第2話 アレン、蔑まれる

 ――汝、アレン。ミハイルとメアリーの子よ


 ひざまずく俺の頭上から声が降り注ぐ。


 ここは礼拝堂。

 15歳を迎え女神から祝福を受ける者は、皆、今の俺と同じように女神像に跪拝きはいを捧げる。

 すると、このように天から降る光とともに、啓示を受けるのである。


 礼拝堂には町の重鎮たちが並んで座っていた。

 全員、攻撃型スキルの持ち主で、最強の両親を持つ俺がどのような攻撃スキルを得るのか、興味津々といった様子である。

 気の早いことに、シャンパンを手にして祝福の準備をしてくれている人もいる。


 だが、俺は正直彼らがあまり好きではない。

 特権を貪り、他のスキル保持者を差別しているからだ。


 そんなことを考えていると、再び女神の声が響いてきた。


 ――そなたに力を授けます。力の名は『パリィ』


 降り注ぐ光の色が、柔らかな黄金色から鈍い銅色へと変じる。

 これは――


「あの光の色は………防御型スキル!?」


 誰かが叫んだ。


 光が天に帰るように消えてゆく。

 祝福の儀が終わったようだ。


 シーン、と場が水を打ったように静まり返る。


 やがて居並ぶ名士の一人がぽつりと言った。


「まさか、あのミハイルとメアリーの息子が防御型とはな……」


 町長だ。

 彼が口火を切ると、他の面子も口々に騒ぎ始める。


「どんな素晴らしい攻撃スキルなのかと期待していたのに」

「俺は、上位の攻撃型だと思って、大金を賭けてしまったよ」

「わしなんぞ、伝説級の大穴狙いじゃったぞい。全部パーじゃ」

「あの鈍い色は下位スキルじゃないか? 防御型の下位スキルって……」


 場の雰囲気は徐々に剣呑になってゆき、やがてそれはある人物へと向かった。


 すなわち俺にだ。


 一方の俺はというと、彼らのバカ騒ぎをよそに、小首を傾げて一人考え込んでいた。

 

 ――パリィってなんだ?


 これまで様々なスキルを見聞きしてきたが、パリィなんてスキルは噂にも聞いたことがない。

 いったいどんなスキルなんだろう……


 早く確認してみたかったので、俺はいそいそと出口へ向かったが、その時初めて、居並ぶ権力者連中が無言でこちらを睨んでいることに気付いた。


 ぐるりと取り囲むように、憎悪の視線を注ぐ大人たち。


「……アレン」


 町長が代表して口を開いた。


「おまえの両親は実によくこの町に貢献してくれた」

「はあ」

「その功績を鑑みて、町からの追放だけは勘弁してやろう。ただちにスラムへ行く準備をしたまえ」

「…………」

「なにか言うことはあるかね?」

「いや、特にありませんが」


 俺の言葉聞いた途端、ギャラリーが一斉に騒ぎ始めた。

 謝れとか嘘つき野郎とか、怒り心頭といった様子で俺に罵声を浴びせかける。


 相手にするのもめんどくさかったので、俺は一礼すると、その場を後にした。




「はぁ!? 意味わかんなすぎ!!」


 俺の話を聞いた途端、エリーヌは飛び上がらんばかりに興奮して叫んだ。

 いや、実際30センチぐらいぴょんと跳んだ。

 

 感情表現が豊かなことだ。


「防御スキルを引いただけで町から追放とか、有り得ないでしょ! あんたらにそこまで決める権利はないっての!」

「まあ、そうだな」

「しかも、謝れとか嘘つきとか……一方的に自分たちが期待してただけじゃん!」


 すべて正論だが、言っても栓のないことだ。

 この町では防御型スキルの人間に、人権は認められていない。

 根底に差別意識があるうちは、事態の改善など望むべくもないだろう。


「まあとにかく帰らないか? ちょっと確認したいこともあるんだ」

「…………わかった」


 俺たちは来た道を戻り始めた。

 商店街にさしかかると、行きと同じように住民から声をかけられる。


 ――ただし、真逆の反応で


「おい、クソガキ! よくも長いこと俺たちのことを馬鹿にしてくれたな」

「生産スキルを下に見やがってよお……でも残念! てめえの方がもっと外れスキルだったなあ(笑)」

「これからスラムに行く気分はどう? ねえどう?w」


 商店街の住民は攻撃型スキルの所有者ではない。

 鍛冶スキルや農耕スキルなどのいわゆる生産系スキルの能力者が大半だ。


 そして、彼らは防御型ほどではないが、ヒエラルキーの頂点たる攻撃型から蔑まれていた。


「ちょっと――」

 

 言い返そうとするエリーヌを、俺は片手でいさめる。

 ここの人たちからすれば、日頃の鬱憤を晴らす恰好の機会なのだろう。


 俺は常日頃から、彼らこそが町を支えるもっとも重要な人材であり、尊重されるべきだと訴えていたのだが……。


 その時、食堂の女主人が出てきた。


「あ、おばちゃん、朝言ってたごちそうのことなんだけど――」

「スラム行きになる奴に食わせるもんはないよ! 犬の餌ならあげてもいいけどさ」


 ぎゃははは、と周りの連中が笑う。


「あ、でも、エリーヌちゃんにだけなら、食べさせてあげるよ! 寄ってく?」

「…………遠慮しておきます」


 家の前に辿り着くと、誰かがドアの前で待ち構えていた。


「あんたら……!」


 今朝、女の子に絡んでいた連中だ。


「いよぉーう、アレン」


 不細工がにやにや笑いながら声をかけてくる。

 できれば、もうこの顔は拝みたくなかったのだが。


「ええと…………………悪い、名前が思い出せない」


 ぴくぴくと相手の顔が引きつる。


「不細工くんでいいか?」

「いいわけねえだろが! ディミトリだ、よくおぼえとけ!」


 額に青筋を立てて叫ぶ、不細工あらためディミトリ。


「で、なにか用か?」

「聞いたぜえ~、おまえ防御型のスキルだったんだってなあ?」

「おいらがこの耳で聞いたから間違いないっす!」


 取り巻きの一人が得意げに告げる。

 

 俺はすべてを悟った。


 おそらくこのディミトリとやらは今朝のことを根に持って、手下の一人に教会で盗み聞きさせていたのだろう。

 で、俺のスキルのことを知り次第、すぐさま町中に触れ回ったわけだ。

 

 道理で噂が広がるのが早いわけだ。


「その通り防御型だが?」

「聞いたかよ? ゴミじゃねえか(笑)」

「感想は人それぞれなのでご自由に。それじゃ忙しいので」


 付き合ってやるほど暇ではないので、俺はそのまま家に入ろうとしたが、ディミトリは慌てて立ちふさがってきた。


「おい、おまえたち。俺様のスキルを教えてやれ!」

「うす! ディミトリ様はな、なんと召喚術を授かったんだぞ!」

「しかも、中位の召喚術だ」


 へえ、と少しだけ驚く。


 祝福の儀で得られるスキルは大半が下位スキルだ。中位はごく稀である。

 上位ともなると、この町の歴史上3人しかいない。

 俺の両親と――


「ちなみに私は上位だったけど?」


 このエリーヌだ。


 ディミトリと取り巻きたちは、うぐ、と気圧けおされた表情を見せる。

 

「う、うるさいっ! おまえらが驚くのはここからだ! 俺様はな、魔術書を読み漁って、禁断の召喚術を手に入れたんだよ!」

「そうだぞ! なんとディミトリ様は、スキルを授かってから、たったの三日で召喚術を極めたんだ!」

「こう見えて、めちゃ勤勉なんだぞ! ですよね、ディミトリ様」

「ああそうだ! 祖父の残した膨大な資料を三日三晩、ほとんど寝ないで研究し続けてな……まあ俺様には、この町を守りたいという崇高な使命感があるから辛くはなかったけどな」

「嘘つけ」


 氷点下の眼差しを向けるエリーヌ。


「どうせアレでしょ? あんたのことだから、エロいことのできそうな人型の魔物を召喚したかっただけなんでしょ? サキュバスとか」

「な――!」

「おい! 失礼なことを言うな! ディミトリ様はなあ、崇高な理念があって――」

「な、なんでそのことを……」

「「「ディミトリ様!?」」」


 ハッと口を押えるディミトリ。

 

「お、おまえら行くぞ!」


 彼は不細工な顔を猿のように真っ赤にさせて、手下たちに怒鳴った。

 去り際に、またしても「おぼえてろ!」という捨て台詞を残す。


「なにしに来たんだあいつは……」

「さあ……」



 

**************************************

 

 


 町外れの森に数人の少年たちが集まっている。


「くそっ、くそ! あいつらぁぁぁぁぁぁぁーっっっ!」

 

 歯ぎしりして叫んでいるのは、いわずとしれたディミトリである。


「こうなったら、計画変更だ! 黒い下着の似合う女王様スタイルのサキュバスに、あえて純白のパンツをはかせるのは、後回しだ。まずは、最強の魔物を召喚して俺様の召使にしてやるぅぅっ!」


 彼は祖父の蔵書とおぼしき魔導書に血走った目を走らせる。


「デ、ディミトリ様、やばくないっすか?」

「あん?」

「なんかこれ『絶対召喚してはならない』とか書き込んでありますよ?」

「知るかボケェッ!! 俺様の方があいつらより上だってことをわからせてやらねえと気がすまねえんだよぉぉぉーっ!」


 どうやらこのディミトリ少年、同年代で自分より期待をかけられていた二人に、前々から劣等感をおぼえていたようである。

 先程の件が導火線となり、それが一気に爆発してしまったというわけだ。


「いくぞおーっ!」


 地面に描いた魔法陣に手をかざし、呪文の詠唱を始めるディミトリ。


 ふいに、木々がざわめき始める。

 鳥たちがぎゃあぎゃあと騒ぎながら、逃げるように森から飛び立っていった。


 取り巻きの少年たちが不安げに回りを見回す。


「や、やっぱりやばいっすよ、ディミトリ様……もうやめておいたほうが――」

「いでよ、ギガンテス!」


 それが彼の短い生涯で発した最後の言葉となった。


 直後、圧倒的な質量を持つ「なにか」に、不運な取り巻きたち共々、跡形もないほどぺしゃんこに潰されてしまったからだ。

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