旅立ちと出会い

1-1 その出会いが…

 乗り物を降りたフナトさんは、船の操舵室の脇の青いボタンを押した。

 すると甲板の穴からボール状ものがせりあがって姿を現す。

 フナトさんは甲板を確認すると運転席に戻った。僕らは桟橋から甲板の上に移動した。


「よし、じゃあ船に積んでいくぞ。

 最初は良く見て手順を覚えてくれ。荷を積むと船が揺れるから転げ落ちるなよ。」


 そう言って荷物を甲板に下ろす。ググっと船が少し沈んでゆらゆらと揺れる。転げ落ちるほどの大きな揺れではなく少し安心した。

 乗り物のレバーを細かく動かし操作して、荷物を甲板に残してゆっくりと船から離れる。

 甲板に戻ってきたフナトさんが、積み荷に平たいロープを巻き付けて操舵室外側の壁面についた滑車付きのロープを引っかける。


「このロープを引っ張って、操舵室側から2個づつ4列、順番に積み込む。今日の荷物は全部で8個だ。

 突起はローラーになっているから上に足を載せるなよ! すっ転ぶからな。

 次の荷を取りに行ってくるから、その間に移動しておいてくれ。」


 乗り物はガチャガチャと音を立てて動き出し、フナトさんは倉庫に戻っていった。

 その間に僕とアヤトは指示通りに滑車を使って荷物を移動する。身体強化が無かったら、この作業は結構大変だぞ。

 あちゃぁ… 斜めになっちゃったよ。


「アヤト! ロープを引っ張っているから、積み荷の位置をずらしてくれないか。」


「あぁ、わかった。」


 ヒョイヒョイとローラーの出ている甲板を軽快に移動してきたアヤトだが、魚を狙って滑空してきた水鳥が目の前をかすめたことに驚いてローラーの上に足を載せてしまう。

 抵抗なく回転するローラーに足を取られたアヤトはそのままバランスを崩し僕の方に向かってよろけてきた。

 とっさにロープを手放して、倒れ込んでくるアヤトの小柄な体を支えようと手を伸ばした。

 丁度、体を正面から右手一本で支えるような体勢に…


 むにゅ・・・。


 ふぇっ? ムニュ? むにゅ????


 驚いてそのまま指に力が入ってしまい、まるでその感触を確かめるような動きになってしまった。


「え? あ? ご、ごめん。

 わ… わざとじゃないんだ。」


 僕の右手で抱えられるような形になっていたアヤトは、ゆっくりと足元を確認して離れていく。


「・・・・」


「ご… ごめん。わざとじゃないんだ。」


 俯いたままのアヤトを見ると、プルプルと体を震わせながら耳まで真っ赤になっている。

 その姿を見た僕はようやく気が付き、思わず言葉が漏れた。


「お… 女の子だったの?

 もしかして、秘密にしてたの?

 フナトさんには言わないよ。」


 小さく頷いた彼女は、そのまま黙ってズレた積み荷を押し始める。僕も慌ててロープを持って積み荷の位置を調整する作業に戻った。

 僕とアヤトは互いに気まずい雰囲気のまま、黙って作業を続けた。


 これが僕の運命を大きく動かす出会いだったなんて…。

 この時はまだが付かなかったんだ。 



《皇歴 2225年 4月》


 16歳になった僕は皇都学術院の魔道学部に入学することになった。

 勉強は人並み以上に出来た。初等・中等学校の9年間一度も成績トップの座を譲ることは無かった。

 両親とカーヤ中等学校の恩師はその成績ならば… という事で、皇都の学術院の推薦試験を受けることされてしまっていた。


 秋の定期試験を終えた後に呼び出された。そこで僕は恩師や学校の校長の目の前で、ある試験を受けることになった。


 その試験が皇都学術院への推薦の為の選抜試験だと知らされていなかったので、気が付くこともなく実にあっさりと試験は終了。結果はワース湖さえ凍てつく厳しい冬の間に届けられて恩師から「実に8年ぶりに合格した」ことを告げられた。

 だけど僕はすぐに入学するとは言い出せなかった。学力には問題は無くても、そのほかの部分では… 個人の資質に致命的な欠点があったから、学部・学科の選択肢も限定されてしまっていた。



 皇都学術院には5つの学部がある。


 【政経学部】 文官育成に特化した教育機関。卒業生は官僚や裁判官などの道に進むものもいるが、生家が商家という生徒は家業を継ぐことが多い。

 地方の学校の教員などもここの卒業生がほとんどだ。例外として退役した軍人が、田舎に戻って務めることもあるけど。

 ここに入るには学科成績の上位5%以内の者。彼らには入学の優先選択権が与えられる。上位者が他の学部を選択して空きが出来た時に7%以内までの者に入学の打診が行われる。


 【軍学部】 文字通り皇国軍を支える士官・軍人の育成機関だ。「心技体」戦いにおける術を学ぶ「士官候補科」が学生の8割を占めている。残りの2割は「理化学科」といった軍事力強化の研究者を育てる科に進む。

 ここで考案された新技術は徐々に民間に広がって、日々の生活に役に立っている。一般市民が使える魔導列車も、管理運行は軍が行っている。

 幹部候補となる成績が優秀な学生の中には、一時的に【政経学部】や【医薬学部】に転籍して学ぶ場合もあるそうだ。


 【医薬学部】 ここだけは別格になっている。知力学力を求められると共に、初代皇王の遺言で高い倫理観を持たない者は入学を認められることはない。

 当然のことながら在学中にもそれが求められる。成績不良・素行不良は即時退学の処分、さらに不正や不義が発覚したら犯罪者として収監されてしまう。

 命を救う術を知っているという事は、裏を返せばも知っているということだから。

 しかも、ここだけは7年間も勉強しなくてはならない。


 【農学部】 軍学部と並んで重要視されていて生徒も多い。ひとくくりに農学とは言うが、農産、水産、畜産に関する事柄の全て網羅している。

 地方の村長や街長にはこの学部の出身者の割合が高い。魔法を使って強制的に成長を繰り返す方法などで、寒さや暑さに強い品種にする為の品種改良や生産技術の研究開発も行っている。

 カーヤの村長もこの学部の出身だ。実際、村長が学んだ知識のおかげで村の生活は大きく改善した。昔と比べて不作・凶作になることが減ったと聞いた。


 【魔導学部】 魔導学部には大まかに分けて2つの学科がある。

 迷宮ダンジョンに入る探索者になる為、迷宮ダンジョンにまつわる魔石や鉱物収集についての知識や戦闘技術を学ぶ迷宮ダンジョン探索学科。

 実情は軍学部の士官候補科の下位互換という扱いになっている。かつてほど学生は集まらなくなったが迷宮ダンジョン探索学はつぶしが効くので希望者も多い。


 もう一つが、産出されたそれらの資源を有効的に利用する為の基礎研究や開発を行う技術系の魔法工学科だ。だけど、魔法工学科は完全に「理化学科」の下位互換。軍学部の理化学科ほど予算も潤沢ではない。ゴーレム技術を利用・応用した様々な作業機器や工作機器は、安価な民生品として人気ではあるのだけれど。

 

 後日村長から聞かされた話では、学力の点数だけならギリギリ上位7%。たぶんどの学科も最低の合格点には届いていたらしい。学校で毎年行っている検査での魔力量も、皇国全土で試験を受けた中でも上位10%には入っていると聞かされた。


 だけど僕にはその魔力を有効に使えるだけのが無かったんだ。全く使えないわけでは無いけど、もうこれは致命的な欠点。


 結局、僕はやたらと多い魔力量を生かして【魔導学部】内で技術系の勉強・研究をする魔法工学科に入学することに決めた。

 卒業後はどこかの工房か商家で働き、実績や資金が出来たらカーヤに戻って自分の工房を開こう。少しでも育ったカーヤ村ふるさとの力になりたい。

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