1-13 疑いと面目
耳ざとく、その言葉を聞いたイエーカーは威圧をたっぷり込めて、受付ホール中に響く声で言い放つ。
「受付に現れていないだと!
当家の御者が彼を送り届けて、こちらに入るのを確認しておる!
学術院は入退場者の管理もまともにできないのか!!!!」
「い…いえ…そのようなことは。
ですが、本日の記録を全て確認いたしましたが… こちらの受付に現れた記録がございませんので…」
その騒ぎに気が付いた総合受付でハルトの対応をした女性が、顔面を蒼白にして… 急いで奥に座る上司の元に走っていく。
「ここの受付に来たなら、必ず記録が残っているのですが…
あっ! もしかして!!」
事務局長に耳打ちした男性職員が何かに気が付いた。
「…もしかしてですが、総合受付の方に…」
その言葉でイエーカーを含めてその場の全員が一斉に総合受付の方を振り返る。
総合受付に居た女性職員とその上司が真っ青な顔をしてこちらに走り寄ってきていた。
「君たち! ハルトという少年がそちらの受付に現れなかったか?」
「は…はい。その少年が持っていた書類の署名が、エスギー家の名を騙った偽造の疑いがありましたので…」
「ふざけるな!! 私がこの手で署名したのだ!!
何を根拠に偽造だと断じたのだ!! 彼はどこにいる! 言え!!」
「ひゃ…ひゃい。 け…警備の者に引き渡して留置場に……」
「留置場…だ…とぉ…!!!!
当家の客人にそんな真似をしたのか!!!
今すぐに開放してこちらに連れて来なさい!!!!
・・・さて、事務局長。
この不始末の責任、どうやってお取りになるつもりかお聞かせ願おう。」
まさに、怒髪天を衝く形相のイエーカー。
男性職員が慌てて警備員の詰め所に走っていった。
30分ほど経ってから、男性職員に連れられたハルトがホールに姿を現した。
「ハルト殿。当家の客人のあなたにこのような仕打ち、誠に申し訳ございません。」
イエーカーは深々と頭を下げた。
状況が理解できていないハルトは滅相も無いという感じで首を振る。
「疑いが晴れて良かったです。
あ…でも今日お誘い頂いていた夕食会を欠席するようなことになって、こちらこそすみませんでした。」
「その件は日を改めてという事で御当主様もおっしゃっております。お気になさらないでください。
今日の所はとりあえず館に戻りましょう。」
「はい。わかりました。
あ…そうだ! 書類返してもらってないや。
返してもらわないと、後の手続きが出来なくなっちゃいますよね。」
「そうでしたか。残っている手続きはどのようなものでしょうか?」
「学生証の発行と寮の鍵の受け取り、後は教科書や参考書籍の購入ですね。それと学術院内の施設も確認するつもりだったんですけど。」
「聞いたな!! 事務局長!!!
手続きは遅滞なく行い、当家まで連絡の者をよこせ。
施設の案内には、当家の客人に見合ったそれなりの人物を用意しろ。
当家の面目を潰した責任については、後日話をさせてもらう。」
僕はイエーカーさんに促されるようにして中央管理棟から出ると、エスギー家の馬車に乗り込みエスギーの館に帰った。
「ハルトさん! 心配しました!」
エスギーの館に戻ると、飛びついてきそうな勢いでアヤが近付いてきた。
「すみません。ご心配おかけしました。
まさか、書類の偽造を疑われるなんて思ってもいませんでした。
でもそれぐらい学術院は入学者に対しても、しっかりと審査してるのが分かりましたから逆に安心しましたよ。」
「ハルト殿、偽造扱いされた署名は、当家を代表して私が書いたものですが。」
「あ…そうでした。すみません。
あと”殿”付けはやめてください。身体のあちこちが痒くなってしまいそうです。
本当なら、僕の方が”様”とか”殿”とか付けないといけないと思うのですけど。
そうなると…アヤ様というべきだろうな…」
「当家の客人ですので… ふむ、ではこうしましょう。
それでは館の中では、ハルト”君”と呼ばせていただきます。
館の外では”殿”付けになるのは我慢してください。
よろしいですね。ハルト君。」
「はい、お願いします。イエーカーさん。」
何だか急にイエーカーさんが近くに感じられるけど。
「”様”はやめて! アヤでいいから。」
さすがにこの館に居る間は不味くない? でも僕の中では、アヤはアヤなんだけどね。
「もうこんな時間でしたか。夕食を食べ損ねてしまいましたね。
料理番に何か作らせますか、御食事はいつものようにお部屋になりますけど。」
「ありがとうございます。さすがにお腹が減りました。」
「では、出来上がったら部屋にお持ちしますね。」
今日はほとんど動いていないはずなのに、なぜかものすごくお腹が減った。学術院への行き返りもずっと馬車だったし、あの小部屋では、自己治癒術の鍛錬しかしていなかったのに不思議だよね。
食事は部屋に運んでくれるそうなので、書類の入ったカバンを持って戻った。
アヤがまだ何か話したそうにしていたけど、さすがに精神的に疲れたのでこの場はお暇することにした。
「御当主様。ただいま戻りました。」
「学術院で何があったのだ?」
「はい。
私が代理で行った入学手続きの書類を、学術院の者が偽造と疑ったようです。
さすがに当家の面目を潰す行為には目をつむる事が出来ません。
後日、学術院の者に謝罪に訪れるように、きつく申し渡しました。」
「確かにワースの者の後ろ盾が当家というのは不自然ではあるが…
当家としても見過ごせぬか…。」
「ですが、その時点で当家に一報して確認をすれば簡単に済む話ですので。
それとおそらく彼は、当家との関わりについて口をつぐんでいたようです。アヤ様の件を話せば、さすがに学術院としても確認を取らぬわけにはいきませんので。」
「確かにな。
考えなしに、あれこれ口にするような軽率な行動をとらぬ分別はあったようだな。
ところで、イエーカー。
急に”あの者”と言わずに”彼”と呼び始めるくらい、あの者が気に入ったのか?」
「!・・・」
「無自覚であったか。まあ良い。
裏取り次第だが、当家に仕えさせても面白いかも知れぬなぁ…
イエーカー、もう良いぞ。」
「はい…。
それでは失礼いたします。」
彼はそう言って執務室から退出していった。
「…あのイエーカーが
確かに面白そうな奴ではありそうだがな。」
一晩寝たら、だいぶすっきりしたな。でも今日は何をすればいいんだろう?
部屋で一人朝食を摂りながら考えてみた。
学術院の手続きはイエーカーさんのおかげで問題なさそうだし、やることが無くなってしまったよな。
空になった朝食の食器が下げられるのと同時にイエーカーさんがやってきた。
「おやおや、どうしましたハルト君。『これから何をすればいいのだろう』といった顔をしてますね。」
いきなり顔を見て、人の心の中を読まないでよ!
「怪我もだいぶ良くなったことですし。
もしよろしければ、少し運動をいたしませんか? この館の警備兵と共に。
いかがですか?」
完全に暇を持て余していた僕は二つ返事でその提案に飛びついた。だけどこれがいかに迂闊だったか思い知ることになる。
訓練用の服を借りて着替えると、館の裏手にある訓練場に向かった。
訓練場は杭で仕切られただけの約200m四方。館を建てるときに整地を忘れたかのように、草がまばらに生え、所々地面がむき出しになってる。
しかもあちこちに伐採した樹の切り株も残っている。
「ここが訓練場なんですか?」
「はい、そうですよ。
むしろこれでもかなり整備されているぐらいです。
訓練の内容によっては、大量に水を撒いて
いや、体動かすって… 僕が思っていたのとだいぶ違いそうなんですけど。
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