世界の半分をやろうと言ったのに、勇者は引退して居酒屋を始めたようです。しかたない、私(魔王)が店を支えてやる!《元勇者の居酒屋》
和三盆
第01話 魔王とゴーヤチャンプルー(前編)
轟音と地響き、破壊された扉、そして立ち込める粉塵。
大きな満月によってもたらされる銀光が謁見の間に差し込み、
ジャリっと礫を踏みしめる音。
現れたのは、巨剣を携えた黒髪の青年。他に人影は無い。
見上げたものだ。ただ人にして我が軍を、精鋭を、親衛隊を打ち破りここに辿り着く……賞賛に値する。
玉座に腰掛けた私は、目を細めその姿を見やった。
――もったいない。
愚かな人間どもの、使い捨てたる剣のひと振りにするには、あまりにも
こやつには、これまでも辛酸を嘗めさせられた。
直接剣を交えたこともあった。
故にその心根の尊さは、誰よりも分かっているつもりだ。
叶うならば我がものにしたい。
――故に、最後の交渉といこう。
「よくぞ来た勇者シン・ヒュウガよ。我ら魔族の王にして世界を統べし王の中の王。魔王キルシュ・ヴィシーニャ・ニグラスだ。待っていたぞ」
勇者シンが一歩、一歩と近づき、そして剣をこちらに向けた。
切っ先は銀光を切り裂き、その優しくも意志の強そうな顔を照らす。
ああ、欲しい。この男なんとしても。
「シンよ、ひとつ提案がある」
「……」
「我らの味方になれ。そうすれば世界の半分をやろう。我が本当の意味で世界を統べ、その元で人間社会をそなたに委ねようというのだ。さすればこの争いも終わりだ、良い話であろう」
「断るッ! 人族の敵、悪鬼羅刹たるお前ら魔族の支配など世界に不幸が増すだけだ。ここで、俺がお前を討ち果たす!」
やはりか。随分と飼い慣らされたものだ。
しかし、この者のことは刃を交えた私にはよく分かっている。
平和を願う純粋さ。
物事を弁える素直さ。
賢さ、視座の高さ、信念の強さ。
語らう余地はあろう。
故に、私は嗤う。
「少し、話をせんか」
「話だと?」
私は玉座から立ち上がり、無防備を装い階段を降りる。
「なに、長くはならんさ。貴様が我を倒すのが半刻伸びた程度で世は変わるまい」
「時間稼ぎを!」
「話が気に食わねば我を叩き斬ればいい。それとも、この無防備な我すら斬れぬほど貴様は弱いのか?」
「……」
「おい、誰かいるか? そこにテーブルセットと未開封のワインを用意しろ。この者は我が客人だ、毒など入れるなよ」
僅か残った、肝の据わった使用人達が駆ける。
「さぁて、飲み語らおうぞ、勇者よ!」
◇ ◇ ◇
とまぁそんなことがあったのだが、結論として交渉は失敗に終わった。
結局剣を交え、どちらかが死に世界が統べられた……ということではなく、些か拍子抜けするような話だが、勇者シンが戦いから身を引いたのだ。
なんということはない。この世の真実を語って聞かせただけ。
ただ、その内容に彼は戦う理由をなくし、心挫かれ、彼の心に共鳴する聖剣がその光を失った。
ま、話は半刻では終わらずそのまま夜中まで続き、シンはアルコール交じりの吐息とともに、彼を取り巻く人間族への不満を盛大に吐き漏らしていたのだが。
彼は人類連合の元へ帰っていった。
ただ、魔王に
真正直な彼は人族の王に全てを打ち明けるとまで言っていたが、それは絶対にやめろと苦労して説得した。
幸い彼はそれに従ったようで、力を失った勇者として役割を解かれたらしい。
そして王城を離れた彼は……まぁいい。語るまでもあるまい。
普段頭につけている
「いらっしゃいませ」
「おう、今日も来てやったぞ勇者よ」
「その呼び方やめろよ。今はただのシン・ヒュウガだ」
「わかってるよ、大将」
居酒屋 “
オープンキッチンにカウンターテーブルの狭くも綺麗で落ち着いた店内。席数は8。
今日はまだ他の客はおらず、店主の青年は手を動かしながらも、こちらに呆れたような笑みを送ってくれる。
「いつものだろ?」
席に着くと間髪入れずに出される、ガラス製のジョッキに注がれたよく冷えたエール。
それとちょっとしたつまみ。
「これこれ。では、いただきます」
私は待ってましたとばかりにジョッキに口をつけ、ごくりごくりと喉を鳴らす。
華やかな香り、口を満たすコクと苦味、流れるような喉越し。
いいエールだ。良い素材、良い水、そして丁寧な醸造。腕のいい職人がこだわりをもって作ったそれだ。
それにエールはもちろんジョッキもよく冷やされていて、注ぎかたもいい。
快感だ。これを味わえる喜びが体を突き抜け、そのまま半分を飲み干す。
「ぷはーーーーっ!!」
「相変わらずいい飲みっぷりだな」
「これがあるから一日頑張れるのよ! これほどのエール、魔王国はもちろん、ここ人族の中心地たる王都でもなかなか味わうことはできないわよ」
「お褒めに預かり光栄ではあるけど、その話、他の人の前でするなよ」
「それは
「ならいいけど」
私はすっかり慣れた “箸” を使い、“お通し” と呼ぶ小皿のツマミに手を伸ばす。
「肉を “醤油” で煮たものかな、どれどれー」
小さく切らられたそれを、口の中に放り込む。
「おおっ! グニグニと歯ごたえのある食感に甘辛いタレと肉の旨みが相まって、ずっと噛んでいたくなる味わい! 牛類の臓物? 臭みが全くなくて凄く美味しいし、エールとも合う!」
「スジ肉ってやつだ。脚の腱の部分を丁寧に煮込んだ」
「さすがだね……最初君が酒場をやると聞いて心配したんだけど、これほどの料理と酒を出すとは思わなかったよ」
「そりゃどーも。はい、唐揚げ」
いつも必ず頼む、私の大好物!
サクサクとした衣に、醤油、にんにく、生姜が染み込んだジューシーな鶏肉が、たまらなく美味しい。
二杯目のエールを頼んだ私は、待つ間に壁に掛けられたメニューを睨む。
「大将、このチーズハムカツってのは……名前から察するに、チーズをハムで挟んだ揚げ物かな?」
「ご名答だ。ちなみにハムと書いてあるが、使ってるのは実はソーセージだな。ボロニアソーセージに似たやつだ」
「ボロニアソーセージというのは、君の故郷の食べ物か?」
「あ、ああ。元の世界の、外国の食べ物だな」
「興味深い……ハムカツを頼む」
「わかった」
シンは、この国の召喚士によって異世界から召喚されたらしい。
そういった者たちは強い力を持つことが多く、目の前のシンの他にもそういった者たちは何人かいる。
まったく、人間族というのは本当に、救いようがないほどに愚かだ。
己らの戦争に全く関係のない異世界人を無理やり召喚し、我ら魔族を悪と刷り込んであの手この手で従わせる。
そして彼らの多くは、戦いのさ中に命を失っていく。
私も襲いかかってきた異世界人を手にかけたことがある。彼は魔王を殺せば元の世界に戻せるという嘘に吊られ、絶望のままに死んでいった。
「はい、お先にハムカツ。熱いから気をつけて食べろよ」
「うむ」
噛みつくと、サクッと小気味良い食感の衣。
柔らかなハムの間でコクのあるチーズがトロけ、一度に様々な食感が楽しめる。
表面にかけたウスターソースの酸味もいいまとめ役になっているな。
これもシンの故郷の味なのだろう。
とすれば、あの時涙を流しながら死んでいったあの者も、もしこれを食えていたなら少しは違った表情をしていたのかもしれない。
「どうしたんだ? 魔王。しみじみとした顔をして」
「ここでは魔王じゃなくてオウカではなかったのか?」
「今は二人きりだったからな。俺だって弁えてるさ。な、キルシュ」
「意趣返しとは、いい趣味してる」
「まーな……っと、お客さんみたいだな。いらっしゃいませ」
現れたのは、口髭を生やした身なりのいい老年入りかけの男性。それと付き人と思しき帯剣した青年。
彼らは一番奥の席を陣取る私からひと席開けて、二人並んでカウンターの椅子に腰掛けた。
「嬢ちゃんも来ておったか」
「よ、おっさん。数日ぶり」
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