第02話 魔王とゴーヤチャンプルー(後編)

「嬢ちゃんも来ておったか」


「よ、おっさん。数日ぶり」



 私はガラス製のジョッキを軽く浮かせて、新たな来訪者に気安く挨拶する。


 口髭を生やした老年入りかけの男性と、付き人の青年。

 彼らは一番奥の席を陣取る私からひと席開けて、二人並んでカウンターの椅子に腰掛けた。

 この店に数日に一回は訪れる常連で、顔見知りだ。



あるじ、ニホン酒をヒヤで頼む。こいつにはエールを。あと嬢ちゃんにもエールを」


「気前いいじゃん」


「儂、金持ちだからな」


「じゃ、遠慮なく」



 彼らの注文と合わせて用意されたジョッキを掲げ、おっさんの摘めるほど小さな杯とぶつけ合った。



「すまんな主。最近忙しくなってきてなかなか来れなんだ」


「いえ、気にかけてくださるだけで感謝です」


「気に入ってる店だからな、潰れてもらっては困る」


「おかげさまで、細々やれてますよ」



 シンはそう言いつつ、手早く用意した皿をおっさんらの前に置く。

 烏賊イカを軽く干したものを炙ったツマミ料理だ。唐辛子を混ぜたマヨネーズという酸味のあるクリームをつけて食べる。



「美味い。で出される飯が不味いと言うのではないが、この歳になってくると、こうした素材を活かしたシンプルなものこそ食べたくなる」


「ありがとうございます。ほか何かあれば」



 先程の私のようにメニューの札を睨むおっさん。


 私はハムカツの残りを食べながら、二人の会話を聞き流していたんたけど、シンとの会話で気になることがあり、訊ねることにした。



「おっさんって、やっぱり城勤めなんだ」


「嬢ちゃんは知らなんだか。儂はこれでもまぁまぁ偉い立場ぞ?」


「へー。ま、その身なりと喋り方してたら、誰だって分かるけどね。伯爵位……いや、もっと上かな。もしかして国王様とか」



 言った瞬間シンとおっさんの付き人がブッと吹き出し、おっさんもニヤけた面を向けてくる。



「嬢ちゃんは面白いことを申す。よもや国王が城から抜け出て、街外れのこの店に通うと」


「冗談だよ。王様がフラフラ出歩けるほど暇って、どんな国なんだっての」


「さもありなん」



 なんだろう、シンがこちらに呆れたような目線を送ってくる。

 あ、そうか。何か注文しろってことね!



「嬢ちゃんこそ並みの市井の娘とは思えん。大きな商家の娘か、貴族の令嬢と見た」


「いい女は、秘密が多いものよ」


「いい女と言うのは否定せんな。町娘のなりをしておるが類まれな美貌。手も美しく、真紅の髪も手入れが行き届いておる。そして胸もなかなか……どうじゃ、よければこの後儂と二人で」



 おっさんが言いかけたところで、水を注いだグラスがドンと乱暴に置かれた。



「二日酔いしないよう、水分取ってください」



 シンが冷たく言い放つ。

 なんだか随分と据わった目をしているが……



「冗談だ。そう邪険にするでない」



 おっさんがグラスの水を口にしつつ肩をすくめていた。



「最近忙しいって言ってたけど、どうしたの?」


「ん、ああ……西の境界地域がどうも騒がしくてな」



 西側と言えば、人類連合とニグラス魔帝国の緩衝地帯。穀倉地帯でもあるのだが、暗黙の了解として、刈り入れの季節が終わり冬になるまでの僅かなこの期間は戦のタイミングである。

 人類連合は合戦に向けての調整で忙しいはずだ。無論、魔帝国も状況は同じだけど。



「どうぞご無理なさらず」


「そう言ってくれるのはあるじだけぞ。まぁ民のための戦だ、無理もせねばなるまい」



 しかし、この戦いも所詮は小競り合い。

 お互い睨み合いの状況で生じてしまう、必要の無い戦いだ。得するのは武勲を稼ぎたい木っ端貴族くらいで、まったく意味が無い。



「はぁ、くだらない……」


「今なんと申した?」



 しまった、心の声が漏れてしまった。


 おっさんの鋭い視線は当然として、シンと護衛の男もギョッとした目を向けている。

 それはそうだ。戦争を目の前に国民は一致団結せねばならないところ、中枢に近い高位貴族と思しき人物を前に戦争がくだらないなどと。


 ……とはいえ、くだらないものはくだらない。



「本来やる必要もない戦争でしょ?」


「なにを言う。向こうが我らが領土に攻めてくるから応じているのだ。悪しき魔族を討伐せしめるのは人族の務めでもあり……」


「多少種族が違うと言っても同じ人。そうやって人同士で殺し合って、そのどこに正義があるのよ」


「魔族も人族のうちだとでも?」


「そうだよ。むしろ、そうやって外に敵を作らなければまとまれない人間族の国々こそ、どうかしてると思うけど?」


「攻めてくるのは魔族の方ぞ」


「それ本当に? まぁ最初はいろいろあったんだろうけど、100年戦争と言われる今、もう理由なんて関係ないでしょ」



 澄まし顔でエールを煽る。

 向こうは怒り心頭で、顔真っ赤でしょうけども。



「お嬢ちゃん……いや、オウカと言ったな。なぜそう思うのだ」



 想像とは違い、おっさんは落ち着いた真剣な目を向けてきた。



「考える頭があれば、誰だって気付くよ」


「そうか……貴族どもも、そなたほど聡明ならよかったのだが」



 至極残念そうに、アルコール交じりの吐息を漏らす。



「オウカ嬢よ、そなたの言う通りだ。この無駄に長く続く戦争、終わらせる気も無ければそのすべもない。過去、人間族の国はあちらこちらで戦争やら内乱やら争いが絶えず大きく乱れていた。そんな中、きっかけは創作まみれの歴史書に残すところだが、人間族と魔族はたがえ刃を交えるに至った」


「そうして敵を得た結果、皮肉にも人間族はひとつに纏まった」


「仮初のに過ぎん。平和とは程遠い……だが戦争とて長く続けば人々の営みに結びつく。戦争を政務にする者、仕事にする者、商売にする者、利権を得るもの。終わらせたくない者が多すぎる」


「アホくさ。ま、それは魔族も大して変わらないだろうけどね」



 事実、魔族も人間族と変わらない。

 加えて言うと、魔族は人間族よりも力も魔力も強く寿命も長いため力を持て余していて、嬉々として戦いに参じる。



「長く続き過ぎたのだ。そんな中で教会勢力が生み出したのが勇者召喚の儀であり、これまでで最強と謳われたのが先代勇者。しかし彼は魔王の元まで辿りついたものの、知ってのとおり死闘の末に力を失い引き分けに終わった。その引退を受けていて新たに呼び出され、現在力をつけているのが今代勇者だな」



 勇者が魔王と相打ちとなり力を失ったことは、人間族の間で大きく広まった話だ。

 まぁ、相打ちどころか一晩語り明かしたに過ぎないんだけど。



「そんな強い奴わんさか呼び出したら、戦争が終わっちゃうんじゃないの? 人間族全体としては困るでしょ」


「教会は魔族を滅ぼすことを教義のひとつにしている。当然そのことに反発する貴族や有力者も多く、勇者をよく思っていない物も多い。そのせいで勇者には随分と苦労をかけた」



 手元に視線を落としたおっさんが、悔いるように漏らす。



「資金や装備の提供は十分ではなく、道中の嫌がらせもあっただろう。パーティーの仲間も教会勢力の聖女と、貴族勢力に組した同じく勇者召還された魔術師。随分無茶苦茶な女どもで、いたく苦労したと聞く」



 おっさんは酒を煽ると、熱燗を注文していた。



「ま、ここで漏らしても仕方あるまい。主よ、なにか美味いものを頼む」


「ええ、今用意してます」



 シンは無言のまま、熱した炒め鍋に様々な食材を投じる。肉、野菜、あれは “豆腐” だったか。それに卵。

 食材達が軽やかに舞い、最後には薄く削った魚の枯節かれぶしが振りかけられダンスを見せる。


 出来上がったのは、混沌としつつも緑鮮やかな炒め物だった。



「ゴーヤチャンプルーと言います」


「ふーん、今まで聞いたことのない料理だね」


「食欲をそそる香りがするな。どれどれ」



 やや気落ちしていたおっさんとともに、料理を口に運ぶ。



「えっ、これって!」


「まるで薬のような苦さ。なんだこれは!」


「このゴツゴツとした表面……わかった、ツルレイシね! 南方で食べる食材だったはず」


「ツルレイシ、ほかにも苦瓜とも呼ばれる野菜です。南方ではスープなどにするようで様々な薬効もあります。偶然市で見かけて料理にしてみました」



 おっさんが不思議そうな顔をしつつ、二口目、三口目と口に運んでいる。



「苦い! 普通ならば吐き出すところだろうが、この料理はなんとも、この苦さがたまらん!」


「肉の旨み、卵と豆腐のまろやかさ、そして枯節から立ち上る深い香り。それだけでも美味しいんだけど、ツルレイシの鮮烈な苦味がこの料理を一層高みへと導いてる!」



 苦味など、普通の料理であれば避けるところだ。

 しかしこのゴーヤチャンプルーはその苦味こそ魅力。それがわかってこその大人の料理だ。



「苦味というのは敬遠されがちですが、実は料理をする上ではかなり重要です。スパイス系の料理は特にで、苦味を上手く扱うことで美味しさを際立たせます」


「なるほど……コーヒーなんて苦みそのものだもんね」


「オウカさんの言う通り。紅茶もタンニンの渋みがあってこそで、ワインもそうですね」


「うむ、その苦味を取り込んで完成する料理ということか……奥が深いな」



 苦味か。あえてそれを取り込むことで得られるひと皿。


 思えば、私は為政者として甘すぎるかもしれない。反発を恐れ、忙しさにかまけ、大きな問題を見送っている。結果、民たちには苦い思いをさせてしまった。


 苦味も料理のうち。

 ある種の苦さは、国政にもつきものだ。


 だったら私は王として、その苦さを上手く料理していかねばなるまい。



「おっさん、あのさ」


「どうしたオウカ嬢」


「西の人類連合とニグラス魔帝国の境界地域、休戦できないかな」


「なに、どういうことだ?」


「西側は穀倉地帯。民はようやく刈り入れが終わり冬支度を始めるところだけど、今年は気候もあって不作だったはず」


「うむ。日照不足と、それに伴う病もあったな」


「そんな状況で戦となると、徴兵で働き手のいなくなった町や村はますます困窮する。それに戦いで死者が出れば翌年の農業にも影響が出て、さらに生産量も落ちる」


「うむ」


「どうせ戦ったって戦線が上下するだけで、喜ぶのは木っ端貴族。民はただ苦い思いをする上に、長期的には国全体の農作物の生産量に悪影響を及ぼす。むしろ考えれば考えるほど、なぜ今まで毎年こんな無駄な争いをしていたのか……」



 私は、目の前のゴーヤチャンプルーを箸で持ち上げる。



「世の中ってつねに幸せってだけじゃなくて、苦い部分もあるものじゃない? でも、民に苦味を押し付け自らは甘い汁を啜ろうとする者もいる。それじゃ酷くバランスが悪い」



 箸を口に運べば、苦味によって引き立てられた美味さが溢れる。



「為政者だったら、それを正す義務がある。それに多少苦味があっても全体としてより美味しいければ、それが一番じゃない?」



 今の西方地域の民は苦しんでいて、更なる苦しみを与えようとしている。そんなの、ただ苦いだけの料理みたいなもの。

 休戦を望まない貴族もいるけど、その苦みは民に味わわせるべきものではない。


 おっさんは暫し黙り込むけど、やがてその目に力が宿る。



「オウカ嬢の言う通りだな。あるじよ、すまないが今日はこれで失礼する。オウカ嬢、また話そうぞ」


「いつでもどうぞー」



 おっさんがそそくさと席を離れると、引き戸へと手をかけ誰ともなしに呟いた



「問題は、魔族が受け入れてくれるか……」


「大丈夫、きっと向こうも同じ気持ちだから」



 私の一言に、おっさんは振り向いてニイっとした笑みを残し、夜の王都へとその身を溶かしていった。




「オウカさん、よかったのか?」


「西の境界地域は、魔族側としても同じ理由で気乗りのしない戦場だからね。理由さえあれば止められるよ」


「そうか」


「シン、なんか嬉しそうじゃん」


「まぁな。でも、オウカさんもな」



 王都の外れの居酒屋 “しん”。

 今日も変わりものの常連が、引き戸を鳴らす。




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《作者より》

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『賢いヒロイン』をテーマに、奔放だけど賢くて強い主人公ヒロインを描いてみました。

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 次回、『杜氏と濁り酒(前編)』。

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