第26話 ナタリアーナとファヴリツィアの修行を見る。


「では、始めます」


 アルダは無表情のまま、ヤマウサギを片手で捕まえる。

 そして、的にしやすいように持ち上げると、冷たい声で告げる。


「ナタリアーナ」


 ナタリアーナが呪文を詠唱する。


『――【衝撃はすぐそこにインパクト・イズ・イミネント】』


 彼女が放った衝撃波がヤマウサギに命中するが――。

 うーん、やっぱり、想定してた水準に達していない。

 本気で修行に打ち込むリオンに比べて、二人はまだまだ甘えがある。


「ファヴリツィア」


 アルダの命令に――。


『――【聖なる再生ホーリー・ダイバー】』


 癒やしの光がヤマウサギを包み、傷が癒える。

 だが――やっぱり、ファヴリツィアもか。


「ナタリアーナ」


『――【衝撃はすぐそこにインパクト・イズ・イミネント】』


 二人の修行方法はシンプル。

 アルダが捕まえているヤマウサギ。

 ナタリアーナが魔法で攻撃。

 ファヴリツィアが魔法で回復。

 そのループだ。


 絶え間ない魔法の連続。

 魔力が尽きたらポーションで回復。

 アルダに急かされるので、休むことも出来ない。

 その結果、さっき見たように死んだ魚の目が出来上がる。


 これぞ――ヤマウサギ・サンドバッグ。


 この方法はヤマウサギ・マラソンやカトブレパス攻略チャートと違ってゲームでは使えない。

 この世界に来て、俺が考え、勝手に名づけた育成方法だ。


 テスレガの仕様として、モンスターはプレイヤーが回復させるたびに強くなる。

 今もヤマウサギはアルダの手の中で暴れている。

 ファヴリツィアの回復魔法で癒やされるたびに、暴れ方は激しくなる。

 なので、アルダのような強キャラがいないと実行できないのだ。


 レベル30越えアルダにとってはヤマウサギが多少強くなろうと誤差みたいなもの。

 レベル差の暴力でどうとでもなるのだ。

 今すぐにでも吐きそうな二人以外はなんの問題もない。


 二人の育成方法はリオンと異なる。

 リオンのようにヤマウサギ・マラソンはしない。

 それどころか、一匹のヤマウサギも倒していない。


 なぜか?


 それはテスレガの熟練度というシステムに理由がある。


 ――熟練度。


 特定のスキルを使えば使うほど、そのスキルの威力が上がり、消費MPも少なくなる。

 だったら、レベルを上げて最大MPを増やしてから連発すれば良いのでは?

 極端な話だが、レベル10もあれば、魔力回復ポーションに頼りすぎずともサンドバッグできる。


 だが――。


 もちろん、テスレガはそんなに甘くない。

 熟練度はレベルが低いほど上がりやすく、レベルが増えるほどに熟練度上げの効率が落ちるのだ。


 少しでもプレイヤーが楽を出来る可能性の芽を摘み取る。

 ゲームを面白くするよりも、プレイヤーの心を折ることに心血を注ぐ――それがアトランティックだ。


 まあ、そのおかげで死にゲーとしては圧倒的な評価を得られたので、アトランティックの作戦は成功したと思う。

 思うけど…………「ぶっ殺してやる」と何度、思ったことか。


 アトランティックへの怒りを語り出すとどこまでも止まらなくなるので、これくらいにしておこう……。

 ともあれ、二人はレベル1のまま、スキルの熟練度上げを優先だ。

 熟練度を一定まで上げてから、レベル上げ。

 それで、なんとか日曜日のイベントに間に合うだろう。

 俺の見通し通りだったなら……。


 二人の熟練度は俺が想定するより上がっていない。

 このままだと、金曜日には……。

 二人にはより過酷な修行を課さねばならなくなる。

 できれば、避けたかったのだが……。


 ――時間いっぱいまでサンドバッグを続けた。


 その結果、完全にダウンしてしまった。

 ヤマウサギではなく、二人が。


 タイムアップとなり、俺たちは転移室に強制退出させられた。


 へたり込む二人に、アルダは見下すような視線を向ける。

 俺に比べて不甲斐ない――そう思っているのだろう。

 たしかに、俺の二年間に比べれば、今日の修行なんてぬるま湯だ。


 だが、二人は俺に比べて、覚悟も、根性も、鍛え方も全然だ。

 まあ、これは仕方ないともいえる。


 俺は知っている――。


 魔王の脅威を。

 アトランティックの悪意を。

 この先に待ち受ける地獄を。


 しかし、この二人は知らない――。


 今まで「優秀だ、優秀だ」ともてはやされ、この学園に入学した。

 楽しい学園生活を期待していただろう。

 そんな二人に入学早々これだけの苦行を押しつけるのは酷な話だ。


 だけど、俺は心を鬼にする。

 二人とも大好きなヒロインだ。

 二人が苦しむ姿を見るのは、正直、ツラい。

 それでも、二人の死に比べれば――。


 俺は血がにじむのも気にせず、唇を噛みしめる。

 この程度はまったく痛みを感じなくなった。

 そんな俺に温かい声がかけられる。


「オルソン、お疲れ!」

「リオン……」


 向けられる嬉しそうな笑顔を、俺は真っ直ぐに見られなかった。

 今のリオンは修行を楽しんでいる。

 だが、そのうち、彼女にも地獄を味わってもらうことになる。


 グッと拳を握る。

 爪が肌に食い込む。

 グッと目をつぶる。


 目を開けたときには――いつもの笑顔が作れたはずだ。


「お疲れ。どうだった?」

「うん、いっぱい狩れたよ」

「よかったな」

「オルソンのおかげだよ!」


 興奮で飛び上がりそうなリオンは「あのね、あのね」と、このままだとずっと喋ってそうなので、俺は彼女をたしなめ、ナタリアーナに話しかける。

 今は二人のケアの方が優先だ。


「おーい、生きてるか?」


 へばっていたナタリアーナに声をかけても、彼女は顔を上げない。

 ボソリと呟くように漏らした。


「ねえ、こんなのいつまで続けるのよ」

「金曜までだよ」

「後、二日……」

「まあ、頑張ってよ」

「むっ、無理よ」

「大丈夫、大丈夫」


 褒めても、貶しても、彼女のためにならない。

 だから、軽い調子で流す。

 一番良い方法は――。


「リオンも頑張ってるよ?」

「リオンが……」


 ナタリアーナはピクリと肩を揺らす

 リオンの名前は効いたようだ。

 顔を上げ、俺と目を合わせる。

 その目はまだ死んでいない。

 すっくと立ち上がり、俺を見据える。


「分かったわ。耐えてみせるわよ。見てなさい」

「うん、頑張って」


 やる気を出したナタリアーナに、リオンが「頑張ってね」と声をかける。

 後は、リオンに任せておけば大丈夫だろう。


 もう一人――ファヴリツィアは、リオンでなくて俺じゃなきゃダメだ。

 精神的なダメージはファヴリツィアの方がナタリアーナより大きいだろう。


 彼女のスタート時点でのステータスは主要キャラの中でダントツ一位だ。

 王家の血筋を引き継ぐ天才。

 努力をせずとも同世代に並ぶ者なし。


 この世界では、強さはいかに努力したかじゃない。

 強さを決めたのはアトランティックだ。

 アトランティックが決めた役割に応じて、強さが決められている。

 ファヴリツィアは首席合格という役割が当てはめられた。

 いずれ主人公に追い抜かれるという役割を。


 自分より格上であった存在を追い抜かす。

 主人公の成長を感じさせるには一番。

 プレイヤーの達成感を満たすのにも一番。


 ファヴリツィアはオルソン同様に、初期ステータスこそ高いものの、その成長速度は遅い。

 一方、主人公とナタリアーナは全キャラ中、最高の成長率。

 上手くすれば、一年生の間にファヴリツィアを追い越せる。

 だが、それを本人は知らない。


 初めての苦行に、ファヴリツィアの心が折れてはならない。

 俺は人格を切り替えて、彼女の元へ向かう。


「どうした? それでも王女か」


 俯いている彼女に、上から冷たい声を投げかける。

 彼女はピクリと肩を振るわせ、恐る恐る顔を上げる。


「いつまで俺に、みっともない姿を晒すつもりだ」

「はっ、はい」


 彼女には俺様ムーブが覿面てきめん

 うっとりと瞳にハートを浮かばせ、シャキッと立ち上がる。

 その所作には王女ならではの優雅さが伴っていた。


「まだ修行は続けられるよな?」

「もっ、もちろんです」

「アルダは俺の従者。お前にとっては姉のような存在だ」

「お姉様っ!」

「ちゃんと命令に従え。その代わり、後二日、頑張ったら、ご褒美を上げよう」

「ご褒美っ!?」

「土曜日にデートしてやる」

「はひっ!?」


 土曜日のことを想像しているのだろう。

 恍惚の表情で腰をくねらせている。

 他の者には到底見せられない痴態だ。


「ねえ、オルソン」

「うん?」


 ファヴリツィアに背を向けると、リオンに声をかけられた。

 恐る恐るというか、躊躇いがち。

 リオンには珍しい態度だ。

 一拍おいて、リオンは思い切って切り出す。


「今日の夜、オルソンの部屋に遊びに行っていいかな?」


 ドキリと心臓が飛び跳ねる――。


 瞳を潤ませた上目遣い。

 ギュッと握りしめた両手から不安が伝わってくる。

 ドキドキとリオンの早鐘を打つ鼓動が聞こえそうだが、俺も同じか、それ以上だ。


 気持ちを落ち着かせ、リオンの言葉の意味を考える。

 夜。女の子が男の部屋に訪れる。

 この意味をリオンはどこまで理解しているんだろうか。


 いずれにしろ、断る理由がない。

 それどころか、大歓迎だ。

 うなずき、返答する。


「二人きりがいいのか?」

「うん」

「じゃあ、アルダには外してもらおう」


 ナタリアーナとファヴリツィアの修行が予定通りにいかず、俺は少しナーバスになっていた。

 だが、リオンの笑顔がモヤモヤを吹き飛ばしてくれた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『リオンがオルソンの部屋にやって来た。』


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