1-12 沈黙の代償
エスギー家の馬車に揺られて、ホンゴにある学術院の敷地へ向かう。
馬車の通れる大通りを使ったので多少遠回りになると言っていたが、それでも30分かからずにホンゴの学術院の正門前に到着した。
皇都学術院の敷地は地方の街がすっぽりと丸ごと入るくらい広大だった。
馬車が正門前に止まると門の前に居た数人の警備兵の中から一人こちらに向かってきた。
「失礼ですが、構内への入場資格証はお持ちでしょうか。」
そう御者さんに話しかけると、御者は後方のキャビンを指さした。警備兵はキャビンのドアを叩き再び僕に入場資格の確認をした。
持っていた手荷物の中から、イエーカーさんが手続きしてくれた入学書類を取り出し警備兵に見せた。
「学生証の発行前でしたか、早めに発行の手続きをお願いします。
手続きはこの道を行った先の、中央管理棟で行えますので。では。」
再び馬車が動き出し、林の中に作られている一本道を進んでいく。中央管理棟に到着するまでに、何台かの馬車とすれ違う。
中央管理棟と各学部の教室棟や研究棟、正門との間は定期便が走行しているそうだ。入学案内書によると、軍学部の学生以外の日常の足となっているらしい。
後で知ったのだが…
軍学部の学生は許可がない限り使用禁止となっているので、身体強化をして構内を自分の足で走って移動しているそうだ。
かれこれ20分ほど掛かってようやく中央管理棟前に到着した。
建物自体がかなり巨大だ。建物は6階建で5角形になっている、そしてその一辺は400mもある。5つの角の2階にはそれぞれの学部の本部になっていた。
中央管理棟の前には2か所のかなり広い馬車の待機場がある。僕が戻るまで建物から遠い待機場でエスギー家の御者さんは待つという。
「すみません。時間がかかると思いますけど… 一度館に帰りますか?」
「イエーカー様から、必ず連れ帰ってくるように御命令されておりますので、ここで待たせていただきます。」
御者さんは無表情でそう答えた。その顔には確固たる意志が垣間見える… 絶対にエスギー家の館に帰らないといけないみたいだ。
「すみません、なるべく早く手続きを終わらせて戻ってきます。」
僕は顔面が引き攣りそうになるのを押え、笑顔で御者さんにそう言って管理棟の中に入った。
目の前には広々としたホール、奥の方にホールの幅いっぱいに受付らしきカウンターがある。ざっと見て受付だけで30人ぐらいいる。しかもカウンターの手前にはかなりの数の長椅子が置かれて、その椅子を埋め尽くすように大勢の学生が座っている。
「どこの受付に行けばいいんだ?」
あたりをキョロキョロして戸惑っていると、ホールの右手前にも数人の受付がいるブースがある事に気が付いた。ブースには【総合案内】という表示がしてあるのでそちらで聞いてみることにした。
「あの…すみません。学生証の発行はどこで手続きしたらいいんでしょうか?」
「学生証の再発行でよろしいでしょうか?」
「いえ、まだ発行してもらっていないので…」
受付に居た30代ぐらいの女性は首をひねりながらもう一度僕に話しかけた。
「入学手続きと同時に発行されるはずですが、お持ちでない?」
「あの…入学手続き直前に怪我をしまして、代理の方に入学手続きをして頂いたのですけど… あ、これがその手続き済の書類です。」
その女性は、書類に目を落とすと、表情を変えてすぐに席から立ち上がって書類を持ったままブースの奥に消えていった。
「え? もしかして、手続きできていないの?」
不安になりながらその場で待っていると、先ほどの女性が恰幅のいい男性と共に戻ってきた。その男性は僕をじろじろ見て質問をする。なんだか嫌な感じだ。
「ワース・カーヤ村出身のハルトさんで間違いないですね。」
「はい。」
「ここにある代理人の署名ですが、エスギー家の家令、イエーカー・キザキ様になっておりますが、どのようなご関係で?
通常代理人になる場合は、出身地の有力者となるのですが。
何故この書類はあなたに縁もゆかりもないエスギー家、しかもご家令のイエーカー様の署名なのでしょうか?」
矢継ぎ早に詰問されてしまい返答にまごついてしまう。
アヤを助けて怪我を負ったから… なんて口外してもいいのか?
駄目だ、それを話すとエスギー家内の反乱の件も話すことになる。
絶対に話せない… 話してはいけないと思う。
でも確かに、僕なんかがエスギー家に縁がある様には見えないだろうし… 出直すか。
「わかりました。帰ります。書類を返していただけませんか?」
「駄目です、返却は出来ません。
書類は偽造の可能性が濃厚です。あなたを拘束いたします。」
気が付くと、いつの間にか警備兵に取り囲まれていた。ホール内が少しざわつき何人かがこちらの方を伺っている。
警備兵に後ろ手に縛られてブースの脇のドアを抜け、しばらく歩かされてから中央管理棟の外に連れ出された。しかも正面から見えない場所の面の方から。
連れてこられたのは、なんの飾り気も無い2階建ての建物。
その中の一番奥まで連れていかれ縛られていた縄が解かれると、ベッドが置かれた3畳ほどの小部屋に放り込まれた。
「何をしたか知らんが、調べが終わるまで出れんぞ。」
僕を連れてきた警備兵の一人がそういってドアを閉めガチャリと鍵をかけた。
「まいったなぁ… 調べてもらえば偽造じゃない事は判ると思うけど、これじゃあ今日の夕食会には絶対に間に合わないぞ。」
そう呟いてベッドに腰かけてため息をついた。
「まぁ、待ってればなんとかなるか。」
そう呟いて、自己治癒術の訓練に没頭し始めた。
かなり日も傾き夕暮れが近付く頃、エスギー家の馬車の御者もハルトが帰ってこないことを不審に思っていた。
更に待つ御者だったが、ハルトは馬車に戻ることなくとっぷりと日も暮れてしまった。
さすがに異常だと思った御者は、馬車に取り付けられていた通信宝珠板でエスギー家のイエーカーに知らせることにした。
連絡を受けたエスギーの館では、イエーカーがすぐに学術院に連絡を取る。しかし学術院からの返答は
『そのような人物は来ていない。』
というそっけないものだった。
間もなく夕食会の時間となる。客人として館に滞在し、当主が夕食会に招いた人物が行方不明になるという前代未聞の不祥事。
イエーカーは当主ゲカツとアヤにそのことを伝え、急ぎ皇都学術院に向かった。
夜だというのに、煌々と明かりがともる中央管理棟の待機場にイエーカーがやってきた。
ハルトを待っていた御者にいろいろと話を聞き、その御者と馬車は先にエスギーの館に帰らせることにした。
ここに来る前に来訪の目的を告げてあったので、受付に行くとすぐに学術院の事務局長を呼び出した。
ドタバタと
「イエーカー様、こんな時間にいかがいたしましたか?」
「先日、私が代理で入学手続きを行った件だ。
本日ハルトという少年が、残りの手続きを行いにここを訪れているはずだが、彼はどこにいる! すぐに調べろ!」
「はっ! はいっ!」
事務局長は残っていた職員達にすぐに調べるように指示をする。
しばらくして、調べ終えた男性職員の一人が取り纏めて事務局長に耳打ちするように伝える。
「…事務局長… 色々調べましたが… 該当する人物が、本日ここの受付に現れた記録がありません。いかがいたしましょう。」
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