第23話 レガシーボスと戦う。
――第五階層。
縦長の部屋がひとつだけ。
幅五メートル。奥行き二〇メートル。
その最奥でレガシーを守るかのように待ち受けるレガシーボス。
その名は――カトブレパス。
プリニウスの『博物誌』に記された架空の動物。
長いたてがみを生やした水牛。
動きは遅く、頭が重く俯いたような姿勢をとっている。
通路をふさぐほどの巨体だ。
そのため、背後はおろか、横に回り込むスペースすらない。
だが、その脅威は巨体ではない。
長いたてがみに隠された単眼だ。
この眼から赤い光線を発射する。
赤光線の効果は部分石化。
当たると身体の一部が石化する。
一撃喰らっただけなら、行動力が少し奪われるだけ。
だが、あまり喰らいすぎると石化状態になり、行動できなくなる。
石化しても他のメンバーがアイテムやスキルを使って治せるが、全員が石化してしまうと死亡扱いになり、パーティーは全滅。
セーブポイントからやり直しだ。
この部分石化というシステムが絶妙の難易度バランスを生み出した。
ゲーム内で部分石化攻撃を行うのはカトブレパスのみ。
他のモンスターが使う石化攻撃は喰らえば一発で石化する――というもの。
そうしなかったのは、開発の良心、いや、悪意だ。
もし、一発石化だったら、不可能難易度。
ほんの数人の天才プレイヤーしかクリア不能。
ほとんどのプレイヤーは最初から諦めてスルーする。
だが、部分石化であれば、クリアの可能性が見えてくる。
極めて高難易度だが、不可能ではない。
ご褒美はレガシー。
レガシーが得られるのであれば、頑張ってみよう――となる。
そして、甘いエサで釣って、罠に嵌める――それがテスレガ制作のやり口。
普通のプレイヤーでも頑張って練習すれば、それでもギリギリ届かない――それが制作の意図した絶妙の難易度だ。
辛く苦しい過去がフラッシュバックする――。
俺は「ふぅ」と息を吐き、気持ちを切り替える。
いよいよ、戦闘の始まりだ。
戦闘開始と同時に、カトブレパスは自分に向けて石化光線を放つ。
自らを石化することによって、こちらの魔法攻撃は通じなくなる。
物理攻撃もどんなに強力だろうと、与えるダメージは1。
カトブレパスのHPは100なので、攻撃を百回命中させなければならない。
初めてのレガシーボス。
こちらも敵も強力な全力攻撃の打ち合い。
一発で戦局がひっくり返る、派手な攻撃の応酬。
それこそがボス戦の魅力――なハズなのだが、ペチペチと削っていくしかないのだ。
ひたすら、地味な戦い。
戦闘の爽快感とか、まったく考えていない。
ただただ、苦行なだけ。
さて、カトブレパス戦だが、まず、近づけない。
近づいて接近戦を挑むと、10回攻撃する前に石化してしまう。
なので、遠距離から攻撃するしかないのだ。
テスレガでは、リオンとナタリアーナを除いて、他のキャラは使える武器やスキルが決まっている。
例えば、オルソンはダガーと闇魔法。ファヴリツィアはロッドと回復魔法。
メインの二人だけが、好きなスタイルで戦えるのだ。
序盤のうちで遠距離物理攻撃を行えるのは、リオンかナタリアーナのうち、物理職を選んだ方だけ。
そして、使える遠距離武器は弓矢だけ。
ゆえに、弓矢と光線の撃ち合いにならざるを得ない。
ボス戦なのに、こちらはソロとか意味分からない。
矢を百発当てるのが先か、こっちが石になるのが先か。
一時間以上に渡る、地味な戦い。
最初のうちはなんとかなる。
躱せないほどじゃないし、回復ポーションもあるし、他のメンバーを盾に出来る。
だが、時間とともに、なけなしの回復ポーションは減っていき、仲間は石になり、プレイヤーの集中力も落ちていく。
その結果――石化、全滅。
20回当てられた。
30回当てられた。
40回当てられた。
50回当てられた。
何回も繰り返すうちに、少しずつ上達していく。
一週間もやり込んだ末――。
99発目で――石化、死亡。
一週間で感情は摩耗していた。
怒る気力も残っていない。
虚無。
ただただ、虚無。
見飽きるほど見てきたバッドエンドを告げる画面。
気がつけば、ディズプレイの前で半日が経過していた。
その数日後、ようやくカトブレパスに勝利したときの脳汁分泌はヤバかった。
このシーンをスクショして、ウッキウキでSNSにアップ。
俺が想像していたリプライは――。
乙!
おめ!
GJ!
このような祝福の言葉だった。
だが、俺の期待に反して――。
GL!
頑張れ!
俺たちの戦いはこれからだ!
などなど、励ますようなものばかりだった。
もし、これらの言葉の意味を慎重に受け止めていれば、この後の不幸は避けられた。
だが、頭がハッピーセットだった俺は気づくことが出来なかった……。
ともあれ、カトブレパス戦の最適戦略が遠距離撃ち合いひとつだけ、それもプレイヤースキルに依存したもの。
これでガチ勢が我慢しているわけがない。
多くの者が意見を交わし合い、時には協力し、時には罵り合いながら、なんとか攻略法を生み出せないかと四苦八苦した。
攻略法とは――その
チャートを構築する難易度はそれぞれだ。
誰でも思いつく簡単なものから、徹底的に分析し、複雑なピースを組み合わせて構築されるものまで。
チャートを実行する難易度もそれぞれだ。
知っていれば誰でもできるものから、何十時間も練習しなければならないものまで。
構築するのが難しければ難しいほど、実行するのが簡単であればあるほど――芸術的なチャートだ。
その意味では、カトブレパス用のチャートは至高の芸術作品だ。
ルーブル美術館に展示されてもおかしくはない。
発売から二年後。
そのチャートが発見された――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『カトブレパス攻略チャート。』
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