第3話 超大型巨人、現る!

「さっそくだが、スキルを試してみたい」


 帰宅するとすぐに、俺は幼なじみのエリーヌに言った。


 ――攻撃を弾く。その後、体勢の崩れた相手に致命的な一撃を加える


 それが女神から例のスキルを授かった際、俺の頭の中に流れてきた情報だった。


「……弾くって?」

「おそらく、盾などで相手の攻撃を迎撃するという意味だと思う。ということで、その木剣で打ち込んできてくれ」


 木剣を構えたエリーヌが、ちらりと俺の左手の物を見た。


 彼女が、大丈夫かなーという顔をしているのも無理はない。

 俺が手にしているのは、盾などではなく、ただの木でできた鍋蓋なべぶたなのだから。


「これしかなかったんだから仕方ないだろう」

「うん、まあ……」


 この町では盾は手に入らない。

 なぜなら防具屋自体が存在しないからだ。


 攻撃スキル偏重のこの町の戦闘スタイルは『攻撃こそ最大の防御』である。

 敵が攻撃してくる前にこちらの攻撃で倒してしまえば、防御の必要などないという考えが浸透しているため、そもそも『防具を身に付ける』という習慣がないのだ。


 というわけで、鍋の蓋で代用した次第である。


「じゃあ軽くいくね」


 エリーヌが遠慮がちに、木剣を振る。

 子どものチャンバラ程度の速度で、モーションも丸わかりだったため、素人の俺でもさすがに簡単に合わせることができた。


 ――ドン


 鍋蓋が剣を弾いた瞬間、腹の底に響くような音が響いた。

 明らかに木と木がぶつかった際に出る音ではない。


 同時にエリーヌの上体が、ぐるんと半回転する。


「……いや、さすがにそれは大袈裟すぎないか?」

「わざとじゃないよ! なんか勝手にこんな格好になっちゃったんだよ!」


 エリーヌはいたって真剣にこたえる。

 どうやら、スキルが発動したのは間違いないようだ。


「ちょっとアレン君、なにボーッとしてるの? 早く私に打ち込まないと」


 立ち尽くす俺に、エリーヌがうながす。

 彼女の言う通り、ここで俺が軽く反撃して、カウンター性能まで確認する手はずだったのであるが――


「……いや、やめておこう」

「なんで?」

「『致命的な一撃』という表現が気になるんだ。もしかしたら、軽くやっても大怪我するレベルの威力になるのかもしれん」


 のちほど、俺はこの自分の判断に死ぬほど感謝することになるが、この時点では恥ずかしながら、このスキルの本質をまったくわかっていなかった。


「あと何発かやってみていいか」

「りょーかい!」


 ドン。

 ぐるん。


「なんかワルツでしくじったみたいなポーズだな」

「いや、マジで勝手にこうなっちゃうんだってば」


 ドン。

 ぐるん。


「よし。コツがのみこめてきたぞ」

「あはは、なんかクルクルするのけっこう面白いかも」


 俺たちはさらに数回『パリィ』を試した。


 そして休憩する。


「……………………」

「……………………」


 気まずい沈黙が降りた。


 ……あまり期待していなかったけど、それにしたって地味なスキルだ。

 攻撃を防ぎたいなら普通に盾受けすればいいし、まあ相手の体勢を崩すのが特徴と言えば特徴だが、それにしたって、ちょっと力のあるファイターならいともたやすく再現できるだろう。

 スキルとして取得した意味なんて、あるのだろうか……。


「ほ、ほらアレン君! スキルだけが人生じゃないって」


 場の空気を振り払うように、幼なじみが明るい声で慰める。


「スキルとぜんぜん関係ない仕事をしてる人だっているし、アレン君も自分にあった職を探せばいいよ」


 祝福の儀を終えると、この国では成人したとみなされる。

 つまり、俺は明日から仕事を探さねばならない。


「ちなみに、エリーヌはどんな仕事が俺に向いていると思う?」

「え? …………えーと?」


 顎に人差し指を当てて、斜め上を見やるエリーヌ。


「せ、専業主夫?」

「それが職業であるかは置いておくとして、一人でなれるものなのか」

「も、もちろんパートナーがいるけど…………」


 ふいに彼女は手をモジモジさせ始めた。


「……こうみえても私、ここ半年でけっこう稼いだよ? 家のことは旦那に任せて、バリバリのキャリアウーマン人生でもOKだし」

「なぜおまえの人生の話になるんだ?」

「だ、だから――」


 俺はフッと笑みを浮かべた。


「まあ心配するな。むしろ俺は好機だと思っている」

「え?」

「この町を変えるには、攻撃型スキルではなく、防御型スキルの持ち主であった方が存外近道になるかもしれん。防御型の俺が攻撃型より活躍すれば、町の重鎮どもも、見て見ぬふりはできまい?」

「……………………すごいなアレン君は。まだ諦めてなかったんだ」

「もちろんだ」


 具体的なプランは、まだなにも考えていないけどな。


「とりあえず、スラムに引っ越す準備をするから手伝ってほしい」


 轟音が響いてきたのは、その時だった。

 

 ――ドォォォォォォォン!!!


 部屋全体が大きく揺れる。


「な、なに!?」

「わからん。だが、外からだ!」


 俺たちは屋外に飛び出す。


「「な――――――――――――」」


 思わず同時に声を上げた。


 町の北側にある森林が半分ほど吹き飛んでいた。


 そして、そこに立っていたのは――


「バカな……巨人族だと?」


 魔界以外には存在しないはずの伝説の巨人、ギガンテスだった。 

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