのに、『この先私有地につき、立入禁止』の看板が、無情にも立ち塞がっている。

 もう一度、看板を見てもその表示は変わらない。

 あるいは、想定して然るべきだったのかもしれない。電車さえ通っていない寂れた町とはいえ、少しずつ街並みは開発されて、変化している。

「……悪い、イサナ」

 ヘルメットを外し、水分補給中の水瀬に一言詫びる。イサナの表情はいつも通りに涼しげだ。おまけに、

「別に、気にしなくていいわよ。生きていれば、そういうことくらいあるもの。一々咎めたりしないわ」

 なんて風に、気遣ったような物言いが返される。

「それと、私も事前に調べていたのだけど……この近くにお洒落なカフェがあるみたいなの。今日は、そこに先に寄ってから行きましょう」

「いや、そっちが目的かよ」




 カフェには行き止まりから五分もかからずに辿りついた。

「すみません、水瀬で予約した者です」

「予約済みなのかよ」

 準備万端というか、元から来る気満々じゃねえか。とか言ってやりたくなるくらいには、イサナは涼しい顔をしている。

 カフェは、広い家を丸ごと改装したようなものだった。人里からは、やや離れているのに意外と客が多い。それも女性客ばかり。俺が一人なら、こんなお洒落な場所には足を踏み入れることもない場所だと思わされる。

 海が見通せる、奥のテラス席に通される。そこからは、この間散策した場所が対岸にある。丸々歩いたのかと思えば、感慨深いものがあった。

 店員に渡されたメニューを水瀬は開いて、俺へと向ける。

「ここのティラミスが絶品みたいなの」

「その調査も万端なのかよ」

 突っ込みどころが多すぎて、既にお腹いっぱいな気分だ。

「私としては、付き合わせてしまっている鳩羽くんをねぎらう意味も込めて予約したの。悪い?」

「いや……いや、悪くはないんだけど」

 イサナが俺をねぎらう、という言葉に釈然としない。何か、変な頼み事でもされるのではないか、なんて警戒心が先立ってしまう。

 表情が乏しいから、読み取ることもできない。いっそ、何も考えていないと言われた方がまだ理解できた。

 結局、二人してティラミスを注文する。待ち時間の間に、イサナは俺に尋ねてくる。

「鳩羽くんって、聖くんと仲いいのね」

「イサナでも、聖の名前は覚えてるんだな」

「あら、嫉妬? 男の嫉妬は醜いわよ」

「ああ言えばこう言うなお前……そのうち碌な目に遭わないぞ」

「心配しないで。鳩羽くん以外の他の人とは、こんなに話すことないもの」

「それは心配しなくていいことなのか……?」

「それで、一匹狼の鳩羽君は、どうして聖くんと仲がいいのかしら」

 どういう意図での質問だ、と疑問が真っ先に来る。ただ、のらりくらりと躱されそうな気がした。

「聖が俺なんかにもいいやつだからだ。いいやつを無碍にするのは、なんかこう、違うだろ」

 ふうん、とイサナは納得したんだかしていないのか分からない感嘆を返してくる。

「鳩羽くんが、私のいい人になってくれるかしら?」

「言い方が違くないか?」

「冗談よ」

「……あんまりそういうからかい方はやめてくれ。困る」

 話している間に、デザートはやってくる。自家製のティラミスの横に、苺にキウイなどの果物が添えられている一品だ。盛り付け方からして凝っている。

 正直、食べるのがこの時点で惜しい、と思わされた。デザートを食べるのは姉が買ってくるコンビニくらい。こういう、凝った料理を食べに来るということはない。

 恐る恐るフォークを刺して、口に含む。上品、とも言うべき甘さが、口に広がる。舌の肥えた人間が食べたなら、もう少し言葉を捻り出せただろう。しかし庶民の舌では、ただ、おいしいとしか形容できなかった。

「どう?」

「……美味いな。めちゃくちゃ美味い」

「そう、ならよかったわ」

 イサナは、それだけ言って自分も口に運んでいく。俺みたいに唸ることなく、フォークで小さく分けて、黙々と。

「……その、食べているときに見つめられるのは、私でも恥ずかしいのだけど」

「あ、いや、悪い」

 その所作に、つい見惚れていたら咎められてしまった。

「……綺麗に喰うなって思って。悪い。変なつもりじゃなくって」

「そんな慌てて弁解しなくていいわよ。私の家、お婆ちゃんがそういうの、厳しいからってだけよ」

「そ、そうか……婆ちゃんと一緒に暮らしてるんだな」

「ええ、二人暮らしよ」

 当然のようにイサナは語る。俺は一度口を開いてから、なにも言わずに閉じる。

 口を開いたのは、例えば、両親とはどうしているのかだとか、なんで祖母との二人暮らしなのか、とか。そういう疑問が湧いたからだ。閉じたのは、俺が聞いても意味のないことだからだ。

「お父さんとお母さんは、東京に居るわ。私、元々そっちに住んでるから。こっちに来てるのは、私だけ」

 イサナは当たり前のように自分から語ってくる。

 来た理由に当てはまることはもちろん、妹を探しに、だろう。

「……よく許してもらえたな。妹を探してるのは、言ったのか?」

「言うわけないじゃない。鳩羽くんは、私をなんだと思ってるの?」

 流石にその辺の常識はあるようだった。いや、あると言えるのか?

「こっちの方に住みたいって説得したら、お婆ちゃんと住むことで許してもらえただけ。条件もつけられたけどね。長期休みには実家に帰ること。勉強を疎かにしないこと。そして、海には近づかないこと」

「……最後は思いっきり破ってるな」

「そうね。だから妹を探してるって話したのは、鳩羽くんにだけよ」

「……そうか」

 口の中にほんの少しだけ、苦いモノが広がった。

 イサナは、自身の身の上を明かしてくれている。

 俺は、未だに何も渡していない。

 パラソルの向こうへ目を向ければ、快晴そのもの。それが嫌味なくらいに眩しい。

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