第27話 リオンがオルソンの部屋にやって来た。
――午後八時。ノックの音。
自室には俺は一人。
焦れるように待っていた瞬間が訪れた。
扉を開けると、そこにはリオン。
「こんばんは。えへへ、来ちゃった」
お風呂上がりなのか、リオンはしっとりと上気し、頬が赤い。
はにかむ顔の破壊力は抜群で、見入ってしまう。
そして、視線を下ろし、俺は絶句する――。
「そっ、その格好は……」
桃色の上下のパジャマ姿。
もこもこの白いスリッパ。
リオンは年齢より幼げな少年のような身体つき。
だが、薄着になって分かる。
胸の膨らみこそないものの、丸みを帯びた肩、くびれた腰。
そして、パジャマとスリッパの間から見える
リオンは紛れもない――女の子だった。
それも極上の。
テスレガに登場するヒロインたちに匹敵する、いや、それ以上だ。
ボーイッシュな女の子好きには堪らないだろう。
俺にアルダがいなかったら、間違いなくイチオシヒロインになっていた。
「どうかな?」
「あっ、ああ、とっても似合ってるよ」
「えへへ~。やったー。オルソンに褒めてもらえた~」
蕩ける笑顔に思わず抱きしめたくなる衝動。
なんとか、抑え込むのに成功した。
ふぅ、と息を吐いて、なんとか、平静を保つ。
「自分で選んだの?」
「ううん。ナタリアーナが選んでくれた」
ナタリアーナは百合というわけではないが、他の女の子にカワイイ服装をさせて喜ぶという設定がある。
リオンが選んだとは思えなかったので、彼女のチョイスだと言うなら納得だ。
「ボクはあんまり女の子っぽくないから、こういう格好の方がいいんだって」
ナタリアーナGJ!!!
心の底から感謝を送る。
たしかに、リオンにはヒラヒラしたやつよりも、この格好の方が良く似合う。
「リオンはカワイイ女の子だよ」
「えへへ~。カワイイって言われちゃった~」
「いつもと違う姿が見られて、俺も嬉しいよ」
抱きしめたいが、頭をポンポンするのに止めておく。
湿った髪からは甘い香りが漂ってくる。
「ナタリアーナが言ってたけど、夜に集まってお話するの、パジャマパーティーって言うんでしょ?」
確かにそのような催し物はあるが……。
普通、それは女子が集まってやるものでは…………。
疑いのない視線を向けられ、戸惑う。
「オルソンはパジャマじゃないけど、あれ、なんか、マズかったかな?」
「いや、ごめん。思ったより早かったから。今すぐ着替えてくる。ソファーでくつろいでて」
落ち込み書けたリオンにとっさの言い訳でしのぎ、リオンをリビングに案内する。
俺は動揺を隠して、寝室へ向かう。
背中越しに「オルソンのパジャマかあ。楽しみだな」と期待に満ちた声が聞こえる。
そういえば、一人で着替えするのは久しぶりだ。
ゲームにはなかったが、この世界には身体や衣服の汚れを落とす魔法がある。
だから、ダンジョンでは着替えなんていう概念はなかった。
ここに来てからも、着替えはアルダが全部やってくれたし。
アルダに席を外してもらってる以上、自分でやるしかない。
着替えを済ませてリビングに戻ると、リオンの視線が飛んでくる。
「うわ、パジャマ姿も格好いいね」
リオンはキラキラと目を輝かせ、俺に見入る。
深く考えずに思った通りの感想を述べただけ。
だが、そのセリフは多くの者に誤解を与える。
俺以外にはその態度は絶対にダメだからなっ!
「リオンも似合っているよ。とっても可愛い」
もう一度褒める。本音だ。
リオンはもともと隙があって、どこか危なっかしい。
そんな彼女の無防備なパジャマ姿だ。
この後どうなるか、この段階ですでに俺の心臓は暴れ始めていた。
「えへへ、オルソンに褒められちゃった」
小声で呟くリオン可愛い。
くてっと小首をかしげるリオン可愛い。
ダルっとしたパジャマの隙間から見えるリオン可愛い。
裾が短いせいで、リオンが動くたびに、へそがちょこんと顔を見せる。
俺はリオンの天然さに虜だ。
ずっと、眺めていたい。
撫で回したい。
――だが。
リオンは俺のことを友だちだと思っている。
俺の気持ちは友だちに向けるものではない。
今の段階では、俺は友人として接すべきだ。
一歩を踏み出すのは、好感度が80を越えてから――。
それも時間の問題だ。
なにせ、現在、リオンの好感度は75。
ひょっとすると、今日のうちに、その壁をクリアしてしまうかもしれない。
そうなったときに、俺に歯止めが利くかどうか、はなはだ疑問だ。
アルダの許可は得ているし、そうなってもなんの問題はないのだが……。
俺は内心を隠し、リオンに尋ねる。
「ワインで良い?」
「なんか凄い高そうなんだけど……いいの?」
この世界では15歳で成人。
飲酒してもお咎めなしだ。
ゲーム内では飲むとバフがかかる酒も登場した。
デバフがかかる酒も。
媚薬的なお酒も。
「気にしないで。客に安い酒を振る舞うのは、貴族の体面としてできないんだ」
「なら、遠慮なくいただくね」
「楽しんでもらえるのが一番だよ」
二人きりの場面で貴族の体面とか、まったく関係ない。
ただ、リオンに美味しいお酒を飲ませたいだけだ。
俺はリオンの向かいに座る。
乾杯を済ませ。
俺は貴族の身体に染みついた飲み方で。
リオンは恐る恐る、ちびりと一口含む。
「美味しいっ!」
「俺しかいないから、マナーとか気にしないで。好きに飲んでね」
「うん」
リオンは一息でグラスを空にする。
イイ飲みっぷりだが、この状況でそれは……。
無意識なんだろう。そこが彼女の魅力なのだが。
まったく、隙だらけだ。
俺がお代わりを注ぐと、リオンはグラスを傾ける。
今度は半分ほど飲み――。
「オルソン、ありがとう」
いつものふわふわした感じではなく、真摯な声で告げられた。
「オルソンには感謝してもしきれないよ――」
リオンは思いを伝えたがっている。
俺は黙って、それを聞く。
「村を救ってくれたこと。ボクを導いてくれたこと。強くなる方法をおしえてくれたこと――」
一年前から今日まで。
振り返るリオンの目は俺の目に向けられたまま。
「どれひとつとっても、返しきれないほどの恩だよ」
リオンは深く頭を下げる。
「本当にありがとう」
「気にしなくていいよ。俺がやりたくてやったことだから」
「ねえ――」
リオンは言葉を句切る。
そして、思い立ったように口を開いた。
「あのときの話して良い?」
「もちろん」
「なんであのとき村に来たの?」
「リオンの村を救ったのは、魔族が襲うのを知っていたからだよ」
「だよね。そうじゃなきゃ、不自然だもん」
「俺の実家、ディジョルジオ家は情報収集に長けている。あの件が俺の耳に入った。俺には魔族を倒す力があった。それだけだよ」
「やっぱり、リオンは強いね。ボクだったら……」
「リオンでもそうしたはずだよ。君ならたとえ勝てる力がなくても、助けに向かう。俺よりもずっと強いよ」
戦闘力ではない。
心の強さだ。
「村を助けてくれた理由は分かったけど――なんで、ボクを殴ったの?」
「…………ごめん」
いくらこっちには理由があるとは言え、初対面で殴りつけたのだ。
常識的にはありえない行動だ。
「ううん。責めてるわけじゃないんだ」
「…………」
「あの一発、痛かったよ」
「強く殴り過ぎちゃった?」
「そうじゃない。確かに顔も痛かったけど、それよりも心が痛かった」
「心?」
「この人はこんなに強いのに、ボクはなにをやってるんだろうって」
リオンは組んだ両手をギュッと強く握りしめる。
「オルソンは強くなるためにボクが想像できないような厳しい鍛え方をしてきたのに、ボクは平和な村でのんびりと生きてきただけ」
それはアトランティックがそう設定したから――とは言えない。
「魔王が復活しそうだって知っていた。ボクの村なんか魔族に襲われたら全滅。それは分かっていたはずなのに、なにも考えていなかった。なにも行動に移さなかった」
真剣な顔つきでリオンは言葉を続ける。
「でも、それじゃダメだって、オルソンが教えてくれた。だから、ボクは生まれかわることができたんだ。とっても感謝している」
再会してからの態度でその気持ちは伝わっていたが、あらためて言われると自分の選択が間違っていなかったのだと嬉しくなる。
「だから、あえて訊くね。なんで、ボクを選んだの?」
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『そういえば、そんなイベントあったよな。』
楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m
本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます