第10話

 五限目、古典の授業。どうにも眠気を誘うのは、昼飯を食べた後というだけではない。

 それと同じように教室内で、視線を向けてくるクラスメイトがいるのは、俺が自意識過剰なだけではないだろう。

 クラスなんて狭い社会では、人間関係は格好のゴシップだ。そこに水瀬イサナが関わるともなれば、尚のことだろう。俺だって分かる。

 一人の人間が一人でいるだけでは、水瀬ほどでもなければ話題になることはない。一方で俺みたいな人間は二人以上になっていて、初めて視線が向けられる。つまり、俺に視線が向けられているのは、完全にとばっちりだった。

 とはいえ直接聞いてくることもないだろう。消極的無関心。遠目で噂されるだけ。

 もちろん、ただ一人を除いて。




 カラオケに連れて来られた。誰に? 当然、聖に。

 教室で問い詰められても困るだけだ。場所を移してくれた配慮はありがたい。が、わざわざここまで来る必要があるのかとも思わないでもなかった。

 授業が終わって直ぐに、「今日はカラオケ行くぞ!」と聖に引っ張ってこられていた。

「つーわけで、いい加減、どういうことか教えてくれよ~!」

「……とりあえず、マイク越しに話すのはやめてくれよ」

 マイクを片手に歌うように話すから、音が部屋全体に反響する。無駄にいい声で言うものだから、わざとらしくて気持ち悪い。

「……それで、水瀬さんとはどういう仲なんだよ。どこまで進んでるんだ? というかなんで黙ってたんだよ」

「どういう仲でもないし、どこにも進まないし、別にお前に話す必要もないだろ」

「冷てえなぁ!」

 大げさにリアクション。とはいえ、何もないでは引かないだろう。だから部分的に答える。

「水瀬に、相談をされてるんだよ」

「相談?」

「以上」

「……いやいやいや、もっとこう……なんか、あるだろ!」

「守秘義務があるから、これ以上は遠慮してくれると助かる」

 大仰な言葉を使って誤魔化す。頼み事をされているのは、嘘ではない。

 腕を組んで、ううん、と唸る聖。

「つまり、アキノは相談に乗っていると。相談であるからには守秘義務があると。だからなにも言わないと。一緒にいたのも、あくまで相談に乗っていただけと。そういうことだな?」

「まあ、そうなるな」

「なら仕方ないな。よし、じゃあ歌おうぜ! ……なんだよ、鳩が撃たれたみたいな顔して」

「……豆鉄砲にな」

 その言い方だと死んでるだろ、鳩。

 あっという間に受け入れて、すぐに話を切り替える聖に、呆気にとられてしまっていた。

「……いや、サラッと流されるとは思わなかったんだよ。もう少しネチネチしつこく聞かれてもおかしくないだろ……その、黙ってたんだし」

「まあ、色々事情があることは分かったから、クラスのやつらには適当に言っとくよ。誰か聞いといておかないとな。アキノ、そういうの嫌だろ?」

 聖の理知的な発言に、俺は目を見開いてしまっていた。

「聖……お前、色々考えて生きてるんだな」

「ひでえ! ……が、まあそれは許す! それに、今日の本題はお前と遊びに来ることだからな!」

「え? こわ……」

 何を突然言い出すのかと、距離を取る。扉は真横、退路は確保できている。

「いやこわくねえだろ! お前、いっつも遊びに誘っても来ないんだから」

「いやほら、呼ばれるときは他のやつらがいるだろ。俺がいても盛り下がるだけだし……」

「だーから、今日は男二人で来てるんだよ。ほら、曲を選べ!」

 どうやら本当にこれが本題のつもりらしい。渡された機械を触るが、あまりこういうところには来ない。何を歌えばいいのか悩ましい。

 もたつく俺に、聖は意地の悪い笑みを浮かべて聞いてくる。

「そんで実際、水瀬との仲はどうなんだ? ん?」

「どうもねえよ。帰るぞ」

「いや悪かったって! ……にしても、なんでお前に相談したかくらい、教えて貰ってもいいだろ?」

「……いや、まあ、俺も、友達がいない方だからな。逆に話しかけやすかっただろ」

「なに言ってるんだよ、お前には俺がいるだろ~?」

 聖はなれなれしく肩を組んでくる。されるがままでいるが、正直、苦笑いしてしまう。

「というか……いや、いい」

「ちょ、途中で話すの止めるのやめてくれよ~。そういうやつ一番気になって眠れなくなるんだよ」

「……お前も、なんで俺なんかに構うんだよ」

「え、なに? その一匹狼系の台詞」

「そういうのじゃなくて……ほら、聖は仲いいヤツ、多いだろ。友達百人できるかなタイプなのはわかってるけど、別に俺じゃなくてもいいだろ」

 結構疑問だったことを、口にしてしまう。言ってから、めちゃくちゃ恥ずかしいことをいってる気がした。けれども聖は快活そのもののように笑ってから、返してくる。

「いやほら、俺はこう見ての通り、調子乗りじゃん? だからさ、やたらテンションの低いお前がいればバランスいいかなって。アキノもなんだかんだで、ちゃんと話も聞いてくれる方だし?」

「……どんな理屈だよ」

「我ながら完璧な理屈だろ」

 呆れはする。でも、悪い気はしない。

 水瀬には、自罰的な感情で一人になるなと言った。それなら自分はどうなのか。意識的に無気力になっていた可能性はないか。

 別に、他人と積極的に変わろう、なんて前向きな気持ちがあるわけではない。ただ、聖のことは嫌いではないのだ。

 聖はいいやつだ。そんないいやつが、友達だといってくれるのだ。その一点において、自分に価値を認めてやってもいいのかもしれないと、思えてしまう。我ながら単純な人間だ。

「……そうだな、じゃあ聖に次誘われたら、そのときはどこにでも行ってやるよ」

「マジ? そんじゃあさ、水瀬さんも呼んでくれよ」

「話するだけな、期待はするなよ」

「あとは何かな……そうだそうだ、来年は一緒に海に行こうぜ! 今年は行けなかったからな!」

「それは嫌だ」

「いや、ここは肯定する流れだろ!?」

「……海とかプール以外なら行くから……適当に考えて老いてくれ」

「え!? じゃあ……泊まりで温泉でも行くか!?」

「それも却下だ」

「なんで!?」

 他愛もない話をする。

 これまでサイクルの生活が一番だと思っていた。別に、それ自体の認識は変わっていない。

 ただ、たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。

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