1-11 夕食のお誘い

 結局その日以降も…

 僕の肩の傷が癒えるまで、エスギー家の館に滞在させてもらうことになった。

 運のよいことに、エスギー家の館から皇都学術院の正門までは歩いて2時間ほどの距離らしい。

 怪我が治ったらすぐに寮に入って準備しないといけないな。


 ちょっと戸惑ったのは治療で滞在している間、常に誰かがそばにいるという状況。トイレでも必ず誰かが付いてくるし、風呂なんかは脱衣所の中まで入ってきて、入浴している間ずっと待っている。

 はっきり言って監視されている様で非常に落ち着かない。

 間違いなく…実際に監視なのかも知れないけど。


 その代わりと言ってはなんだけど、一日に何回か訪ねてくれる家令のイエーカーさんは嫌がるそぶりも無く僕の相手をしてくれた。

 そんな感じで話し易かったおかげで、僕はこれまでの旅の話をしたり、逆にイエーカーさんからは魔力操作の技術についていろいろと教えてもらった。


 その中で教えてもらった一つ。

 魔力操作によって、自分の身体が持っている治癒力を上げる方法。

 「自己治癒術」

 これには非常に助かった。


 身体強化の場合は魔力を出来るだけ均一に循環させる技術。


 それに対を成す様な自己治癒術は

 『循環させた魔力の一部の濃度を意図的に上げて、その濃度が高くなった魔力を傷口に留める。その間、他の魔力はずっと体の中を循環させておく。』

 という非常に難しいものだった。


 身体強化が出来る僕ならすぐに出来そうだなと思った。

 だけど実際に魔力濃度の高い部分を維持しながら、他の魔力を体内に循環させるというのは非常に難しい。

 まるで、右手と左手で別の動きをして、その上で右手だけ早く動かすような感じだ。


 この魔力操作の技術を覚えれば、いろいろと応用が利くとも言っていた。

 たとえば濃度を高くした魔力を目に集めると遠くのものが見え、早い動きの物でも捕らえる事が出来る。

 耳に集めれば遠くの音まで聞こえるようになる。

 魔力を周囲に薄く流せば敵意なんかも見抜けると言っていた。


 更に腕や足といった部分的な身体強化にも応用が出来るらしい。

 エスギーの精鋭兵でもこの技術が使えるのは、ほんの一握りらしいけど。


 ともかく怪我が癒えるまで、この館の一室から出れないから時間だけはあった。静かな環境だから集中できる、僕は自己治癒術の訓練をひたすら続けた。


 訓練を始めて3日目の夜、ようやくそれらしき事が出来るようになった。

 左肩を意識して自己治癒術をかけると、傷口の痛みも退いているような気がする。

 その夜はひたすら自己治癒術の訓練を続け、気を失うように寝てしまっていた。


 翌日はイエーカーさんにそのことを話したら、かなり驚かれてしまった。よほどの素質が無ければこんなに早くは出来ないといわれ、疑いの目で見られてしまったので肩の傷跡を見せると何か考え込むような仕草をしていた。


 やがて納得した様子で『その訓練は後々役に立つので寮に入っても続けるように』と言われた。


--------------


「御当主様、お時間よろしいでしょうか。」


「入れ。要件は?」


「例の客人の件で御報告がございます。」


 夜半過ぎ、館内が静まり返った頃にイエーカーはゲカツの執務室を訪れていた。


「例の客人というと、アヤを庇い怪我を負ったあの学生の事か?

 まぁ良い。聞こう。」


「はい。彼の行動を探らせておりましたが、特に不審な点はございませんでした。」


「間者の可能性は無いのだな。それは何よりだ。

 なんだ? イエーカー。他にも報告があるのか?」


「はい。

 実は興味本位で自己治癒術の手ほどきしたのですが、拙いながらも僅か三日で会得したようです。」


「ほぅ。それは凄いな。以前から知っていた可能性は?」


「ございません。

 ですが、かなり幼少の頃から身体強化術を習っていたそうです。

 あの者の身体強化術を見ましたが、引っ掛かりも無く実に自然に行っておりました。かなり高名な師が教えたようです。」


「一般の子供相手に、使えるレベルの身体強化を教えた師か… 興味深いな。」


「はい、ガータで失った兵の補充も簡単には参りません。

 あの者に教えた師を探し出して、召し抱えても宜しいかと。」


「出身はどこだ?」


「はい。シノ県、ワース湖のそばのカーヤ村だそうです。」


「ワース…カーヤ村…… まて、あやつの歳は幾つだ!」


「今年学術院に入学という事は、16歳だと思われます。

 恐らく御当主の推測に間違いないかと。」


「まさかと思うが、至急あやつの経歴を洗え!

 その師というのはキリガクレの大師かもしれん。」


「はい。すぐに手配いたします。」


「わしもあやつの姿をはっきり見ておきたい。

 もし、わしの想像通りなら…

 適当な理由をつけて、明日の夕食会に参加させろ。」


「はい。」


 そう返事をして、イエーカーはゲカツの執務室を後にした。


「16か…… 年齢的には合うが… ケーダの騒乱で死んだ赤子と…

 もしや!! あやつはケーダの…

 あの時同時に行方不明になったキリガクレの大師が…」


--------------


 翌朝、僕があてがわれた部屋で朝食を摂っていると、イエーカーさんが訪れた。


「どうですか? お怪我の具合は」


「はい、教えてもらった自己治癒術のおかげか、かなり楽になりました。

 長々とお世話になるわけにもいかないので、今日にでも寮に移ろうかと。」


「それは困りましたね。

 御当主から、お嬢様をお救いになったお礼を兼ねて、今日の夕食会のお誘いがあるのですが…

 寮に移るのは明日以降にして頂けませんか?」


 エスギーの当主が僕を夕食会に?

 僕の予感は『全力で回避しろ!』と騒ぎ出しているんですけど。


「そんなお礼を言われるほどのことは…」


 その時バタンと音を立ててドアが開いた。


「ハルトさん!

 今夜の夕食会、ご一緒していただけますか!」


「お・・・お嬢様。

 御当主から、ここには近寄ってはならないと言われていた筈では?」


 イエーカーも驚いて声を少々声が上ずっている。


「そのお父様が、私の口からしっかりと礼を尽くして、ハルトさんをお誘いしなさいとおっしゃったんです。

 ハルトさん、もちろん了承していただけますよね。」


「実は先ほど、ハルト様から今日の日中に寮に移るとお聞きしたばかりで。」


 イエーカーさん? さっきは散々引き留めて参加させようとしていましたよね。


「えっ… ここを出て行ってしまうのですか? 今日…これから?

 正式なお礼も申し上げていないのに… 出ていかれてしまうのですか…?」


 アヤの目に徐々に涙が溜まっていく。いまにも零れだしそうだ。

 アヤを泣かせて、そのことをエスギー当主のゲカツさんに知られたら……

 今度は僕の予感が『全力で参加しろ!』と言っている。


「あの、今日今すぐというわけではなく…

 怪我も良くなってきたので

 『そろそろ寮の方も確認に行っておかないとな。』

 という意味だったん……」


 思わずしどろもどろになって、取り繕ってしまった。


「これは失礼いたしました。私の勘違いのようですね。

 お嬢様、ハルト様は参加していただけるそうです。」


「良かった…。 夕食の時間にお迎えに参りますね。楽しみにしていますね。」


 アヤはニコニコしながら部屋を出ていった。


「では、そういうことでよろしいですね。」


「は…… はい。」


 何だか踊らされた挙句、最後は勢いで押し切られてしまった。


「寮の確認に行くなら、これから馬車をお出しいたします。

 ぜひご利用ください。案内監視の者も付けますのでご安心を。

 誰か! お客人がお出かけになる、馬車の準備を!」


 イエーカーさん、いまの…「監視案内の者」って聞こえたんだけど?

 僕が疑問を口にする隙も与えずにさっさとイエーカーさんは部屋から出て行ってしまった。

 イエーカーは、ハルトから見えない角度でニヤリと笑みを浮かべていた…


 普段着に着替えて待っていると、馬車の準備が出来たと若い執事がやってきた。

 案内されるままに、エスギー家の正面玄関に廻された馬車に乗り込む。

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