第4話 暴れる巨人

 ――とてつもなく、でかい


 そいつの第一印象はその一言に尽きた。


 こん棒を持った一つ目の巨人だ。

 

 足の裏だけで民家3軒分はあり、その両足で森の木々を踏みしだいて、天に向かって伸びる巨体を支えている。

 信じがたいことに頭の先が、少し離れたところにある小山の高さを超えていた。

 見ていると遠近感がおかしくなりそうだ。


 そして顔。

 人間に似ているが、一つしかない瞳は黄金色に輝いている。

 こちらの世界に現れたばかりなのか、少し眠たげな半眼だ。


「間違いない……あの金色の目は、単眼巨人キュクロプスの中でも最強と言われるギガンテスだ」

「で、でも、巨人って魔界にしかいないんじゃないの!?」

「わからん……魔界から送り込まれたか、もしくは誰かがこちらに招いたか――」


 そこまで言ってから、俺はふとディミトリのことを思い出した。

 たしかあいつ、最強の召喚術を手に入れたとか言っていたが、まさか……。


 気が付けば、俺たち以外の住民も、通りに出て呆然とした顔で巨人を眺めていた。

 あまりに突発的な事態に、逃げたらいいのか悲鳴を上げたらいいのか皆わからないといった様子だ。

 

 突然、巨人のふくらはぎ辺りで炎がはじけた。

 それまで、ぼんやりと突っ立っていた巨人が初めて反応をしめす。


 目を瞬かせて、ゆっくり後ろを振り返るギガンテス。

 その動作だけで半壊していた森がさらに何割か削れてしまう。


「見て!」


 エリーヌが指さす。


 そちらに視線を飛ばすと、遠くから炎の導線が伸びてくるのが見えた。


 巨人に命中した瞬間、再び炎が上がる。


「軍港の人たちだわ!」

 

 町の北には、去年竣工したばかりの軍港がある。

 常時、王国軍が詰めており、その中にはこの町出身の手練れの攻撃スキル使いたちも多数いる。


 三度軍港から火線が伸びた。


 またしても命中するが、巨人は微動だにしない。


「ぜんぜん効いてないな……」


 おそらく、複数人の力を合わせて炎の高位魔法を撃っているのだろうが、いかんせん相手があまりにもでかすぎる。

 数メートルは分厚さがありそうな巨人の皮膚には、やけど一つついていなかった。


 巨人は不思議そうに、攻撃の飛んできた軍港の方を眺めていたが、やおらそちらに足を進め始めた。


 ズシン、ズシン、ズシン――


 奴が一歩踏み出すごとに、遥かに距離が離れているはずの俺の足元にまでダイレクトに振動が伝わってくる。

 踏ん張っていないと立っていられないぐらいだ。


 巨人が近付いてくると、港から狂ったように魔法が放たれ始めた。


 炎の渦、氷の矢、水の刃――


 魔法だけでなく、光をまとった巨大な矢じりなどの物理攻撃系遠距離スキルも放たれる。


 すべてが命中し――そしてまったく効果がなかった。


 巨人はむしろ楽しい遊び相手を見つけたように、嬉々として軍港へと駆け始める。


「…………逃げてっ!」


 エリーヌが悲鳴を上げた。


 次の瞬間、巨人の足が軍港の建造物を吹き飛ばした。

 20メートルはある倉庫がまとめて3つ宙を舞う。


 そのまま、足を踏み鳴らす巨人。


 まるで子供が積み木を壊しているような印象を受けるが、飛び交う建造物の合間を動く点はすべて人間だ。


「ひどい――」


 エリーヌが口元を押さえて、呟いた。

 

 ものの数分もしないうちに、軍港は更地になっていた。

 もちろん、生きて動くものの姿はない。

 巨人以外はだが。


 怪物は満足げに金色の目で周囲を見回していたが、やおらこん棒を振り上げた。


 本体のインパクトが強烈過ぎて気付かなかったが、この武器も普通ではない。

 なにしろ長さ100メートル、幅10メートルはあるこん棒だ。

 まちがいなく、この世界で作られたものではないだろう。


 仕上げとばかりに、こん棒を振り下ろす巨人。

 港に係留されていた軍艦が木っ端みじんに吹き飛ぶ。


 中に身を潜めていた兵士たちが、文字通り海の藻屑となってあたりの海面にまき散らされるのが見えた。


 それで最後だった。

 王国の精鋭に守られていたはずの港は全滅した。


 巨人の出現からここまで、まだ15分も経っていない。


「まずいな……」


 俺はうめくように呟いた。


 巨人の単眼はこちらを向いていた。


 次のターゲットをこの町に決めたのだ――

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