第03話 杜氏と濁り酒(前編)
「あーいーつーめー!」
いつもの夜道 ―― 警備の目を盗み空から降り立つ王都外れからシンの店までの道すがら、私は怒りを隠さず歩いていた。
今日は政務で、弟とかなりの口喧嘩になった。
100年以上争いを続けている人類連合とニグラス魔帝国だが、大きな戦いは久しく、各地の境界線で散発的に小競り合いのみが続いている。
私は防衛戦主体の作戦を推奨していて、各地の司令官も私の意図に従い、積極的な攻勢は避ける傾向にある。
ただ、弟はそんな私の方針に反発している。
好戦的な者の多い魔族としては弟の反応の方が正しいんだけど、無駄な戦いを避けるべしの私と、制圧可能な所はとっとと押さえようの弟では、議論も白熱し口論ともなる。
特に先般の西の境界地域の停戦については、いまだにネチネチと言われ、そのせいで会議は大荒れとなった。
「腹立つ!」
こんな心が荒んだ日は、美味いものでも食べて気分を落ち着かせねばならない。政務を効率よくこなすためにも必要なことなのだ。
「たのもー! シン、冷たいエールと唐揚げをすぐに……って、誰?」
店に入ると先客がいた。
雪のような白色の髪に、赤い瞳の小柄な若い女性。
少しタレ目で眼鏡をかけているが……パッと見、とにかく可愛い!
整っていながらもどこかあどけなさを残した顔に、女の子らしい可愛い服装をして、シンに優しげな笑顔を向けていた。
そして私の声に少し遅れて、キョトンとした顔を向けてくる。
「オウカさん、いらっしゃい」
「シン、誰よその女」
「なんだよその言い方……」
「言いたくもなるわよ」
するとワンテンポ遅れて、その娘がワタワタしはじめる。
「す、すみません! まさか、その、シンさんにそんないい人がいたなんて……彼女さん、ですか?」
「そうよ」
「いや違うだろ。毎日来る超常連のオウカさんだ」
「あ、お話に聞いてた、あの。はじめまして、シズクと言います。あの、シンさんとはどういったきっかけでお付き合いを……」
「だから彼女じゃないって。シズクさんは色々信じちゃうから、嘘教えないでくれよ」
「えっ、私とは遊びだったってわけ? 酷い!」
「ええっ! シンさん……良くないです、そういうの!」
「だーかーらー!」
面白い娘。でもシンと親しいみたいだけど……なんだか気になるわね。
「そういう君たちこそどんな関係なの? 随分と親しげだし。あとエールと唐揚げ」
呆れたように返事をしながら、仕事に戻るシン。
「シズクさんはこの店になくてはならない人なんだ」
「どういうこと?」
聞き返しながら、目の前に置かれたよく冷えたエールを口にする。うん、今日も凄く美味い。
「今飲んでるエール、シズクさんが造ってる」
「えっ!? これ?」
「ああ。それに日本酒やいくつかの酒も。あとは……これと、これらもだな」
そう言って目の前に置かれたのは、棒状に切られた野菜と味噌マヨネーズ。
それと枯節が乗った豆腐だ。
「味噌や枯節、ほかにもいろいろ作ってて、この店の味についてはシズクさん頼りなんだ」
「なにそれ、最重要人物じゃない! シズクちゃん、これからも頑張って働いて。永遠に!」
「え、永遠!?」
手を握ったところ真っ赤になる彼女。可愛いわね……
「でも、ってことはシズクちゃんとシンは同郷なの?」
「んぐ……さすがオウカさん、鋭いな」
「え? え? どういうことですか?」
混乱する彼女を尻目に、目の前の野菜スティックをポリポリと食べてから冷たいエールを口に運ぶ。
んーーー、これこれ!
「オウカさんは、俺が転生者だって知ってるんだ。あと元勇者だってことも」
「そうなんですね……って、勇者ってことまでですか!?」
「ああ。となると作ってるお酒や食材から、シズクさんが転生者だってことはオウカさんならすぐ予想つくだろう」
「あー、なるほど。オウカさんって頭いいんですね。わたし全然で」
まぁ、全然なのはここまでの会話でなんとなくわかるけど。でもそれは大した問題じゃない。
「こんなおいしいお酒とか食材を作れるんだから、そんなの関係ないよ。凄いよ君は」
「そうでしょうか?」
「そうよ。私だったら君を捕まえて逃がさないわね。好きなだけお金与えていろいろ作らせるんだけど、屋敷に住まわせるといいつつ護衛兼監視をつけて半幽閉状態にするわ。でグズグズに甘やかして、物理的にも精神的にも一生逃げられないようにするの」
「あ、あはははは。オウカさん、面白いこと言いますね……それ、冗談ですよね?」
「オウカさん、シズクさん怯えちゃってるから」
「もー。冗談だよ、冗談」
半分ね。いや三割かな。七割は本気。
「今の聞いてますます怖くなって来ました。やっぱり断わろうかな……」
「ん? どうかしたの?」
「ええ、それがですね」
若干要領を得ないが、まとめるとこうだ。
数日前、シズクちゃんの工房に出資の申し入れがあった。
相手は王城御用達の商人らしく、シズクちゃんの作る酒の評判を聞きつけたらしい。
かなり大口の出資額で、事業化も計画しているらしい。専用施設を作るから、そこに勤め酒造りをしてほしいとのこと。
で、大規模化する段階に無いと一旦断ったところ、従業員の一人が暴漢に襲われて怪我をし、仕込み樽の数個が破壊されていた。
……人間族、本気で滅ぼしていいかな?
「要望はなんでも聞くと仰ってて、なんか条件は凄くいいというか良すぎるというか。でも明らかな脅しかなって凄く怖くなって、シンさんに相談しに来てたんです」
「シズクちゃん、任せて。相手のこと国ごと滅ぼしてあげる」
「えっ!? それはよくないですよ!」
「“よくない” じゃなく、絶対ダメなやつだ」
シンのツッコミはさておき、頭に来ることに違いはない。
「その商人って、シズクちゃんとこれまで関わりは?」
「いえ、はじめてお会いした方でした」
「どこでお酒のこと聞きつけたんだろ」
「それが、はっきりとしたこと言ってくれなくて、飲んだと言ってたけど、ほんとかなーって。私、今までこじんまりやってきたから、急に大規模にって言われてもピンとこなくて」
見ず知らずの人で、恐らくシズクちゃんの造るお酒を飲んだこともない。
それなのに大口の出資で暴力を
「凄く怪しい」
「だよな」
シンも同意見らしい。
「ふぁあふぁ、ひひゃへへひふほ」
「唐揚げ食べながら喋るなよ。あと熱いから気をつけて」
ほんとアツアツ。肉汁じゅわーからのエールしゅわーで、口の中が幸せ!
この幸せ、なんとしても守らなければ。
「その商人のこと調べてみるよ」
「え? 調べられるんですか?」
「うん、任せてよ。配下がいるからさ」
「配下?」
疑問顔するシズクちゃんはともかく、シンも鋭い視線を向けてくる。
「もしかして、間諜いるのか?」
「チッチッ、特務官って言ってよ」
「なんか嗅ぎまわってる人いるなと思ったら……」
「それ、うちの身内じゃないわね。シンにバレるようなしょぼい動き取ってるなら処分しなきゃ」
「お前なー」
「冗談。君とその周りはうろちょろしないように厳命してるから、本当に身内じゃないわね。恐らくその商人か、商人を使ってる上の人間の仕業でしょ」
「上……ですか?」
シズクちゃんが疑問を向けてくる。
「そんな御用達の大口契約、後ろに貴族がついているはず。受けるにしても断るにしても、知っておかなきゃ」
「なるほど……なんだかますます怖くなってきました」
半分涙目のシズクちゃん。
でも万が一も起こりうるから、十分気をつけなきゃ。
あと、樽壊した報復ね。
私のお酒……じゃなくて、身内に手を出したその愚かさ、思い知らせてやる。
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