1-2 飛び立つ雛

 7日前から始まったワースから皇都への一人旅。魔導列車も通っていないシノ県の片田舎から両親とカーヤ中等学校のキガクレ先生、それにカーヤ村のシモワース集落のなじみの顔に見送られ出発した。

 すでに支払った入学金だけでもだいぶ高額なはずだ。だけど両親は自分たちの生活をギリギリまで切り詰めて少なくないお金を掻き集め、皇都への旅の費用として持たせてくれた。

 それに両親とは直接の血のつながりはない。生まれてすぐに今の両親に預けられて育てられた。

 出発する直前にそのことを告げられたが些細なことだ。物心ついた時から薄々気が付いていた、父や母とも違う灰色の髪や薄いとび色の目。育てても貰った今の僕には感謝しかない。


 大切なお金だから無駄遣いは出来ないな。


 出発する僕の姿をシモワース集落から遠く離れた場所で監視している人たちがいた。もちろん僕はそんなことには全く気が付かなかった。


--------------


「ワース家の血を汚したあの欠陥品は、このワースから出ていったのだな。」


「はい、間違いなく。」


「出来れば皇都にたどり着かずに、どこかでいなくなって貰いたいが。

 首尾はどうだ?」


「申し訳ありません。

 追跡した者たちが予定でしたが、報告では事前調査で把握していた以上に身体強化の持続力があり、ヤガタケの山中に向かう街道で起こる落石事故に巻き込まれることなく… 初日であっさりと見失ったそうです。」


「なんだと!

 追跡した者たちは、あれを処分できなかったのか?」


「はい、残念ながら…」


「まずいな、ケーダの奴らにこの事が漏れたら…

 所詮は破落戸ごろつき上がりの雑兵か… …不手際が目立つな。

 その無能共の処分はどうなってる?」


「ヤガタケ山中で報告を受け、その場で… 彼らはました。

 今後のの行動については、先行して皇都に潜入した者たちから定期的に報告が入る手筈になっております。」


「無駄な出費だな、引き上げさせろ。

 いろいろと理由をつけて出発をギリギリまで引き延ばさせたのだ、恐らく入学手続きに間に合うまい。

 もし仮に入学できたとしても、村人共から税を搾り取り、学費を出させなければ必然的に流民落ちだ。

 その時機になったら、ケーダからシモワース集落に移住してきた奴らには… どんな些細な理由でも構わんから特別徴税を行え。

 集落ごと干上がらせるのだ。集落からの支援金が尽きれば、あの欠陥品も野垂れ死ぬだけだ。」


「かしこまりました。」


--------------


 本来なら皇都に向かうにはコシュウを抜けたほうが早いのだけど、僕が生まれた頃からコシュウのケーダとの関係が悪化。街道整備もされず荒れ放題、荷馬車の行き来も激減してほぼ封鎖状態になっている。そんな理由で遠回りにはなるが、ヤガタケを越えサーク方面からジョシュ県を抜けて皇都に向かうしかない。

 ヤガタケの山道に入ってしばらく進んだ時、僕の背後で街道の崩落事故が起こった。豊富な魔力任せにひたすらをして山道を早足で歩いていて助かった。

 途中で休んでいたら、足止めされるか若しくは崩落に巻き込まれたかもしれない。


 緩やかに下りながらヤガタケ山の中腹から裾野へと抜ける谷沿いの街道を進み、3日目にサーク、5日目にイザーワの街を過ぎ、簡易野営施設で野営をして2日かけて雪の残るウッスイ峠を越え下っていく。

 野営中も野生動物たちの気配は拙い魔力感知で把握できている。いたずらな猿が近寄ってくるたびに石を投げて追い払う。狼や熊なんかは、そもそも人に近寄ってくることも無いから心配はない。


 夕方前になんとかジョシュ県のミオカの街に到着。

 ここまで野営で宿代を浮かせてきたので少し余裕はある。とにかく安い宿を探して宿泊することにした。


 見つけた宿は一泊1500円で夕食無し。

 これで寒さに震えて警戒しながら眠る必要も無い、身体強化をしていても寒いものは寒い。峠の途中で野営した時と比べたら、天地ほどの差があるね。


 背負ってきた荷物を降ろし、お金や入学許可証なんかの貴重品だけ持って食事が出来る店を探して歩くことにした。


 宿を出て街を散策。繁華街に近づくと『ギノーヤ』と看板が掲げられた居酒屋兼定食屋の様な店を見つけたので、その暖簾をくぐり店内に入ることにした。


「らっしゃい! 何名様?」


 びっくりするほどの威勢のいい店主の挨拶に驚いた。思わず身体を小さくして、おずおずと指を一本立てる。


「あいよ! 一名様! ご案内ーい!!

 混んでるから、そこのカウンターでいいかい?」


「あっ、はい。構いません。」


 その威勢のいい声に押されるように、目線で案内されたカウンター席に座った。

 ふところの所持金と相談しつつ、目の前に置いてあるお品書きをパラパラとめくりながら眺める。

 だが書かれている料理がどんな料理かさえもわからないので、料理名だけではいまひとつしっくりと来ない。

 ひたすらをする僕に対して、店主から飛んでくる視線が突き刺さって痛い。

 店主が何度もちらちらとこちらを見てくるのに耐えられず、思わずお品書きを閉じてしまった。だけど…

 その表紙には大きく「名物 峠の釜めし定食セット」と書いてあった。

 店主がようやくそれに気が付いたのかという風に問いかけてきた。


「ご注文は?」


 勢いに押されて思わず頼んだのは、地元の名物料理だという釜めしと蒟蒻田楽の定食セット。

 それを注文すると店主は饒舌に語り出す。


 店主曰く。これは「由緒正しい」料理だそうだ。

 皇国の初代皇王が、建国後に各地に赴いた時に作り方を伝えられたのが元になった伝統の料理だという。


『本当かどうかは、知らん。ガハハ!』


 と豪快に笑い飛ばして厨房に引き返していった。


 しばらくすると、”ドン”と音を立てる勢いでカウンター越しに料理が乗ったお盆が置かれた。

 お盆の真ん中に鎮座しているのは、木の蓋を載せた陶器の器。器と蓋の隙間から湯気が立ち昇っている。今まで見たことも無い器だ。

 その陶器は側面にぐるりと一周するつばが出ている独特な形。この形は初代皇王の当時からあまり姿を変えていないという。

 木蓋を開けると中身は山鳥やまどりや根菜、きのこが入った炊き込みご飯。空の茶碗と小さなしゃもじがお盆に乗っている、炊き込みご飯をよそって食べろと言うことかな? 器もかなり熱そうだから、たぶんそういう事なんだろうな。


 定食セットについてきた具沢山のみそ汁を一口飲み、その温かさが冷え切った身体に染み渡りほっと一息つく。


 食事をしながらこれからの移動方法を考えた。


 一番楽なのはジョシュの県都であるカサキの街に向かい、そこから魔導列車を使うのが早くて簡単だ。

 だが大前提として、手持ちのお金が心もとないので無駄なお金は使えない。それに一度進路を北東方面に進み迂回することになるので、途中の宿泊費も考える必要がある。

 3泊か4泊…それだけで皇都までの残りの旅費は1/4を切ってしまうかな?

 更にその上に安くはない魔導列車の代金を考えたら…


 う~ん… 無理だ。さすがに5000円以上する魔導列車の代金も含めると、とてもじゃないが手持ちのお金では足りない。

 だけどこのまま歩いていくなら、睡眠時間を削って魔力ごり押しの身体強化を連続で使うしかない。身体がもつかな?


 少しだけ、入学手続きに間に合うのか不安になってきた。

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